166話―そして、運命の歯車が回り出す

 リーロンを撃破したリオたちは、三時間かけて城塞都市メルミレンに到着した。雪上馬車が停泊する専用のエリアに入り、すでに到着していたセレーナたちと合流する。


「リオ様、ご無事ですか?」


「うん、大丈夫だよ、セレーナさま」


「ほほほ、それはよかった。わらわも心配したぞよ」


 セレーナの隣には、雪船に乗っているはずの女帝メルンが立っていた。そこへ、雪船の中からもう一人のメルン……否、メルンにファティマが現れた。


「替え玉ご苦労じゃったな、ファティマよ。礼を言うぞ」


「いえ、お構い無く。何事もなく済んでよかった、といったところでしょうか」


 実ははじめから、リオたちはリーロン一味をハメるために一芝居打っていたのである。本物のメルンはセレーナたちと一緒に地下通路からメルミレンへ向かい、雪船には替え玉ファティマが乗る。


 万が一敵が雪船に侵入し、偽物のメルンの元にたどり着いたとしても、変装を解いたファティマに倒される――という筋書きだったのだ。


 リーロンたちからしてみれば、とんだ無駄骨なのである。


「さあ、疲れたであろう。今日はゆっくり休むがいい。わらわの名代が住む砦に行こう。部屋は確保してある、さ、こっちじゃ」


「はーい……あれっ、身体が……」


 メルンについていこうとしたリオだったが、足がもつれ倒れてしまう。リーロンとの激闘で、身体が疲れ果ててしまっているようだ。


「大丈夫か? リオ。よし、こうなれば妾がおんぶをして……」


「いえ、ここはわたくしがやりましょう。今回の戦いで何もしなかったことの罪滅ぼしにもなりますので」


 言い争いの結果、ファティマがリオをおんぶすることに決まった。ファティマに背負われ、リオはメルミレンの街中を進む。街の北端には、歯車仕掛けの大きな城があった。


 一行が城の前の掘りに着くと、跳ね橋が降りて中へ入れるようになる。跳ね橋が降りるのと同時に、一人の老人がメルンたちを出迎るために歩いてくる。


「よくぞおいでくださいました、親愛なるメルン陛下。このゴルトン、陛下がおいでになるのを心待ちにしておりました」


「うむ、久しいな、ゴルトン侯爵よ。息災なようで何よりじゃ」


 ゴルトンと呼ばれた男は、恭しく頭を下げる。左胸には金色の歯車の形をした紋章が付いており、かなりの地位にいる大貴族であることを伺わせる。


「はい、陛下の名代として恥じぬよう健康には気を使っております。お話はすでに伺っています。さ、こちらへどうぞ。メイドにお部屋にご案内させますので」


「済まんな、ゴルトン。久しぶりの再会を祝してワインでも飲みたいところだが、そうもいかぬでな」


 ゴルトンに仕えるメイドに案内され、リオたちは当面の宿代わりとなる部屋に向かう。ベッドに降ろしてもらったリオは、よほど疲れていたのかすぐに眠ってしまった。


「寝てしまわれましたか。ふふ。こうして寝顔を見ていると……まだ、あどけなさが残っていますね」


 そう呟きながら、ファティマはリオの頭を撫でる。その時、部屋の扉がノックされアイージャが入ってきた。


「邪魔するぞ。リオは……寝ておるか。ま、仕方あるまい。あれだけ暴れたのだからな」


「ええ。直接見てはいませんが、音で分かります。激しい戦いだったのだと。……ところで、荷物など持ってどちらに行かれるのです?」


 アイージャは身支度をまとめ、どこかに出かける準備をしていた。ファティマが問うと、アイージャは聖礎エルトナシュアへ行くのだと答える。


「ちと気になることが出来てな。そろそろ……本格的にレケレスを探そうと思うのだ。そのために、兄上に助言をもらいに行ってくる。少々癪なことだが、妾がいない間……リオは任せたぞ」


「かしこまりました。我が君は必ず、わたくしが守り抜いてみせましょう。安心していってらっしゃいませ」


 リオを託されたファティマはそう口にし、メイド服のスカートの裾を摘まみお辞儀をする。アイージャは窓を開け、外へと身を躍らせた。


(レケレスよ。お主が今どこにいるのかは分からぬ。だが、リオに力を与えたということは、すでに目覚め始めているはずだ。必ず、探し出してみせる。待っておれよ)


 心の中でそう呟きながら、アイージャは家屋の屋根の上を走っていった。



◇―――――――――――――――――――――◇



「……反応消失ロスト。リーロンの奴、しくじったな。さて、次は誰に行ってもらおうか」


 その頃、自身の研究所にてエルディモスは思案していた。すでにリーロンの戦死と部隊の全滅は把握しており、次の作戦を練り始める。


 残る三人の人造魔神のうち、誰を出撃させるか考えていると、突如研究所内に警報が鳴り響く。聞く者の心に不安を抱かせるような音に、エルディモスは顔を上げる。


「この音は……!? 有り得ぬ! 鎧の魔神が目覚めたというのか!?」


 そう叫ぶと、エルディモスは研究所の最奥部へ向かって走り出す。研究所で用いる警報は発生した災害の種類に応じた様々な音が鳴るようになっている。


 今回鳴っているのは、エルディモスにとって最悪な状況……捕らえていた鎧の魔神、レケレスが目覚め研究所から脱走、あるいはそれに等しい状況にあることを知らせるものだった。


「この匂い……。くっ、やはり脱走しているか!」


 研究所の奥に向かうにつれて、卵が腐ったかのような強い異臭がエルディモスの鼻をつく。彼の予想した通り、レケレスを拘束していていた部屋には、惨状が広がっていた。


 研究室の中は、レケレスが放ったと思わしき腐食性の毒液があちこちにバラ撒かれており、研究に使う機材を停止させている。さらに、研究員にも被害が出ていた。


「ぐ、ああ、うう……」


「くそっ、くそぉ……なんで、なんで治癒の魔法が効かねえんだよぉ……。ああ、腕が、取れちまう……」


「目が、目が見えねえ……」


 魔神の力を抽出する実験を行っていた研究員たちは、レケレスの毒液を浴びて見るも無残な姿になっていた。治癒の魔法も効果がないらしく、ただ呻くことしか出来ない。


 あまりの惨状に、エルディモスは目眩を覚える。仮にレケレスを捕まえられても、これではもう研究を再開出来ないだろう。


「……エルディモス様! 大変です、鎧の魔神が……」


「見れば分かる。おい、すぐに兵士たちを呼んでこい。手遅れな連中を楽にさせろ。それが終わり次第、追跡チームを組む。なんとしても鎧の魔神を見つけろ!」


「は、はいっ!」


 鬼気迫る表情でそう指示するエルディモスに、運良く毒液を浴びずに済んだ研究員は素直に従う。エルディモスは研究室を後にし、人造魔神たちが待機する部屋へ行く。


「グレイシャ! お前の出番だ! ただちにグリアノラン帝国へ向かえ!」


「おおっ? どうしたんだい親父、そんないきり立ってよ。ま、暴れられるなら理由なんてどうでもいいがな」


 指名を受けたグレイシャは、嬉しそうに拳を鳴らす。研究室を一つ潰された以上、新しい機材を調達しなければならない。その調達元として、エルディモスは帝国に目を着けたのだ。


「グレイシャ、今回女帝は無視しろ。お前の頭脳回路の中に必要な機材の情報をダウンロードしておく。必要なものを帝国から奪ってこい」


「へいへい、了解了解。でもよぉ、帝国の奴らだってはいそうですかと素直にわたさねえと思うぜ? そしたら……やっちまっていいよな?」


「構わん。邪魔する者は全て殺し、機材を手に入れろ」


 エルディモスの命令を受け、グレイシャは象のような雄叫びを上げた後部屋を出ていく。レケレスの脱走と機材の破損。二つの変化が、反逆計画を狂わせていくことをエルディモスは――まだ、知らない。



◇―――――――――――――――――――――◇



「……げ、なきゃ。逃げなきゃ……もっと、もっと遠くへ……あの男の子のところへ……」


 研究所から西へ五キロメートルほど離れた魔界の草原を、一人の少女がふらふらと歩いていた。カエルのような大きなくりくりした目が特徴的な少女――鎧の魔神レケレスだ。


 精神世界でのリオとのコンタクト、そしてリーロンとリオの間で起こった、自身の持つ鎧の魔神の力の共鳴……それらの要因が重なり、目を覚ましたレケレスは研究所を脱走した。


 しかし、長い間力を抽出するためのシリンダーの中に囚われ、弱っていたレケレスは体力の限界を迎えてしまっていた。このまま倒れれば、追跡チームに見つかってしまうだろう。


「まだ、倒れちゃ……ダメ……。早く、あの子のところに、行かなくちゃ……」


 精神世界で出会った少年――リオの元へ行こうと、レケレスは無理矢理足を動かす。が、足がもつれ、彼女は倒れてしまう。起き上がろうとする彼女に、何者かの声がかけられる。


「これはこれは。こんなところで行き倒れとは可哀想に。久方ぶりに鷹狩りに出てみれば……とんだ拾い物をしたものよ」


 威厳に満ち溢れた声に、レケレスは顔を上げる。そこには、巨大な鷹を従えた魔王グランザームが立っていた。

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