17話―表彰式、始まる

 ザシュロームとの戦いから七日が過ぎた。ベティを含む生き残りの町民たちはリオやカレン、騎士たちによって救出されしばらく帝都の特設キャンプで暮らすことになった。


 残念ながらザシュロームの死体を発見することは出来ず、生死を確認することは出来なかった。しかし、仮に生きていたとしてもすぐには活動出来ないだろう、というのが大方の認識だった。


「うー、凄く緊張する……。お姉ちゃん、どこか変なとこない?」


「おう、バッチリ決まってるぜ、リオ。しかしまあ、表彰式か……アタイまで緊張しちまうな」


 一方、リオとカレンはタンザの奪還及び魔王軍へ大打撃を与えた功績が評価され、盛大な表彰式が行われることになった。立役者であるリオには名誉貴族として爵位が下賜される。


 それだけなら良かったのだが……。


「しっかしまあ、驚きだよな。あちこちの国から自分のとこの軍に来ないか、なんて一斉にオファーが来るんだもんな」


「うん。断るのに苦労したね……」


 控え室のソファーに座るリオは、どこか遠くへ目を向ける。新たなる盾の魔神となったことが全世界に知られ、リオの元に様々な国や組織からオファーが殺到したのだ。


 一時はリアル世界対戦になりかねないほど険悪なムードに各国が陥りかけたが、魔王討伐の旅を続けたいというリオの意思を尊重し、冒険者のままでいることになった。


「ま、そんなのは今となっちゃどうでもいいや。一番問題なのは……」


「なんだ? 妾の顔に何かついてるのか? カレン」


 ふんぞり返った状態で椅子に座っていたカレンは、チラッとリオの隣に目を向ける。二人掛けのソファーには、リオとアイージャが座っていたのだ。


「何でお前いるんだよ! 死んだんじゃなかったのかよ!」


「無論、肉体は滅びたぞ? だがな、リオのおかげで妾は再び肉体を得られた。リオには感謝しかないぞ。何か問題でも?」


 白銀のドレスを身に付けたアイージャはリオの肩に手を回し、自分のほうへと引き寄せる。リオが魔神の力を完全に身に付けたことにより、アイージャはその力を借りて再び肉体を取り戻したのだ。


「問題しかねえよ! 何で平然とお前まで表彰式に参加することになってんだ! ていうかそこはアタイの席だろ! さっさと退きやがれ!」


「これは異なことを。妾がいなければリオが魔神になることはなかったのだ。妾も表彰式に参加する権利はあろう? それと、子の席が欲しいなら……妾は別に構わんぞ? ただし……」


「わあっ!」


 アイージャはリオを抱き抱え、自身の膝の上にぽふっと座らせる。己のしっぽをリオの身体に絡めて身動きを封じつつ、挑発するような視線をカレンに送る。


「リオの居場所は妾の膝の上で固定になるがな」


「……へっ。上等だよ。言っとくが、アタイだって退く気はねえ。あんたとアタイ、どっちの膝の上がリオの居場所になるか……勝負だ!」


「わわっ! ふ、二人とも落ち着いて! もうすぐ表彰式が始まっちゃうよ!」


 ソファーに座り、リオを巡って奪い合いを始めたカレンとアイージャに向かってそんな言葉が放たれるも、段々ヒートアップしてきた二人の耳には届かない。


「失礼します。皆様、準備は……まだのようですね。もう少ししたら迎えに来ますので、どうぞごゆっくり……」


「あっ! 待って! いかないで! 二人を止めてええええ!」


 表彰式の準備が整い三人を呼びに来たメイドは、控え室で行われていたリオ争奪戦を見てそっと扉を締める。カレンとアイージャに腕をひっぱられながら、リオは悲痛な叫びを上げた。



◇―――――――――――――――――――――◇



 その後、ラチが明かないと判断したリオが無理矢理剛力で二人を振りほどき、軽くお説教をする。再び迎えに来たメイドに案内され、三人は表彰式が行われるセレモニーホールへ向かう。


 専用の馬車に乗り込みホールへ向かう途中、沿道に集まった民衆たちに向けてリオは窓から小さく手を振る。ピコピコ揺れる猫耳と朗らかな笑顔に魅了された者たちが、黄色い悲鳴を上げる。


「人気だなぁ、リオは。ま、あれだけ大活躍したんだから当然だな! アタイも鼻が高いぜ」


「ふふ、当然だ。妾の……いや、妾のリオなのだから、これくらい人気が出るのは当然であろう」


「えへへ……なんだか照れちゃうな」


 嬉しそうにしっぽをふりふりしながら顔を赤くするリオに、アイージャたちも笑顔になる。少しして、馬車は表彰式が行われるホールに到着した。


 すでに各国から来た賓客たちは会場入りしていると御者に聞かされ、リオは途端に緊張してしまう。緊張をほぐすため、カレンたちと手を繋いで会場に入ろうとするが……。


「アイージャさん、どうしたの?」


「……いや、一つ気になることがあってな。……ふっ!」


 リオの背後、遥か頭上に広がる空を見上げ、アイージャは小さな雷の玉を飛ばす。少しして、遠くで雷が弾ける音と何かの悲鳴らしき声が響き、静かになった。


「あんた、何やったんだ? 何か悲鳴みたいなのが聞こえたけどよ」


「なぁに、リオにたかる悪いムシを始末しただけだ。さ、行こうか。もうすぐ表彰式が始まるからな」


 どこか意味深なアイージャの言葉に首を捻るリオとカレンだったが、すぐに表彰式へと意識を切り替える。専用の通路を通って会場に入ると、万雷の拍手に出迎えられた。


 ホール内にある観客席は表彰式に参列する貴族たちで満席になっており、中央にある一際豪華な座席には護衛の騎士に囲まれた皇帝、アミル四世が座りリオたちを見ていた。


「あちらに居られるのが、我らがアーティメル帝国の皇帝、アミル四世陛下です。これより陛下から勲章及び爵位の授与が行われます。くれぐれも、無礼のないように」


「ひゃ、ひゃいっ! が、頑張りましゅ!」


 舞台の上で待機していた騎士に耳打ちされ、リオは緊張から盛大に噛んでしまった。舞台の上に用意された椅子に座るよう促され、三人は着席する。


 表彰式が始まり、楽団が音楽を奏で始める。アミル四世が席を立ち、護衛を引き連れて舞台へ上がる。リオの名が呼ばれ、ついに勲章の授与が行われようとしていた。


「リオ・アイギストスよ。そなたの此度の活躍……わしも聞き及んでいる。タンザの民を救い、魔王軍を退けたそなたの功績……わしも民も、未来永劫忘れることはないだろう」


「あ、ありがとうございましゅ! ……あう」


 アミル四世と向かい合い、リオはガチガチに固まりながらもどうにか返答する。その様子を微笑ましそうに見ながら、皇帝はコホンと咳払いをし、懐から勲章を取り出す。


「リオよ。偉大なる功績を残したそなたにこのラグランジュ勲章を与えよう。同時に……名誉貴族として、そなたに伯爵の爵位と邸宅を……」


「! 陛下、危ない!」


 勲章が手渡されようとした次の瞬間。凄まじい殺気を感じ取ったリオは、不壊の盾を作り出しアミル四世を背中に隠す。直後、観客席の方から飛んできた矢が盾に弾かれた。


 突然の事態にホール内はパニックに陥り、貴族たちは我先に会場の外へ逃げ出そうとする。リオは矢が飛んできた方角を見つめ、矢を放った者を見つけようとする。


「リオ! あそこだ! 二階席にいる奴だ!」


 その時、カレンがホールの二階にある席の一角を指差す。覆面をした一人の男がフルートに偽装した魔法のボウガンを構え、次の矢を盾からはみ出したアミル四世の頭目掛けて放とうとする。


「させない! 出でよ飛刃の盾! シールドブーメラン!」


 男が矢を放つよりも早く、リオは飛刃の盾を投げつける。盾がクリーンヒットし、男は柵を乗り越え下の階へ落下した。


「お前たち、あの男を捕らえよ! わしなら大丈夫だ、ゆけ!」


「ハッ! 少年、陛下を任せたぞ!」


 アミル四世は護衛の騎士たちに男を捕らえるよう指示を出す。リオの側にいたほうが安全だと判断したのだ。カレンとアイージャも椅子から立ち上がり、不測の事態に備える。


「……チッ。ザシュロームの奴め、もう動き出しやがったのか。ウザってえ奴だ」


「妙だな。動くとしても奴自身はまだ傷が癒えてはいないはず。しかし、帝都に魔族が入り込めるとは思えぬ。あの男は何者なのだ?」


 カレンとアイージャが呟くなか、騎士に捕らえられた男が舞台の上に連行されてきた。武器を取り上げられ、男は覆面を剥ぎ取られる。


 男の素顔を見たリオたちは、驚愕の表情を浮かべる。ここにいるはずのない人物がいることに、リオは思わず呟きを漏らす。


「どうして……ここに、いるの? ボグリスさん」


 暗殺者の正体は、ザシュロームに捕らえられたはずのボグリスだったのだ。

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