111話―四大貴族の真実

 三日が経ち、バンコ家とメーレナ家の戦いの日がやってきた。決戦を前に、世界中に散っていたバンコ家の一族が集結しレンザーの演説に耳を傾ける。


 その中には、エリザベートやリオ、エルザの姿もあった。リオは三十人近くいるバンコ一族の人々を見て、思わず感嘆の声を上げてしまう。


「凄いね、エッちゃん。みんな凄く鍛えてるんだね」


「ええ。集結している者たちのうち、わたくしを含めた十人弱は時期当主候補ですから。おじ様に選んでもらおうと、皆鍛えていますの」


 演説を聞きながら、二人はこそこそ話をする。そんな二人に、小声で注意をする者がいた。燃え上がる炎のような真っ赤な鎧を来た偉丈夫だ。


「二人とも、そのくらいにしておきな。親父にバレたら怒られるからさ」


「申し訳ありません、ヘラクレス。師匠とはいろいろ話しておきたかったので……」


 ヘラクレスと呼ばれた男は、やれやれとかぶりを振る。その時ちょうどレンザーの演説が終わり、出撃までの僅かな自由時間が訪れた。


 一族に所属する者たちが皆リオを見ているなか、彼らを代表してヘラクレスが親しげに声をかけてくる。その声は覇気がありながらも、優しさに満ちていた。


「やあ、君が例の魔神くんかい? 俺はヘラクレス。バンコ家当主レンザーの息子だ。よろしくな」


「ええ!? そんな凄い人なんですか!? こ、こちらこそよろしくお願いします!」


 ヘラクレスの素性を知り、リオは驚いてしまう。現当主レンザーの息子……すなわち、貴族であれば跡取りなのだ。


 が、バンコ家は違う。ヘラクレスは時期当主に一番近い場所にいるものの、まだ確定したわけではない。故に、彼は苦笑いを浮かべながらかぶりを振る


「はは、そんな緊張しなくていいよ。いくら息子と言ったって、そんな偉い存在じゃないからね。どっちかと言うと、君の方が凄いと思うよ? 英雄くん」


「ええ、そうなんですのよヘラクレス。師匠はとっても凄いんですの! 師匠との出会いは……」


 リオとヘラクレスの会話に横入りし、エリザベートがペラペラと喋りだす。彼女のリオに対する好意は、すでに一族全員が知っていた。


 そのため、ヘラクレスはまた始まったとでも言わんばかりに脱力してしまう。一度リオの話を始めたエリザベートは、小一時間は止まらないのだ。


「分かったから、な? そろそろ終わりにしようエリザベート。あんまり長く話してるとまた親父に……」


「おじ様は関係ありませんわ! ヘラクレス、今日という今日はとことん……へぶっ!」


 どうにかして話を切り上げさせようとするヘラクレスに、エリザベートはプンプン怒りながら話を続行しようとする。直後、エリザベートの後頭部にフライパンが直撃した。


「お嬢様? いい加減になさいませ。ヘラクレス様だけならともかく、リオ様も困惑していますよ?」


「え、エルザ……。そうですわね。申し訳ありません……」


 エルザが介入したことにより、どうにかエリザベートを鎮めることが出来た。ヘラクレスはホッと安堵の息を吐き、こっそりとリオに耳打ちする。


「……ま、エリザベートはいつもあんな感じでよ。賑やかなのはいいんだが大変なんだ」


「ヘラクレスさんも苦労してるんですね……」


 エリザベートの暴走っぷりを目の当たりにし、リオは苦笑いを浮かべる。そうこうしているうちに出撃の時間になり、レンザーに率いられリオたちはバンコ邸を出る。


 グリフォンに騎乗し、一団はメーレナ家の拠点シベレット・キャニオンへ向かう。途中、リオは罠が仕掛けられている可能性を考慮し左目にカラーロの魔眼を装着する。


「お、カラーロの魔眼か。いいもん持ってるじゃないか。さすが英雄様だ。魔眼といいその鎧といい、装備も一流だな」


「ありがとうございます。ヘラクレスさんの鎧も、凄い立派ですね。とっても頑丈そうです」


「ああ。俺専用の特注品だ。イケてるだろ?」


 南西へ飛んでいく途中、リオとヘラクレスは互いの装備を誉めあう。道中、何回か転移石テレポストーンを使い、ショートカットしつつ先へ進む。


 数時間後、一行はシベレット・キャニオンの入り口にたどり着いた。険しい谷の前に陣取り、まずは数人が偵察をしに谷の中へと入っていった。


「メーレナ家の連中もバカではない。こちらの動きを察して必ず罠を仕掛けているだろう。果たして何を用意しているか……」


 持参した双眼鏡を覗きながら、レンザーはそう呟く。偵察班が戻るまでの間、リオはヘラクレスたちに自分がこの戦いに協力するまでのいきさつを話す。


 大昔の神話のくだりを聞き、ヘルクレスやエリザベートは驚きをあらわにする。が、たいして動揺することはなく、逆にリオを不思議がらせることになった。


「あれ? みんなそんなに驚かないんだね」


「まあな。実を言うとな、俺たち四大貴族には代々受け継がれてきた古文書があるんだ。風化してて半分近く読めないけどな」


 ヘラクレス曰く、四大貴族の本宅には一冊ずつ古文書が保管されており、太古の昔、ベルドールとラグランジュが神域へと至るまでのいきさつが記されているという。


 とはいえ、ファルファレーの記憶改変の魔法と、聖礎からラグランジュの名が削り取られたことによって内容は大きく変わってしまっているらしい。


 それにも関わらず、何故四大貴族は偽りの歴史に惑わされなかったのか。その理由を聞き、リオは驚愕する。


「時折な、俺たちの家系にはファルファレーの記憶改変を受け付けない特異体質を持った奴が生まれるんだ。そいつが読むと、古文書は本来の内容になるんだよ」


「そんなことが……」


 ヘラクレスの話に、リオはそう返すだけで精一杯だった。ファルファレーの記憶改変を受け付けない特異体質――そんなものを持つ者がいたことに驚きを隠せなかったのだ。


「まあ、そんなわけだから俺たちはこの大地の真の歴史を知ってるわけだ。でもよ、そんなん公表したって他の奴らは信じないだろ? そいつらは偽りの歴史を信じてるんだから」


「確かに……」


 リオはフォルネシア機構でのエリルの様子を思い出す。メルナーデから真実を聞かされた彼女は、酷く取り乱していた。もし四大貴族が事実を公表すれば、世界規模で混乱が起こるのは想像にかたくない。


「あれ? じゃあ、なんでメーレナ家と敵対することに……」


「簡単ですよ、リオ様。あの者たちは全てを知ってなお、ファルファレーを信望することを選んだ筋金入りの『狂信者』なのですよ」


 首を捻るリオに、エルザが話しかける。メガネをクイッと上げながら、彼女はため息をつく。エルザはどこか哀れむような怒っているような、複雑な表情をしていた。


「全てを知ってなお、彼らはファルファレーが最後に勝つと信じているのです。ベルドールとラグランジュが成し遂げた偉業を否定し、偽りの神こそが絶対だと考えているのですよ」


「……それは、許せないかな。ベルドールとラグランジュの想いを踏みにじるなんて絶対に許せない」


 エルザの言葉に、リオは拳を握り締める。魔神となったリオにとって、ベルドールは実の親も同然の存在なのだ。だからこそ、メーレナ家の裏切りにははらわたが煮えくり返る思いでいた。


「ああ。俺たちも思いは同じさ。みんなが忘れても、俺たちは覚えてなくちゃいけない。二人が死に物狂いで守ったこと大地を、どこぞの馬の骨に渡すわけにはいかねえ」


「ヘラクレスさん……」


 ヘラクレスの言葉に、リオは熱いものが込み上げてくるのを感じる。七人の魔神以外にも、真なる正義を成そうとする者がいたことが、嬉しかったのだ。


「……むっ! 偵察班が帰還したか。お前たち、集まれ! 作戦会議を始めるぞ!」


 その時、偵察班が本陣に帰還しレンザーから招集令がかかる。リオは思いを新たに、作戦会議に加わった。

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