262話―ドラゴンズ・パーティー

「ギュアアアア!!」


「うわあああ! く、来るな来るなぁー!」


 テンルーの街は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。大通りを地竜たちが踏み荒らし、空を飛竜の群れが飛び炎のブレスを吐き散らす。


 公国軍は果敢に立ち向かうも、圧倒的な数の差を覆すには……悲しいかな、錬度が足りなかった。爆走する地竜に部隊を分断させられ、一人一人ずつ倒れる。


 その最中、ただ一人無傷で奮闘する者がいた。斧の魔神――ダンスレイルだ。斧と盾を巧みに扱い、四方八方から押し寄せてくる竜たちを薙ぎ倒す。


「どうしたんだい? 私にはまだかすり傷すら付けられていないよ。仮にも竜ならば……私を爪牙で切り刻んでごらん!」


「ギュラアアアアアア!!!」


 竜たちはダンスレイルの言葉を理解しているのか、それとも闘争本能が暴走し始めたのか……魔神の元へ集結し、一斉に攻撃を浴びせる。


 鋭い爪と牙が乱舞し、様々な属性のブレスが混ざり合いおどろおどろしい光を放つ。竜たちの狂宴のただ中で、ダンスレイルは――笑っていた。


「ハハハハハハハ!! なんだい、全然攻撃が届かないじゃないか! この盾の前じゃ、自慢の爪も牙もおもちゃ同然かな!?」


「ギィ……ガアッ!」


 舞うように巨斬の斧を振るい、ダンスレイルは一頭の地竜の首を落とした。そこへ、背後からワイバーンが飛びかかって奇襲を仕掛けてくる。


 負傷者した者たちの治療に当たっていた衛生兵は、ダンスレイルに向かって叫ぶ。


「危ない、後ろだ!」


「ふふ、分かっているさ。私はフクロウの獣人。死角など存在しない! ラウンドエッジ・スラッシャー!」


「ギアアアア!!」


 言葉の通り、ダンスレイルは首を真後ろに回転させて敵を見定め、斧による斬撃を叩き込む。片翼を失ったワイバーンは、悲鳴をあげながら地へ倒れた。


 ダンスレイルの奮闘は、兵士たちに勇気を与える。絶望の中に差し込んだ、一筋の希望の光。その光を守るために、彼らは勇気を振り絞り戦場を駆ける。


「ダンスレイル殿だけに任せるな! 我々も竜たちを討ち取るのだ!」


「そうだ、こんなところで諦めてたまるか! 俺たちは、絶対に生きて帰るんだ!」


 長丁場の戦いのなか、兵士たちは疲弊しながらも竜たちの勢いを削ぎ、少しずつ押し返していく。その状況下、さらなる希望の知らせが舞い込んだ。


 諸国連合を形成する国々の援軍が、テンルーへ到着し始めたのだ。


「レスペリア候国軍、参陣! これより加勢する!」


「同じくリピテム候国軍推参! これより友軍の援護を行う!」


 それぞれの軍の数こそ少なかったが、全員が集まれば何倍もの力が生まれる。連合軍と竜たちの数の差はほとんど五分にまで縮まり、これで優勢になる、と思われた。


「ガーッハハハハハ!! いい夢は見れたか!? 大地の民どもよ!! 四竜騎が一人、地竜騎ノーグ見参!!」


「同じく、四竜騎が一人……水竜騎ディーナ推参。人間どもよ、お前たちの攻勢もここまでだ。全員、ここで死んでもらう」


「まずい、もう来たのか!」


 恐れていた事態が起きてしまった。残る四竜騎の二人が、竜の群れに合流したのだ。これまでのお返しとばかりに、ディーナはトライデントを頭上にかざす。


「挨拶代わりに受けるがいい、人間ども! アクアトルネード・スタチュー!」


「まずい、全員逃げろ!」


 空中に戦いの舞台を移していたダンスレイルは、地上の異変に気付き大声を張り上げる。が、時すでに遅く街のあちこちに埋めて巻く水の柱が立ち昇っていく。


 渦に巻き込まれた兵士たちは空高く打ち上げられ、水竜に騎乗して空を舞うディーナの振るうトライデントの餌食になってしまう。一方、ノーグも攻撃を開始する。


「ガーッハハハハハ!! 俺の相棒のグランガルは強いぞ!! 大地の民など、ほれ!! 一息に踏み潰してやるわ!!」


「グギャオオオ!!」


 茶色のウロコを持つ四足の地竜、グランガルを駆りノーグは街を破壊していく。止めようとした兵士たちはまとめて轢殺され、磨り潰されてしまう。


「ぐああっ!」


「水柱から離れろ! 巻き込まれたら終わりだぞ!」


「ダメだ、安全地帯を竜どもが塞いでやが……うぎゃっ!」


 援軍の到着という希望が見えた最中、再び連合軍は窮地に立たされてしまった。ダンスレイルは地上にいる部隊を助けに行こうとするも、ディーナに阻まれる。


「待て、魔神。ここから先に行かせるわけにはいかない。私の相手をしてもらおう」


「後にしてくれないかな? 地上で助けを待ってる人たちが……」


「生憎、私の知ったことではないのでな!」


 ダンスレイルの言葉を遮り、ディーナはトライデントを漬かった素早い突きの連打を放つ。巧みな空中機動で攻撃を避けつつ、ダンスレイルは苛立ち混じりに呟く。


「……やれやれ。どうにも……思う通りにはいかないね!」


 そんなダンスレイルを見ながら、ディーナはほくそ笑む。自分がダンスレイルを留めている間に、ワイバーンたちを宮殿へ向かわせていた。


 宮殿の中には、モーゼルやラークス、襲撃により帰国出来なくなった各国の代表たちが籠城している。戦うすべを持たない彼らを、一網打尽にするつもりなのだ。


(フフッ、公王を抹殺出来れば敵の士気は地に落ちる。そうなれば、もはや勝ったも同然。オルグラム様が到着なされる前に、全て終わらせてやろう)


 そんなことを考えながら、ディーナはダンスレイルに挑みかかる。一方、ワイバーンに襲撃された宮殿の中でも、外と変わらぬ激戦が繰り広げられるられていた。


 窓に張り付き、顔を入れて攻撃してくるワイバーンや、背中に乗って宮殿内に侵入してきた蛇竜やリザードドラゴンを相手に、兵士たちが奮闘する。


「公王陛下、そして皆様、この執務室にいればしばらくは安全です。宮殿内に侵入してきた竜たちは、我らシャトラの輪が撃退します。決して、ここから出ないでください」


 モーゼルたちにそう伝え、ゾーナは配下の者たちを引き連れ兵士たちの加勢に出向く。執務室の中には、リオの姿もあった。心配性そうに、窓が外を眺めている。


「ダンねえ、大丈夫かな……。僕も、この怪我さえなかったら一緒に戦えるのに……!」


「そう気落ちしないでおくれ、リオくん。君がここにいてくれるだけで、我々は助かっているんだよ。君がいてくれるだけで、とても心強いんだ」


 悔しそうに歯を食い縛るリオに、モーゼルはそう告げる。実際に、負傷しているとはいえ、リオという戦士がいるからこそ、モーゼルたちはパニックを起こさず籠城していられた。


 モーゼルの言葉にリオが微笑みを浮かべたその時……執務室の上の方にある飾り窓が砕け、ワイバーンの頭が覗いた。眼下にいるリオたちを見下ろし、ブレスを吐く体勢を取る。


「危ない! 出でよ、不壊の盾!」


「グルアアアアア!!!」


 リオが盾を作り出し、頭上に向けて構えた直後……ワイバーンは灼熱の炎を吐き出す。リオは盾に魔力を込め、結界を張って炎が届かないよう遮断する。


 しかし、この行為はまだ傷の癒えていないリオにとって非常に負担が大きかった。塞がりかけていた傷口が一斉に開き、リオの全身から血が吹き出す。


「うぐあっ!」


「リオくん、やめるんだ! このままじゃ、君が死んでしまう!」


 苦しそうに呻くリオを見て、ラークスは思わずそう叫ぶ。しかし、リオが結界を張るのを止めてしまえば、全員仲良く炎に焼かれ炭へと変わるだろう。


 それが分かっているからこそ、リオは結界を張り続ける。せめて、モーゼルたちだけでも助けたい。意識が朦朧としながも、リオは盾に魔力を込め続ける。


「こんな……ところで、倒れてる……わけには、いかない……。僕が、みんなを……まも、らなくちゃ……」


「ハッハハハ!! 気丈なのは大変よろしい! だが、重傷の身であれば休むことも大切だぞ!」


 その時だった。窓の外から、聞きなれた声が響くと同時に、ワイバーンの姿が消え悲鳴が届く。その場にいた全員が上を見上げると、ガラスの割れた窓の外から、ある人物が顔を見せた。


「レンザーさん!」


「ハッハハハ! 遅れてすまない! 一族全員を呼び集めるのに少々手間取ってしまってな! だが安心しろ、婿殿にモーゼル! 我らバンコ一族、推して参るぞ!」


 レンザー・バンコ率いるグリフォンの騎士たちが、戦場に現れたのだ。窓の外から、勇ましいグリフォンの雄叫びと、竜たちの断末魔が聞こえる。


 援軍の中には、エリザベートの姿もあった。炎を宿した少女はグリフォンから飛び降り、着地しながら四頭の地竜をレイピアの一閃で屠った。


「悪逆非道の竜たちの宴も、ここでお開きですわ。わたくしの剣で、悪しき竜を成敗して差し上げます!」


 反撃の狼煙が、ついに上がった。

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