157話―人形との戦い

「貴様、何者だ!?」


「お~お~、怖い顔するねぇ~。おいらはシェル・ド・レ。とあるお方にお仕えする自動人形オートマトンさぁ~」


 四つのバトンを軽快な動作でジャグリングしつつ、ピエロ――シェル・ド・レはそう答えた。ロイヤルガードたちは槍を構え、シェルを睨み付ける。


 シェルはピエロのペイントが施された顔に不気味な微笑みを浮かべたまま、順番にリオたちを見つめた。鋭い眼光がメルンとセレーナを捉え、二人を萎縮させる。


「あ~らら、逃げ延びちゃったんだねぇ。残りの七人に殺された方が楽だったろうにねぇ~!」


「来る! 皆さん、あいつは僕が相手をします! その間に逃げてください!」


 リオはそう叫び、飛刃の盾を両腕に装着しつつシェルへ向かって突進する。それを見たシェルは勢いよくジャンプし、リオを飛び越えてメルンたちへ襲いかかった。


「遅いねぇ! そんなんじゃ、おいらは止められないよぉ~?」


「遅い? そんなことないよ。だって、僕には……コレがあるからね!」


 嘲笑うシェルに対し、リオは振り向き様にジャスティス・ガントレットの力を発動した。灰色の宝玉が輝き、リオの両足に疾風の力が宿る。


 目にも止まらぬ速度でシェルの前に立ち塞がり、リオは盾による殴打を相手の顔面に叩き込む。シェルは目を見開きながら吹っ飛んでいく。


「ぐ、えええ……」


「ついでにこれも食らえ! シールドブーメラン!」


 シェルが着地するよりも早く、リオは飛刃の盾を投げ追撃を行う。シェルは体勢を建て直せず、シールドブーメランをモロに食らいさらに吹き飛んでいく。


「ぐううう! ちょ~っと強いからって調子に乗りやがって……!

おいらの殺人ジャグリングの餌食にしてやるぅ~!」


「みんな、危ないから離れて!」


 バトンが変形し、刃が出現する。高速でジャグリングしながら突進してくるシェルを迎撃するべく、リオも前へ出た。シェルは四つのバトンを操り、斬撃を繰り出す。


 不規則な動きで飛び回るバトンを避けつつ、リオは相手に必殺の一撃を叩き込むチャンスを狙う。それを理解しているようで、シェルは絶妙に距離を離し近付かない。


「ほ~ら、どうしたどうした! 全然攻撃がこないねぇ! 避けるだけで精一杯かなぁ?」


「そんなわけないさ。じゃあ、君のお望み通り……攻撃してあげるよ!」


 挑発してくるシェルに対し、リオはそう答え笑う。それまで回避に専念していたのは、シェルが行うジャグリングのパターンを見極めるためだった。


 一見不規則に見えるバトンの動きにも、パターンがある。何故ならばシェルは人間ではなく、精密な動きしか出来ない人形であるからだ。


 決められたプログラムに沿ってバトンを操っているだけに過ぎず、本人がどれだけ不規則な動きをしているつもりでも、馴れれば次にどんな動きをするのか見極めるのは容易なのだ。


「へ~ぇ、自信満々じゃないの。じゃあ、やってみなよ!」


「もう……その動きは見切った!」


 リオは飛刃の盾を振るい、あっという間に四つのバトン全てを真っ二つにしてしまった。自慢のジャグリングを完全に見切られたシェルは、顔を真っ赤にして憤慨する。


「てめぇ~! よくもおいらのバトンを! なら、こいつはどうだぁ~!」


 激昂したシェルは、大きく膨らんだ道化服の中から大きなフラフープを取り出す。フラフープはバチバチと帯電しており、下手に触れれば酷い目に合うのは一目で見てとれた。


「きええええええいい!!」


「わっと!」


 シェルはフラフープを掴み、リオへぶつけようと振り回し始める。リーチの長い攻撃を前に、リオは再び回避に専念しようとするが……。


「おっと、もう同じ手はやらせないよ! フープブーメラン!」


「! まずい!」


 リオに攻撃を見切られるのを防ぐべく、シェルは嫌らしい二択の選択肢を突き付けてきた。フラフープを投げ、直接メルンたちを狙い打ちにしたのだ。


 武器を手放し、隙だらけになったシェルを倒すのは容易だ。しかし、そうすればメルンたちがフラフープの犠牲になってしまうまうだろう。


「きゃああ!」


「ダメだ、我らでは叩き落とせない!」


 逆にメルンたちを助けに行けば、リオはがら空きの背後をシェルにまんまと攻撃されることになる。メルンたちを見殺しにするか、致命傷を受けるのを覚悟で助けるか。


 リオが選べるのは二つに一つだ。


「さ~あ、どうする!? あいつらを見捨てておいらを殺すか! あいつらを助けておいらに殺されるか! 好きな方を選ばせてあげちゃうよ~ん!」


「……選ぶ? やだよ。お前みたいな奴の思い通りになんか……絶対にならないもんね! あぐっ!」


「んなあっ!? し、しっぽだとぉ~!?」


 ――リオが選んだ選択肢は、どちらでもなかった。しっぽを伸ばしてフラフープを掴み、メルンたちへ到達するのを防ぎつつ、突進してきたシェルを迎え撃つ。


 フラフープから流れ込む電撃の痛みに耐えつつ、リオはニッと笑う。いけすかないピエロが押し付けてきた選択肢を、真っ向から突き返してやったのだから。


「と、止まれない~! クッソォ~、なんでこうなるんだよぉぉ~!!」


「なんでも思い通りになることなんてないんだよ、シェル。今だって……これで、終わるからね! 出でよ、破槍の盾! 食らえ、バンカー……ナックル!」


「うぎゃあああああ~!!!」


 リオは右腕に装着していた飛刃の盾を破槍の盾に変え、飛び込んできたシェルに向かってパイルバンカーを叩き込む。勢いよく射出された短槍が、シェルの心臓たるバッテリーを捉えた。


 今度は吹き飛ばす、シェルはよろよろと数歩後退る。身体の至るところから疑似体液を垂れ流しつつ、苦しそうに顔を歪めて身悶える。


「が、あ……。た、体液が……ダメだ、もう……修復、でき、な……」


「シェル、死ぬ前に一つ教えろ。なんで陛下たちの命を狙った」


 死に貧し、仰向けに倒れ込むシェルに近付きリオは詰問する。そんな彼に、シェルは意地の悪い笑みを浮かべるだけで何も答えない。


 リオがさらに問い詰めようとすると、頭上からアイージャとファティマが降ってきた。どうやら、レストランを狙った魔族たちを全滅させたようだ。


「我が君、雌猫と協力して襲撃者は全員倒しました。総数七名……キル・コンプリート致しました」


「……ほお、途中からのこのこ出てきよったクセにたいした物言いだな、油臭いゼンマイ女」


「……聞き捨てなりませんね、その言葉。訂正していただきましょうか」


 ヒクヒクと頬をひきつらせながら、アイージャはファティマにそう言い返す。一触即発な雰囲気の中、突如シェルが大声を上げて笑い始めた。


「あ~っはっはっはっ! そうかい、み~んなやられちゃったかい! こいつぁ……とんだ、大番狂わせ……だね、ぇ……」


「……死んじゃった。結局、なんで襲撃してきたのか分からずじまいだったな……」


 機能停止したシェルをしっぽでつつきながら、リオは残念そうにそう呟く。すると、ファティマがアイージャへの怒気を引っ込め、リオに声をかける。


「我が君、わたくしにお任せを。その者の体内からブラックボックスを取り出し、メモリーを照会出来ないか試してみましょう」


「そんなこと出来るの? でも、まずは……二人を安全な場所に連れていってから、だね」


 リオはファティマの言葉に驚きつつも、先にメルンたちの安全を確保するため宮殿へ向かう。セレーナはおずおずとリオに近付き、深々と頭を下げる。


「リオさん、ありがとうございます。おかげで、わたしとお母様は怪我をしないで済みました」


「気にしないでください。二人が無事で本当によかったです」


 柔らかなリオの笑顔に、セレーナは己の鼓動が早くなるのを感じた。真っ赤になった顔を見られないよう慌てて背けつつ、宮殿へ帰っていく。


「……皇女さま、どうしたんだろ。やっぱりどこか怪我……あいてっ!」


「にぶちんめ。ま、よい。妾たちも戻るとしよう」


 鈍感なリオの頭を小突いた後、アイージャたちもメルン一行を追って宮殿へ向かう。何故小突かれたのかいまいち理由を理解していないリオは、首を傾げながら後を追うのだった。



◇――――――――――――――――――◇



「……隊長、チームAとの連絡が途切れました。全滅したと思われます」


「チッ、そいつは困ったな……。まあいい、こっちの目的は達成した。魔界に戻るぞ」


 その頃、マギアレーナの外れにある人形の工場から、魔族の別動隊が撤退を開始していた。本来の目的である、四体の素体の簒奪に成功したのだ。


「さて、エルディモス様が気に入ってくれるといいんだがなぁ……よし、お前ら撤収だ!」


 後に、リオは身をもって知ることになる。魔族たちの真の目論見を。エルディモスが画策する二つの計画が……今、始まりの時を迎えた。

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