160話―女帝メルンを守れ!

 警備隊を全滅させたエルディモスたちは、万が一の時のために連れてきていた百体ほどの自動人形オートマトンの群れを引き連れマギアレーナへの侵入を果たす。


 逃げ惑う市民には目もくれず、真っ直ぐ宮殿を目指して進んでいく。目的はただ一つ。グリアノラン帝国の女帝、メルンの首を取ることだ。


「ハーハハハ! ゆけ、自動人形オートマトンども! 逆らう者を皆殺しにしろ!」


「これ以上先へは……ぐあっ!」


「殺せ! 殺せ! 全員殺せ!」


 宮殿を守る騎士たちは果敢に立ち向かうも、圧倒的な数の差には勝てず、侵入を許してしまう。エルディモスの軍勢はあっという間に宮殿を制圧し、謁見の間に着いた。


 扉が破壊され、自動人形オートマトンたちがメルンを抹殺するために雪崩れ込んでくる。が、彼らに搭載された武装が陽の目を見ることはなかった。あらかじめ待機していたリオが、先制を放ったのだ。


「待ってたよ、みんな。ここで全員やっつけちゃうよ! サンダークラップ!」


「な……ギガアアア!」


 リオが右の拳を握ると、ジャスティス・ガントレットに嵌め込まれた黄色の宝玉が光り輝く。突き出されたリオの左腕から電撃がほとばしり、自動人形オートマトンたちの回路を焼く。


「このガキィ! よくもやりやがっ……ごあっ!」


「我が君への侮辱は許しません。機能停止させてあげましょう。クッキングプログラム……超振動肉断包丁!」


 運良く電撃から逃れた者たちもいたが、即座に追撃を放ってきまファティマの攻撃を受けて両断される。その様子を、メルンは玉座に座り毅然とした態度で眺めていた。


「……動じぬのだな。あれだけの数の敵が雪崩れ込んで来れば、普通は狼狽えるものだが」


「フッ、わらわをそこらの俗物と同じと思うでないわ。八年前の地獄に比べれば……この程度、鼻で笑える」


 玉座の側に控え、攻撃が届かないように守っていたアイージャにそう言われ、メルンは答える。その目は謁見の間の入り口へ真っ直ぐ向けられており、鋭い眼光を放っていた。


 リオとファティマが五十体ほどの人形を駆逐したその時――四体の人造魔神を従えたエルディモスが、拍手をしながらゆっくりと謁見の間に足を踏み入れてくる。


「ブラボー、ブラボー。いや、実に素晴らしい。ザシュロームの忘れ形見の人形どもを片っ端から壊すとはな」


「あら、今回の襲撃の首謀者……あなたでしたか。ザシュロームの腰巾着、鼻垂れのエルディモスさん?」


 ファティマはエルディモスを見て、嘲りの笑みを浮かべながらそう口にする。その言葉にエルディモスは怒りをあらわにし、大声で怒鳴り始めた。


「黙れ! この裏切り者めが! もう俺はザシュロームの腰巾着などではないわ! 新たな魔王軍の幹部、『機巧造主』エルディモス様だぞ!」


「……えっと、ふーちゃん、あいつのこと知ってるの?」


 リオに問われ、ファティマは頷く。エルディモスに視線を向けたまま、話を始める。


「はい。わたくしがまだグランザーム様の小間使いをしていた頃から知っています。まあ、ほとんどいい噂は聞きませんでしたがね。それにしても……あなたが幹部入りですか。魔王軍の人材も、もう底を着いたようですね」


「減らず口を……! 底などついていないさ、俺は天才だからな! 盾の魔神よ、紹介しよう。この俺が造り出した魔神たちをな!」


「魔神……!?」


 かつてファティマが魔王軍にいた頃から、二人は面識があったらしい。エルディモスは忌々しそうに吐き捨てた後、今度はリオの方へ目を向ける。


 リオたちが驚くなかで恭しくお辞儀をした後、自らが造り出した四体の魔神たちをリオにけしかけた。真っ先に飛び出したのは、リーロンだった。


「お初にお目にかかる! 我が名はリーロン! エルディモス様に造られし弓の魔神なり!」


「うわっ!」


 口上を述べるのと同時に、リーロンは目にも止まらぬ速さで矢を放つ。リオは対応出来ず、矢に貫かれるかと思われたが……。


「お若いの。そのようなやり方は感心出来ぬな。攻撃するならば名乗りを終えてからになされよ」


「……なんだ? 貴様は」


 アイージャと共にメルンを守っていたモローが、いつの間にかリオとリーロンの間に割って入り、矢を受け止めていた。リーロンが不機嫌そうに咎めると、モローはローブを脱ぎ捨てながら答える。


「知らぬなら教えてやろう。我が名はモロー。四百年の時を生きる、老いぼれた人形よ」


「くっ……! チイッ!」


 名乗りを終えた直後、モローは猛スピードでリーロンに肉薄し掌底を放つ。リーロンは辛うじて攻撃をかわし、バックステップでエルディモスの元へ戻る。


「ほー、生きていたのか。八年前の襲撃で機能停止したと思っていたんだがなァ……四"かい"のモロー」


「ふん、そう簡単にくたばりはせんワイ。エルディモス、かつてオロン九世の命を奪ったお前を殺すまでは死にきれん」


 エルディモスを睨みながら、モローは拳法の構えを取る。リーロンとグレイシャ、フレーラも応戦しようと身構えるなか、エルディモスは三人を手で制止した。


「そういきり立つな、お前たち。今回はお前たちの性能のチェックをしにきただけだ、もう帰ってもいいだろう」


「おいおい、そりゃないぜおやっさん。オレぁまだまだ暴れ足りないぜ」


 グレイシャはゾウのように長い鼻を振り回しながら不満を口にする。残りの人造魔神たちもまだ暴れ足りないらしく、彼の言葉に同意する。


 一方、リオたちも黙ってこのままエルディモスたちを帰すつもりは微塵もない。ここまで大暴れした報いを与えなければ気が済まないのだ。


 リオはエルディモスを睨み付けながら、気になっていたことを質問する。


「……エルディモス、一つ聞かせろ。なんでお前は襲撃してきた? 僕とグランザームの間で交わされた約束のこと、知ってるはずでしょ?」


「知ってるぜ? だからどうした! 俺はな、あんな武人気取りの手ぬるい奴のやり方にはもう従わねえ! こいつらを使って、俺が新たな魔王になるのさ! そのための礎になりな!」


「……そう。なら、僕はもうお前を許さない!」


 そう叫び、リオは両腕に飛刃の盾を装着する。その時、それまで微動だにしていなかった四人目の人造魔神がゆっくりと前に進み出てきた。


「……エルディモス様。あの者の相手を私にさせてください。あの者の目をみていると……身体が疼くのです」


「いいだろう。相手をしてやれ、バラルザー」


「ありがたきお言葉。では……参ります」


 四人目の人造魔神は纏っていたローブを脱ぎ去り、その姿をあらわにする。真っ赤な武闘着を身に付けた虎の頭を持つ魔神は、リオに向かって飛びかかる。


「私は拳の魔神バラルザー! 盾の魔神よ、その首私がいだだく!」


「そう簡単には……あげないよ!」


 リオはバラルザーが放った正拳突きを盾で防ぎ、腕を振って押し返す。二人の戦いが始まったのを見届けたエルディモスは、残りの三人にメルンを狙わせる。


「いけ! 今のうちにメルンを殺すのだ!」


「了解! 腕が鳴るぜ!」


 グレイシャとフレーラはリオの脇をすり抜け、リーロンは矢を放ってメルンを狙う。が、それをファティマたちが黙って見逃すことはない。


「リーロンと言ったな。お前はわしが相手をしてやる。ここは狭い。中庭などいかがかね」


「ぐ……ぬうっ!」


 モローはリーロンに飛びかかり、謁見の間の大窓を突き破り中庭に落下していく。ファティマはフレーラの前に立ち塞がり、彼女の身体に向けてワイヤーを放つ。


「あなたはわたくしが相手をしましょう。我が君の邪魔になるといけないので……そうですね、屋上へ行きましょうか」


「へーえ、自信満々だねえ。その顔が泣き顔になるのかと思うとワクワクしてきちゃう! いいよ、いこっか!」


 フレーラは真上に飛び、天井を破壊してファティマごと外へ飛び出していった。一人残ったグレイシャはメルンの元へ走るも、アイージャに邪魔をされる。


「なら、消去法で貴様の相手は妾だな。女帝よ、しばし席を外すが問題ないか?」


「うむ。自分の身くらいはジブラルタルで守れるでな、存分に暴れてまいれ」


「感謝する。ハッ!」


 アイージャは床に向かってダークネス・レーザーを撃ち込み穴を開けグレイシャを落とす。リオの邪魔をしてしまわないよう、地下深くで戦うつもりなのだ。


「グハハハハ! おもしれえ、オレと一対一サシでやり合おうってか! いいぜ、乗ってやるよ!」


「下品なキカイめ、お主はここで壊してやろう。光の差さぬ闇の中でな」


 穴の中に飛び込み、アイージャはグレイシャと一緒に地下へと消える。謁見の間にはリオとメルン、エルディモスとバラルザーの四人だけが残った。


「……教えてやろう。猫よりも虎の方が強いということをな」


「それはどうかな? 猫だって強いんだよ」


 バラルザーとリオは互いにそう口にし、ぶつかり合う。魔神たちの戦いが今、始まる。

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