284話―人形たちの要塞

 リオたちがナイトメアゴーントに乗って岩山を経った頃、第一の要塞の中では無数の自動人形オートマトンたちがうごめいていた。その数、総勢四百体はいる。


 彼らはみな、グランザームが配備した第二の試練を受け持つ兵士たちだ。司令塔たる黒大陽の三銃士の姿はなく、まだ本格的な試練ではないことをうかがわせていた。


「キドウジュンビ、カンリョウ……。ショテイノイチニテタイキセヨ。クリカエス、ショテイノイチニテタイキセヨ」


「リョウカイ。ジョウヘキニテタイキスル。セッキンヲカンチシシダイ、コウゲキヲカイシスル」


 無機質な声が要塞の中に響き渡り、人形たちがそれぞれの持ち場へ移動していく。要塞を囲む城壁の上には、大弓を持った兵士の人形がずらりと並ぶ。


 一方、ナイトメアゴーントを駆り空を進むリオたちはそんなことなどつゆ知らず、優雅な空の旅を楽しんでいた。眼下には、天秤岩の山の景色が流れていく。


「面白いねぇ、本当に天秤みたいな形をした岩がいっぱいだ」


「ええ、魔界でもこの場所でしか見られないものです。……っと、見えてきました。あれが第一の要塞です」


 しばらくして、天秤岩の山を抜けたリオたちの目の前に巨大な要塞が姿を現した。それと同時に、弓兵人形たちが一斉に大弓を引き絞り始める。


 リオたちの接近を感知し、攻撃体勢に入ったのだ。一方、魔神の中でも随一の視力を持つダンスレイルが、要塞の変化に真っ先に気が付いた。


「リオくん、みんな、敵の攻撃が来る。弓の部隊が相手だね……さて、誰が最初にかっこいいところを見せるかい?」


「へっ、弓だぁ? なら、オレの出番だな。見ときな、かるーく蹴散らしてやるよ」


 一斉に矢が放たれ、リオたち目掛けて飛来してくる。ここまでくればもう慣れたもので、一人も慌てることなく誰が迎撃するか話し合いが始まった。


 特に反論もなかったため、ダンテに迎撃を任せリオたちは後ろへ下がる。風の槍を手に取り、ダンテは飛んでくる大量の矢を見据え、突風の壁を作り出す。


「全部弾き返してやるぜ! 食らいな、トルネードウォール!」


「攻撃ノ反射ヲ確認、射チ落トシマス」


 突風の壁に反射されて跳ね返ってきた矢を、弓兵人形はさらに射った矢で相殺しようとする。が、矢同士がぶつかる直前、ダンテが弾き返した矢が加速した。


「わりぃな、遊んでる暇ぁねーんだよ。ガラクタはさっさとごみ捨て場に行きな!」


「ガギ……ガガガ……中枢機能ソンショウ、修復フカノウ……。修復、フカ……ノ……」


 ダンテはあらかじめ跳ね返した矢に風を纏わせており、タイミングを見計らって勢いをブーストしたのだ。弓兵人形たちはコアごと胴体を貫かれ、機能を停止した。


「さっすが、ダンテさん! やるぅ!」


「おいおい、この期に及んでまだ他人行儀か? リオ、オレのことはアニキって呼んでいいんだぜ?」


「うーん……分かったよ、あ……あにき」


 普段あまり使わない言葉遣いに戸惑いつつも、リオは先頭に立ち先に進む。城壁の上に降り立ち、ナイトメアゴーントたちに礼を言って元の住み処に帰そうとするが……。


「ぬぉーん」


「困ったなぁ、この子だけ帰ってくれないや」


「ぬぉーん、ぬぉーん」


「ふむ、もしかすればリオのことを気に入ったのやもしれぬな。リオよ、この際テイムしておいて損はなかろう」


「ぬぉーん♪」


 どうやら、ナイトメアゴーントはリオのことをかなり気に入ったようだ。アイージャのアドバイスを受け、リオは懐から召喚の指輪を取り出す。


「本当にいいの? もう、仲間のところに戻れないかもしれないよ?」


「ぬぉーん!」


「……分かったよ。じゃあ、これからよろしくね、えーと……なんて呼ぼうかな……よし、ぬぉーんって鳴くからヌークって呼ぶね」


「ぬぉーん♪」


 ナイトメアゴーントことヌークは新しい名前を気に入ったようで、ご機嫌な鳴き声をあげる。リオは指輪を近付け、ヌークをテイムし契約を完了させた。


 そのまま指輪をしまおうとしたその時、中からリーズが勝手に出てきてしまった。リーズは城壁の隙間から、要塞の内部ににゅるんと入り込んでしまう。


「わあっ、危ないよリーズ! ほら、早く戻っておいで!」


「……。……? ……!」


「え? 中に罠がないか調べてくるって? んー……しょうがないなぁ。じゃあ、危なくなったらすぐ戻ってくるんだよ」


「……!」


 一旦頭を出したリーズとそんなやり取りをした後、リオは頼もしい使い魔を見送った。そんなリオに、ふと疑問を感じたクイナが問いかけてくる。


「ね、ね。リオくんってさ、モンスターの言ってることが分かるの?」


「うん。なんとなーくだけどね。言いたいことはだいだい分かるよ?」


「流石我が君。魔物とも会話出来るとは誇らしいことですね」


「えへへ……」


 ファティマに誉められ、リオはいつものへにゃりとした笑みを浮かべる。そんなリオを見て、戦場のど真ん中にいながらも女性陣は和んでいた。


 しばらく待っていると、偵察を終えたリーズがにゅるんと戻ってきた。要塞の中には大量の罠が仕掛けられていたため、とりあえず全部凍らせてきた。


 ……と、身振り手振りを交えつつリオに報告する。リオはリーズにお礼を言い、指輪の中に戻す。城壁を降り、要塞の内部に入ろうとした矢先、爆発音が響く。


「なぁ、今の音よ、要塞の中からしたよな?」


「そうだねー。もしかして、罠を凍らせたのと何か関係あるのかな?」


「……有り得るね。まさかとは思うけど、作動条件的に凍らせちゃマズいモノがあったとかは……」


 カレンとレケレスの言葉を受け、ダンスレイルはそんな予想を立てる。幸か不幸か、その予想は的中してしまった。リーズが凍らせた罠が後作動を起こし、大爆発したらしい。


 他の罠や、倉庫に保管されていた爆発物にも誘爆したらしく、堰を切ったようにあちこちで爆発が相次ぐ。それに加え、大量の人形兵たちが屋内から出現する。


「おいおい、やべぇんじゃねえのか、この状況。あいつら、この城壁に登ってきやがるぜ」


「問題はあるまい。この要塞が勝手に爆発するなら、妾たちはこのまま魔王の城を目指せばよいではないか」


 下を覗き込みそう口にするカレンに、アイージャが身も蓋もないことをのたまう。が、現実はそう簡単にはいかないようだ。リオたちを先に進ませまいと、敵の攻撃が始まったのだ。


「侵入者ヲ抹殺セヨ! 侵入者ヲ抹殺セヨ!」


「目標、九人プラスアルファ。全生命反応ノ消滅ヲ確認スルマデ総員攻撃ヲ加エヨ」


 地上戦闘型の人形兵に加え、さらに空中戦闘に対応した翼竜のような姿をした者たちもやってくる。何がなんでも、ここでリオたちを叩き潰すつもりのようだ。


「……だとよ。こりゃスルーは無理だな」


「仕方あるまい。ならば、るしかないな」


「んじゃ、次はアタイだな。どうせ、コイツら全員カラクリ人形なんだろ? なら……アタイの電撃が効果バツグン! っつーわけだ!」


 そう叫ぶと、カレンは金棒を呼び出し要塞の中庭へ飛び降りていった。リオにいいところを見せようと、人形兵相手に獅子奮迅の大暴れを披露する。


 カレン一人に手柄を取られまいと、残る者たちは地上と空中それぞれから迫りくる敵を迎撃するため二つの班に別れた。その方が効率よく戦えるからだ。


「じゃあ、地上は今戦ってるカレンお姉ちゃんとふーちゃん、レケレスのおねーちゃんにエッちゃんたちに任せるね」


「ええ。わたくしたちにお任せください、師匠!」


「じゃあ、空中の奴らは私とアイージャ、ダンテとクイナが受け持つよ。リオくんは臨機応変に対応をお願いするね」


「うん、任せて!」


 役割分担も決まり、リオたちはそれぞれの敵を迎え撃つため城壁から出立する。地上迎撃班にはカレン、ファティマ、レケレス、エリザベート。


 空中迎撃班にはダンスレイル、アイージャ、ダンテ、クイナ。そして、リオは二つの班のサポートと死角から来る敵の迎撃……という風に別れ、戦いが始まる。


「よーし、ちゃちゃっと手早く片付けて、早く魔王の城へ行こくぞー!」


「おおー!」


 リオたちは気合いを入れ、人形兵たちを迎え撃つ。しかし、この時彼らはまだ知らなかった。この要塞に、恐るべき秘密が隠されていることを。


 グランザームが用意した、真の第二の試練……その正体を、リオたちが知ることになるのは……もう少し、先の話だ。


『機巧兵器――ギア・ド・ラーヴァ:起動準備完了』

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