159話―造られし魔神たち

 その日の昼頃、ファティマはようやくブラックボックスの解析を終え、内臓されていた録音機に記録されていた音声の再生が出来るようになった。


 リオたちはファティマに呼ばれ、謁見の間へ向かう。メルンとオゾク、ガルキートと一人の年老いた魔傀儡の騎士も集まっており、リオたちを待っていた。


「久しぶりですね、リオさん。お元気でしたか?」


「はい、おかげさまで。ガルキートさん、聖礎での戦いの時は加勢に来てくれてありがとうございました」


 久方ぶりの再会となったガルキートに、リオはお礼の言葉を述べる。そこへ魔傀儡の騎士が近付き、フード付きのローブを揺らしながら周囲をぐるぐると回り出す。


 フードの奥から覗く両目に見据えられ、リオはたじろいでしまう。


「あ、あの……」


「……いい目をしとるワイ。なるほど、強者と呼ぶに相応しい子だな」


 そう呟くと、老騎士はリオから離れ床に座り込む。唖然としているリオに、オゾクが苦笑いを浮かべながら謝罪をする。


「驚かせてしまって申し訳ない。彼はモローといってね、ロイヤルガードの最古参なんだ。腕は確かなんだが、これが気紛れな性格でね……」


「ふん、悪かったの。ま、わしのことなどどうでもよかろう。同族のお嬢さん、早速だが聞かせておくれ」


「はい、かしこまりました」


 モローに促され、ファティマはシェルから摘出したブラックボックスを懐から取り出す。ブラックボックスを分解し、内蔵されていた録音機を取り出し起動させる。


 すると、襲撃の首謀者と思わしき人物とシェルの会話が流れてきた。


『シェル、お前はチームAに同行してくれ。得意の芸で存分に目立って我々から目を反らさせろ。いいな?』


『あいあ~い、お任せを~。おいらの華麗なジャグリングで、女帝を殺しちゃうよ~ん。じゃ、隊長、人形の奪取頑張ってね~』


 その後も別の人物――恐らくチームAのメンバーとの会話が続いていたが、ファティマは途中で装置を停止した。この先にはほぼ有益な情報がないのだろう。


「……人形の奪取、じゃと? そういえば、自動人形オートマトンを製造する工場から人形が四体消えたと報告があったのう」


「ということは、魔族たちの狙いは人形? しかし、何のためにわざわざ……」


 メルンの呟きに、オゾクは疑問を呈する。女帝襲撃事件を起こしてまで人形の奪取を隠したかったのか、その理由がいまいち思い浮かばなかったからだ。


 しかし、リオはなんとなく嫌な予感を感じていた。歴戦の強者だけが持つ、第六感とも呼ぶべきなにかが、彼の心の中で警鐘を鳴らしている。


 とんでもないことがもうすぐ起こるぞ、と。


(なんだろう、この嫌な感じ。全身がむずむずしてくる……)


 リオがそんなことを考えていた時――一人の騎士が謁見の間に飛び込んできた。騎士はリオが抱いた嫌な予感が、現実のものとなる。


「ほ、報告します! マギアレーナの外に、四体の自動人形オートマトンを率いる魔族が現れました! 現在警備隊が交戦していますが、もう持ちそうにありません!」


「なに!? なれば増援を送れ! 魔族どもをこの街に侵入させてはならぬ!」


 メルンは即座に指示を出し、騎士は謁見の間を退出する。リオは不安そうな眼差しで騎士を見送った。



◇――――――――――――――――――◇



「奴らを止めろ! これ以上先へ進ませるな!」


「だ、ダメです! 動きがはやす……ぐああっ!」


 マギアレーナを囲む防御壁の外では、警備隊とエルディモスの手下たちが激しい戦いを繰り広げていた。半人半馬の自動人形オートマトンが雪上を駆け回り、素早く矢を放つ。


 雪に溶け込む白銀のボディを持つ半人半馬の自動人形オートマトン……弓の魔神リーロンは、同時に八つの矢を発射して兵士たちを一網打尽にする。その目は、獲物を捉え逃がさない。


「ハハハハハ! 遅い遅い! たかが生物如きが、私のスピードに追い付けると思うな!」


「おいおいリーロンよぉ、一人で殺しすぎだぜ? オレたちの分もちゃんと残しといてくれよなぁ!」


 警備隊のメンバーを殺戮して回るリーロンに、別の自動人形オートマトンが声をかける。二本の長い鞭を巧みに操る鞭の魔神――グレイシャだ。


 マンモスの毛皮をマント変わりに羽織り、両腕を振るい縦横無尽に鞭を乱舞させる。予測不能な鞭の動きに翻弄され、兵士たちは一人、また一人と鞭の餌食になってしまう。


「クハハハハハハ!! いいぞ! 思った以上に素晴らしい成果だ! やはり俺は天才だ! こんな素晴らしい連中を作り出したんだからな!」


 リーロンとグレイシャの一方的な殺戮ショーを見ながら、エルディモスは大笑いする。自らが作り出した人造魔神たちの圧倒的な強さを見て、彼らを誉め讃える。


 警備隊は死に物狂いで人造魔神二人を攻撃するも、魔神の身体能力に加えて自動人形オートマトンの超反応も持つリーロンたちには全く攻撃が当たらない。


「ハッ、よええなぁ! 同じ人形のクセによぉ、オレらよりスペックが劣ってやがるなぁ!」


「ぐああっ!」


 象の鼻を模した鞭の一撃で、魔傀儡の騎士が破壊されてしまった。警備隊は瞬く間に数を減らし、もはや壊滅寸前であった。増援が来ても、一時間ももたないだろう。


 しかし、だからといって撤退や降伏は許されない。彼らの双肩に、メルンやマギアレーナの市民の命がかかっているのだから。


「お前たち、恐れるな! なんとしても奴らを退けるのだ! 先ほど増援が来ると連絡があった、なんとしてももち……なんだ、身体が……うご、かない……」


「もうつまんないし~、終わりにしちゃおって~。エルディモス様ぁ、もういいよねえ?」


 突如、空からパラパラと鱗粉が降り注ぎ、兵士たちの身体を麻痺させて動きを封じてしまう。警備隊の隊長が目だけを上に向けると、そこには一体の自動人形オートマトンが浮かんでいた。


 フリルのついた水色のドレスを纏い、背中に蝶の羽根が生えた扇の魔神――フレーラはふよふよと宙を飛びながら扇をあおぎ、鱗粉をバラ撒いていたのだ。


「ああ、もういいぞ。もう十分にデータは取れたから……いや、まだだ。せっかくだ、増援に来る奴らも殺せ。帝国の戦力は削いでおきたい」


「……主よ、私も出た方がいいですか?」


「いや、まだいい。その時が来たら暴れてもらう」


「……かしこまりました」


 エルディモスは自身の背後に控えていた四人目の自動人形オートマトンにそう答える。その時、メルンが送った四十人の増援が到着し、戦いに加わり乱戦が始まった。


 しかし、エルディモス配下の魔神たちには手も足も出ず、形勢逆転も出来ないまま倒されてしまう。その様子を見ながら、エルディモスは満足そうに笑っていた。



◇――――――――――――――――――◇



 一方、メルンは万が一の時に備え、セレーナを逃がすべく準備を進めていた。リオたちを引き連れて宮殿の地下へ向かい、皇族専用の秘密の通路へ入る。


「セレーナよ。オゾクとガルキートと共にここから脱出するのじゃ。この通路は遥か北の街、メルミレンへ続いておる。魔族どもも手出しの出来ぬ要塞都市だ、しばらくは安全であろう」


「なら、お母様も一緒に!」


「それは出来ぬ。わらわは女帝。民を見捨て逃げることはしてはならぬのだ」


「でも!」


 共に逃げようと言うセレーナに、メルンは毅然とした態度でそう答える。亡き夫から帝国の行く末を託された者として、メルンは逃げるつもりなどさらさらなかった。


 それでもなお説得しようとするセレーナを、ガルキートが止める。メルンの覚悟を、彼は理解していたのだ。


「……皇女様。陛下は必ず生き延びます。大丈夫です。帝国最強の騎士モローと、魔神の皆さんがいるのですから。だから、我々は先に行きましょう」


「分かり、ました……。モロー、リオさん、お母様を……どうか、お守りください」


「任せて、皇女さま。必ず、陛下は守ります」


 リオが力強く頷くと、セレーナはオゾクたちを連れ秘密の通路の中へ入っていった。メルンたちが謁見の間に戻ると、最悪の知らせがもたらされる。


 警備隊が壊滅し、エルディモスと名乗る魔族が宮殿を目指してマギアレーナの内部に入り込んだ、と。それを聞いたリオたちは、戦う覚悟を決める。


「リオよ、気を緩めるな。此度の敵……どうも、これまでの奴らとは違うような気がするのだ」


「奇遇だね、ねえ様。僕もそう思ってたんだ」


 リオとアイージャは、互いにそう言葉を交わす。人造魔神たちとの邂逅の時が、すぐそこまで迫ってきていた。

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