158話―告げられた願い

 翌日……魔族たちの襲撃を受け、マギアレーナの全エリアで限界体制が敷かれていた。リオとアイージャが倒した者たち以外にも魔族が潜伏していないか徹底した調査が行われる。


 その結果、リオたちに敗れた八人以外にも魔族たちが侵入した形跡が発見された。それも、自動人形オートマトンを製造するための工場から。


 事態を重く見たメルンは、調査隊を組織し、魔族たちの行方を探らせる。その間、リオとアイージャ、ファティマの三人は再度の襲来に備え宮殿で待機することとなった。


「なんだか、大変なことになってきたね」


「うむ。しかし魔族どもめ……何を企んでいるのやら。ま、ファティマの解析が終わるまで待つしかあるまい」


 リオとアイージャは、メルンに与えられた部屋にてファティマを待っていた。彼女は現在、部屋に籠ってシェルから入手したブラックボックスの解析をしているのだ。


 その時、トントンと部屋の扉がノックされる。リオが入室を促すと、女帝メルンが入ってきた。リオに大事な話があるらしく、着いてきてほしいと言う。


「すまんの、わらわに着いてきてたもれ」


「分かりました。じゃあ行ってくるよ、ねえ様」


「うむ。気を付けてな」


 リオはメルンに連れられ、宮殿の二階にあるテラスへ向かう。見張りをしていた兵士たちを退出させた後、メルンは真剣な表情を浮かべリオに頭を下げる。


「……昨日は本当にありがとう。そなたたちのおかげで、わらわもセレーナもこうして生き延びられた」


「いえ、気にしないでください。二人を守ることが出来てよかったです」


 改めて礼を言われ、リオはそう答える。そんなリオを見てメルンは微笑むが、その直後苦しそうに顔を歪めしゃがみ込んでしまう。


「ぐ、うう……」


「だ、大丈夫ですか!? すぐに人を……!?」


 慌ててメルンに駆け寄ったリオは、目を見開く。彼女の着ているドレスがずれ、その下にあるモノが見えたからだ。本来あるべき肉体はなく、錆び付いたキカイがあった。


「陛下、それは……」


「……見てしもうたか。まあよい、どうせ見せるつもりであったのだ、問題はない」


 そう言うと、メルンはドレスを脱ぎ捨てる。四肢と頭部以外が錆だらけのキカイの塊に取り換えられており、痛々しい姿を見たリオは絶句してしまう。


 しばし沈黙が場を支配した後、意を決してリオはメルンに問いかける。何故、こんな姿になってしまったのかを。


「陛下、どうしてそんな姿に……」


「……語らねばなるまい。何故わらわがこんな姿になったのかを。そなたをこうして呼んだことにも繋がるでな」


 メルンはそう呟くと、錆だらけの身体をそっと撫でながら話し始める。全ての始まりである、八年前の忌まわしい出来事について。


「今から八年前のことだ。当時、わらわの夫……皇帝オロン九世の元、我が国は繁栄を謳歌していた。わらわには、セレーナ以外にも六人の子がおったよ。魔王軍が攻めてくるまでは、な」


「魔王軍……」


 リオは思わずそう呟く。遥か北の果てにあるこの国にも、グランザームはその魔手を伸ばしたのだ。強大なキカイの力をもってしても、撃退するのに長い時間を要した――女帝はそう語る。


「わらわたちは、多くの犠牲を払った。魔王軍の幹部……『傀儡道化』ザシュローム率いる自動人形オートマトンと魔族の軍勢の手で、多くの者たちが死んでいった。犠牲者の中に、わらわの夫や子どもたちも含まれていたよ」


 その言葉に、リオは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。メルンもまた、魔王軍による悲劇を味わった者の一人であったのだ。


 それと同時に、何故メルンの身体がキカイになってしまったのかについてリオはなんとなく察した。恐らく、魔王軍の襲撃を受けた際に重傷を負ったのだろう。


 それを尋ねると、メルンは頷き同意する。


「そうじゃ。わらわは宮殿の中に攻め込んできた魔族からセレーナを守るためにこの身を盾にした。結果、身体のほとんどをキカイに換装せねばならぬ重傷を負ったのよ」


「そんなことが……」


 すでに撃破した相手とはいえ、リオはザシュロームへ対する強い怒りを覚える。平和な国を襲い、多くの人々を不幸にしたことが許せなかった。


 そんなリオの怒りを悟ったのか、メルンは僅かに微笑む。腕を伸ばし、リオの頬を撫でながら話を続ける。


「じゃがな、問題はそれからだった。わらわの身体に、キカイへの拒絶反応が出てしまったのだ。この八年、パーツを取り換え騙し騙し生きてきたが……もう、わらわは半年も生きられぬ。もはや食事も摂れぬほど、弱っておるのだよ」


「えっ……!?」


 突然のカミングアウトに、リオは固まってしまう。それと同時に、メルンが気力だけでこうして生活しているのだということに気付いた。


「……リオよ。そなたにわらわからの頼みがある。お願いじゃ! セレーナと結婚し、この国の皇帝になってたもれ!」


「えええっ!? そ、そんないきなり……」


「無理は承知の上じゃ。だが……わらわが死ねば、あの子は……セレーナはひとりぼっちになってしまう。あの子はまだ十四……天涯孤独の身にしたくない。もう、あの子を悲しませたくないのじゃ」


 とんでもないことを言い出すメルンに、流石のリオも仰天してしまう。そんなリオにすがり付き、メルンは懇願する。己が子を想い涙するメルンの姿に、リオはつられて涙を流す。


「父を、姉弟を失いさらにわらわまでいなくなったとあっては……生まれつき身体の弱いあの子には、到底耐えられぬじゃろう。それだけは……それだけは、嫌なのじゃ」


 メルンはリオにそう伝える。リオは迷い、返事を出来ずにいた。自分一人では、到底決めることは出来ない。彼にはまだ、果たさねばならない使命があるのだ


「第一婦人でなくてもいい、この国に住んでくれなくても、皇帝になってくれなくともいい。あの子を……セレーナを支えてあげてほしいのじゃ。幸い、あの子はそなたに一目惚れしておる。セレーナの恋を成就させてあげたいのじゃ」


 ずるずると座り込みながら、メルンは懇願する。たった一人生き残った、大切な我が子を想い、ひたすらに頭を下げ続ける。そんな姿を見せられて首を横に振れるほど、リオは非情にはなれない。


「……頭を上げてください、陛下。ねえ様たちと相談しなければいけないけど……貴女の頼み、僕が叶えます」


「おお……! ありがとう、本当にありがとう……」


 願いを聞き届けてもらい、メルンは大粒の涙を流しながら破顔する。しばらくして、メルンと別れたリオは部屋に戻りアイージャに全てを話す。


「……というわけで、僕はセレーナさまと結婚することにし……ねえ様? 顔が怖いよ?」


「……なるほどなるほど。ほーうほう。まあ、事情は分かった。とはいえ、それは公平ではないな、リオよ」


 アイージャはそう言うと、リオの身体をしっぽでぐるぐる巻きにしてしまう。自分のすぐ側に引き寄せ、互いの鼻が触れ合うほど近付く。


「……よかろう。結婚は認めよう。ただし……妾は姉上、カレンにエリ嬢……お主に好意を向けている者全員と式を挙げてもらうぞ」


「えええー!?」


 もう何度目かも分からない驚きの叫びを上げるリオに、アイージャは至極当然といった顔で言葉を続ける。


「ん? 当然であろう。妾たちの方がより早くお主と知り合ったのだ。それを差し置いて先に挙式しようなどと、天地が許しても妾は許さぬ。故に、妾たち全員纏めて式を挙げてもらう。それなら、あの子娘との結婚を認める」


「うう……。わ、分かったよぅ。僕だって男だもん、みんな纏めて幸せにするからね!」


 覚悟を決め、リオはそう宣言する。その言葉を聞いたアイージャはニヤリと笑い、よしよしとリオの頭を優しく撫でた。


「ふふ、よく言うたな。とはいえ、式を挙げるのはまだ先。魔王グランザームを倒してからになる。ふっ、その時を楽しみにしておるぞ。リオ」


「う、うん」


 心底嬉しそうなアイージャに、リオはそう答えるのだった。



◇――――――――――――――――――◇



「……よし、完成だ! ようやく……ようやくこれまでの実験が実を結んだぞ!」


 その頃、魔界にある研究所ではエルディモスが歓喜の声を上げていた。マギアレーナの人形工場から盗んだ素体に、鎧の魔神レケレスから抽出した魔神の力を注ぐことに成功したのだ。


 円筒状の安全装置の中に入れられた四体の人形をみながら、エルディモスは大笑いする。彼の目的……グランザームへのクーデターを行うための兵士、人造魔神のプロトタイプが完成した。


「ふはははは! よし、まずは肩慣らしだ! こいつらを使ってグリアノラン帝国を蹂躙してやる! さあ、目覚めるがいい! 弓、鞭、扇……そして拳の魔神たちよ!」


 エルディモスの声に合わせ、四体の魔神が目覚める。魔神たちの戦争が、始まろうとしていた。

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