第3章―反逆の牙と黄昏の乙女
61話―蘇る狂乱の牙
ユグラシャード王国での戦いを終えてから七日後。アーティメル帝国にある自身の屋敷に帰ったリオたちは、久しぶりの休息を取っていた。
「……平和だね~。王国での冒険が嘘みたいにのんびりしてるよ」
「そうだな。今のところ、他の国からの救援要請もなし。少しくらいのんびりしてもバチは当たるまいて」
談話室でごろごろしながら、リオとアイージャはそんなことを話していた。エリザベートと別れ、久しぶりの我が家でくつろぐ喜びを噛み締めていると、部屋の扉が開かれる。
「リオー、一緒にトランプでもしようぜ。二人じゃ盛り上がらねんだよ。メイドたちは仕事で相手にしてくれねえしさ」
「うん、じゃあ今い……わっ!」
談話室に入ってきたカレンに返事し、外に出ようとしたリオ。その時だった。彼が履いていた室内用の靴のヒモが、ブチッと切れてしまったのだ。
それだけでなく、談話室に設置された棚の上に置いてある花瓶が何もしていないのに勝手に床に落ちた。花瓶の割れる音を聞き、ジーナがやってくる。
「大丈夫か? なんか音が……ってあちゃー、花瓶割れてるじゃねえか。おーいリリー、こっち来て片付け手伝え!」
「了解した。主、怪我はないか?」
「う、うん、大丈夫」
ジーナは新しくメイドになったゴブリンの女性、リリーを呼び片付けを始める。その様子を見ているリオの背中を、冷たい汗が伝っていく。
(なんだろう、凄く嫌な予感がする……。僕たちの知らない場所で何かとんでもないことが起きてるような……。僕の思い過ごしならいいんだけど……)
そんなことを思いながら、リオはアイージャたちと一緒に談話室を後にする。しかし、この時リオはまだ知らなかった。己が抱いた危惧が、現実のものになろうとしていることを。
◇――――――――――――――――――◇
「……よくやった、グレイガよ。よくぞ余の期待に応え牙の魔神を蘇らせた。礼を言おう」
「ハッ。ありがたき幸せに御座います」
同時刻、魔王の城では魔王グランザームが配下の一人グレイガと謁見を行っていた。空中に浮いた丸いオーブの中にある玉座に座り、労いの声をかける。
ひざまずいたグレイガは深く
「して、かの魔神はどこにいる?」
「現在、牙の魔神バルバッシュは我が居城に。新たに依り代を与えコンディションを調整させています」
グレイガはよどみなくスラスラと報告を行う。このまま地上に出向き、バルバッシュを擁して侵攻作戦に加わろうと考えていたが、グランザームはそれを許さない。
「では、新たな命令を下す。牙の魔神を余の城に移し、お前は休養するのだ」
「なっ……!? お言葉ですが魔王様、俺はまだ体力も気力も魔力も充分! 戦線に加わることは……」
「左様。だからこそ休養せよと言っている。つい先ほど知らせが届いた。キルデガルドが敗死し、ユグラシャード攻略の足掛かりを失った、とな」
グランザームの言葉に、グレイガは言葉を失う。ザシュロームに続いて、キルデガルドまでもが敗北するとは想定していなかったのだ。
思わず固まるグレイガに、グランザームは優しく声をかける。威厳とカリスマに満ちた魔王の言葉に、氷と炎を司る将軍は従わざるを得なくなる。
「故に、闇雲な出撃は出来ない状況だ。お前は我が軍の切り札の一つ。それを失うリスクは犯せぬからな」
「……では、バルバッシュの処遇と今後の作戦は如何なさるおつもりで?」
「まずはバルバッシュを使い盾と斧の魔神を排除する。ガルトロスを同行させて、な」
グレイガに問われ、グランザームは今後の展望を口にする。彼の答えを聞いたグレイガは、魔王に見えないようさらに頭を下げ顔をしかめた。
(……チッ。よりによって
心の中で不満をぶちまけていると、グランザームのくぐもった笑い声が謁見の間に響く。どこかおぞましさを感じさせる笑い声に、グレイガは背筋が凍り付く。
「ふっ、お前の考えは分かる。確かに、ガルトロスは魔族ではない。だからこそ、今回の作戦の要石になるのだ。……そうさな。もし奴がしくじった時は……処遇をお前に任せよう」
「……! かしこまりました。では、俺はこれにて失礼させていただきます」
グランザームの言葉の意味を理解し、グレイガは謁見の間を去っていく。腹の底から声を出し、大笑いしながら自身の居城へと帰っていった。
一方、復活を遂げたバルバッシュはグレイガの城の図書室にて資料を読んでいた。己が封印されてから現在に至るまでの、永い歴史が描かれた資料を。
「……気に食わねえ。何もかもが気に食わねえなァ。地上も魔界も神域も、全部クソったれだ」
資料を床に叩きつけ踏みにじった後、バルバッシュは図書室を後にする。依り代を得たことで痩せていた身体には肉がつき、かつての筋骨隆々な肉体を取り戻していた。
床まで伸びた髪を引きずりながら、バルバッシュは廊下を歩く。一目見て不機嫌であることが分かる彼に、近付いたり声をかけようとする命知らずはいなかった。
「……まあいいさ。こうして復活出来たんだ。まずは……使命を忘れたクソったれな兄妹をシバきに行くか。魔王軍の連中も使い勝手がいいからなァ」
そんなことを呟きながら、バルバッシュは口を開け舌舐めずりをする。サメのような鋭い歯によって舌が傷付くも、即座に治癒されていく。
廊下を歩き、テラスに出たバルバッシュは紫色の光を放つ魔界の太陽を見上げる。そんな彼に、どこからともなく声がかけられた。
「よう。機嫌はどうだ? 腹は減ってねえか?」
「グレイガか。問題ねえよ。ついさっき、お前ンとこのメイドを十人ほど食ったからな」
「……まあいいや。お前に魔王様からの命令が下った。俺の同僚と一緒に地上に行け。盾と斧、二人の魔神を始末しろ」
いつの間にかテラスの端に現れたグレイガからそう伝えられ、バルバッシュは目を丸くする。そして次の瞬間、狂ったように高笑いをし始めた。
「クヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! そいつァ願ったり叶ったりだな! いいぜ、行ってやるよ! ド派手にブチ殺してやらぁ!」
「……随分乗り気だな。お前の兄妹なんだろ? 少しくらい躊躇とかは……」
直後、グレイガの顔の横スレスレをバルバッシュの拳が通過した。目に狂気に満ちた光が
「躊躇? しねぇさ! むしろウッキウキなんだよ! 昔からよォ、俺ァ殺してやりたかったのさ。俺以外の兄妹全員をな……!」
「そ、そうか。まあ、やる気があるのはいいことだ」
そう答えつつ、グレイガは心の中で自問自答する。自分は――開けてはならないパンドラの箱を開け、解き放ってはならない怪物を解放してしまったのではないか、と。
そんなグレイガを余所に、バルバッシュはテラスの手すりに飛び乗り両手を掲げる。どこか芝居がかった仕草をしながら、牙の魔神は太陽を見上げ叫ぶ。
「地に交われば貴にあらず! 覚悟しなアイージャ! ダンスレイル! てめえらを殺して! 創世神ファルファレーもブチ殺す! いや、それだけじゃ手ぬるい! 地上の連中も、皆殺しにしてやるぜ! クヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
鋭く尖った牙を剥き出しにしながら、バルバッシュは笑う。反逆の殺戮者と化した魔神の脅威が、リオたちに襲いかかろうとしていた。
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