261話―在る師弟の問答
アイージャとオルグラムの死闘が終わった頃、ダンスレイルは大シャーテル公国に到着していた。すぐに公王モーゼルの元へ報告へ向かい、コトの顛末を話す。
警戒体勢が敷かれ、現れるであろうオルグラムの配下を迎撃するための準備が行われる。そんななか、重傷の身であるリオも、戦いに参加しようとするが……。
「ダメだ。リオくんはまだ傷が完治していない。そんな状態で戦えば、今度こそ死んでしまう。そんなことは、私が許さない」
「でも……敵はとても強いんでしょ? なら、僕も……」
「それでもだ。……私は、足止めを買って出たアイージャとファティマに頼まれたんだ。君を守ってくれ、と。だから、リオくんを戦わせるわけにはいかないんだ」
ダンスレイルの猛反対により、リオの参戦は叶わなかった。ある程度回復し始めているとはいえ、まだ再生能力が完全に戻ったわけではない。
身体の傷もあまり治っていない状態で戦えば、ダンスレイルの言う通り今度こそ命を落とすことになるだろう。リオは姉の言葉を受け入れ、ならばせめてと盾を作る。
「……分かったよ、ダンねえ。代わりに、この不壊の盾を持っていって。きっと、ダンねえを守ってくれるから」
「ありがとう、リオくん。ふふっ、リオくんからの贈り物があれば百人……いや千人……いやいや、万人力さ。大丈夫、敵のボスはアイージャが相手をしてる。必ず勝つさ」
その時だった。誰もが予想していなかった、最悪の報告がもたらされる。南東より、無数の竜がテンルーを目指して進行してきている。
その数、三百以上は確実、と。種を問わず、数多の竜が導かれるように集い、天空の街を蹂躙するためやってくる――斥候部隊は戻るなり、そう告げた。
「竜の群れ、か……。我が国の兵とシャトラの輪だけで守り抜けるか……」
「流石に、厳しいね……。でも、ま……なんとかなるさ。なんと言っても、私がいるからね」
沈痛な面持ちのモーゼルに、ダンスレイルは自信たっぷりにそう告げた。右腕に巨斬の斧、左腕に不壊の盾を持ち、やる気満々に宮殿の外を見る。
魔神たちの中でも特に気配を察知する能力に長けたダンスレイルは、すでに二つの強大な反応を捉えていた。恐らく、道中襲ってきたシルティの仲間がいるのだろう。
竜の群れに混ざり、残る魔神を抹殺するつもりなのだ。
「……大丈夫。私は一人じゃない。この腕にリオくんの温もりを感じる限り、私が地に墜ちることはないさ。絶対ね」
ダンスレイルは自分にそう言い聞かせるように、そっと小さな声で呟く。心の中に広がりつつある恐れを吹き飛ばし、敵襲の鐘を知らせる鐘の音と共に、いの一番に飛び出していく。
「さあ、出陣だ! どれだけ多くの竜が来ようと、この斧の魔神がある限り! 一人として無辜の民に牙を剥かせはしない!」
そう叫び、ダンスレイルは翼を広げ飛翔していった。愛する者を守るために。
◇――――――――――――――――――◇
その頃、エリザベートはもう一人の師たるエルカリオスに呼び出され、聖礎エルトナシュアの大聖堂へ来ていた。聖堂の奥、座敷にて彼女はエルカリオスと話をする。
「今日は何用でしょうか、エルカリオス様。また剣の稽古をつけてくださいますの?」
「……いや、今日は違う。エリザベートよ、今日は……とても大事な話をしなければならぬ。心して聞いてくれ」
いつもの力に満ちた威厳ある声ではなく、静寂しきった弱々しいエルカリオスの声に、エリザベートはなんとなく察するものがあった。居ずまいを直し、真剣な表情を浮かべる。
「……気付いているか分からぬが、私はもう長くない。アイージャやダンスレイルたちと違い、私は受肉していない。私という存在を納めるための器……肉体がないのだ」
「……つまり、それは」
「そうだ。今のままでは遅かれ早かれ私は消滅する。この聖礎に留まれば、多少は生き永らえよう。だが、それも数年……いや、一年も保たぬだろうな」
その告白に、エリザベートは衝撃を隠せなかった。首飾りの力があれば、エルカリオスはずっと生きていられる。そう思い込んでいたからだ。
固まったまま動かないエリザベートを見つめながら、エルカリオスはゆっくりと話し出す。少女は、ただ黙って耳を傾ける。
「……私は、昨日夢を見た。強大な力を持つ何者かに、弟や妹たちが狩られる悪夢を。恐らく、これは現実になるだろう。もしそうなれば……私は、最後の戦いをせねばならぬ」
「そんな、最後だなんて! ここにいて一年も保たないなら、外に出れば……」
「分かっている。だが、胸騒ぎがするのだ。今のリオたちでは到底敵わぬ、強大な存在が牙を磨いているような気がしてな」
この時、すでにエルカリオスは予知していたのだ。オルグラムの手によって、カレンたちが倒されることを。そして、遠からずリオもまたその毒牙に倒れることを。
「エリザベートよ。お前に問おう。私亡き後、我が剣を継ぐ覚悟がお前にあるか?」
その問いに、エリザベートは即答することが出来なかった。エルカリオスから力を受け継ぐとしても、今すぐではなく、遠い未来の話だろう。
そう思っていたのだ。まだ、自分が未熟だと、誰よりもよく理解していたから。今の自分では、エルカリオスの力を受け継ぐ資格はない。
それを
「わたくし、は……。わたくしには、まだそんな資格はありませんわ。力も、技も、心も……まだ、未熟ですもの」
「未熟? いいや、私はそうは思わぬよ。少なくとも、お前の『心』は……もう、完成されている。だから……」
そう言うと、エルカリオスは痩せ細った右腕をかざり、エリザベートに炎を見せる。ゆらゆらと揺れる、暖かい炎に、エリザベートは不思議と勇気つけられているような気分になる。
「……はるか昔、こことは違う大地で命の源たる炎を巡る神話があったと言う。炎とは、全ての命の守護者。望む者に、望む力を与える希望だ。エリザベート、お前の望みはなんだ?」
「わたくしの、望み……」
そう聞かれ、エリザベートは考える。自分の望むことは何か。少しの思考ののち、彼女は答えを見出だす。リオを助けたい。己の愛する者と並び立ち、共に戦いたい。
それが、エリザベートの望み。かつてどうしようもなく傲慢で小さき存在だった自分を、高みへと導き守ってくれた、愛すべき少年を――今度は、自分が守る。
「……わたくしは、師匠を――リオ様を、守りたい。それが、わたくしの望みですわ!」
「……ならば、恐れるな。火と剣は常にお前と共にある。……私には分かる。邪悪な気配が、リオの元へ近付いている。ダンテたちとは連絡が取れん。恐らく、すでに……」
「ならば、わたくしが行きますわ。ちょうど、叔父様から召集令がかかりましたの。盟友たるモーゼル・オレロの救援に向かう、と」
エリザベートがそう言うと、エルカリオスの手から炎が勢いよく放たれる。火はエリザベートの身体を包み込み、剣の魔神の力の一部を与えた。
「今はこれが限界だ。万が一の時のために、私が戦えるだけの力は残しておかねばならぬ。行くがよい、エリザベート。愛する者を、その手で守るのだ!」
「はい! 行って参りますわ!」
力強くそう答え、エリザベートは大聖堂を去っていく。竜の群れに襲われているテンルーを目指し、炎の翼をはためかせ大空を舞う。
(……恐らく、強大な力の持ち主は魔王軍の幹部だろう。……オルグラムと言ったか、どうにも胸騒ぎが収まらぬ。どうやら……私の有終の美を飾る相手は決まったようだ)
力を分け与え、もはや燃え殻寸前のエルカリオスは、よろよろと立ち上がる。兄としての最後の使命を果たすため、出陣の準備を行う。
「……待っているがいい。炎とは、消える直前にこそ……最も強く、激しく燃え盛るのだということを教えてやる」
勇壮にして悲壮な決意を胸に秘め、剣の魔神は静かに笑った。
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