62話―バンコ家のたくらみ

 エルヴェリア大陸のどこか。吹雪が吹き荒ぶ氷の大地に、大きな屋敷があった。世界四大貴族の一角、バンコ家の宗家一族が暮らす本宅である。


「……なるほど。そんなことがあったとは。お前も大きく成長したようだな、エリザベート。私は嬉しく思うぞ」


「ありがとうございます、おじ様。ですが、こうして成長出来たのはわたくし一人だけの力ではありませんわ」


 あられが窓を叩くなか、屋敷の一室に二人の男女がいた。椅子に座り、エリザベートの報告を承けていた初老の男――バンコ家現当主レンザー・バンコは興味深そうに眉を上げる。


「エルザから聞いているよ。リオと言ったか……誰よりも強き戦士だとか」


「はい。ししょ……彼のおかげで、わたくしは人として成長することが出来ましたの」


 そう語るエリザベートの頬は朱に染まっていた。恋する乙女は天井を見上げ、愛しの少年の笑顔を思い浮かべる。妄想に耽っていた彼女の耳にレンザーの声が響く。


「……ベート。エリザベート、聞いてるのか?」


「はっ! も、申し訳ありません。少し考え事を……」


 焦るエリザベートを見て、レンザーは考え事を始めた。白いヒゲが生えた顎を撫でながら、リオとエリザベートの関係について考える。


 しばらく思案した後、レンザーはふむ、と呟きを発する。首を傾げるエリザベートに、彼は衝撃的な一言を投げ掛けた。


「……エリザベートよ。お前、そのリオという少年と婚約するつもりはないか?」


「ええっ!? こっ、ここここ婚約!? おじ様、ナニヲ突然言い出しますの!?」


 突然のレンザーからの提案に、エリザベートは仰天し声が裏返ってしまう。顔を真っ赤にする姪を見て微笑んだ後、レンザーは真剣な表情を浮かべ話し出す。


「エリザベート。お前ももう十八だ。そろそろ名の知れた戦士と婚約をしてもいい頃合いだろう。お前に想い人がいないならこちらで見繕おうと思っていたが、その手間が省けた」


「し、しかし……いくらなんでも唐突過ぎません? 確かに、見知らぬ殿方と見合いをさせられるよりは師匠の方が……って、わたくしは何を言ってますの!」


 己の失言を誤魔化そうと、エリザベートは頭をブンブン振り回す。そんな彼女を見つつ、レンザーは大きく息を吸い込み大声で家訓を叫ぶ。


「バンコ家家訓! 『勇猛なるバンコよ、汝猛き者を迎えよ。バンコの魂は血ではなく、力により継がれていくことを忘れるなかれ』!」


「ふえっ!? い、いきなり何を……」


 唐突に家訓を口にするレンザーに驚き、エリザベートは困惑する。そんな彼女に向かって、バンコ家現当主は自身の考えについて述べ始めた。


「エリザベートよ。私ももういい歳だ。そろそろ次世代を担う者に家督を託したい。だが、そのためには必要なのだよ。誰よりも強く偉大な戦士が」


 そう言うと、レンザーは背もたれに身体を預け、天井を見上げる。かつて『戦神』の異名で呼ばれ、数多の強大な魔物たちを屠ってきた彼も、老いには勝てない。


 年々衰えていく己の身体を憂い、彼は一刻も早く自分の後継者に相応しい者を見つけ出そうとしていた。バンコ家は四大貴族で唯一、血筋にこだわらない。


 純粋な個人の強さが、家督を継ぐのに相応しいかの基準となるのだ。


「私ははじめ、ユグラシャードでお前が相応の活躍をすれば家督を譲ろうと考えていた。だが、リオという少年のことを知って考えが変わった。是非彼を私の後継者として迎え入れたいのだ」


「おじ様……。分かりました。わたくしとしても、師匠と添い遂げたいかと言われれば首を横には振りません。いえ、むしろ師匠と添い遂げたく思います!」


 キリッとした表情を浮かべ、エリザベートは高らに宣言する。先の失言でリオへ好意を抱いていることがバレた以上、いっそ欲望に従ってしまえという考えからのものであった。


「そうか……よし! ならば早速会食の準備だ! すぐに我が屋敷へ招待しよう! エリザベート、お前も来い!」


「へ!? ちょ、ちょっといくらなんでも急過ぎですわ! それに外は凄い猛吹雪……」


「ハッハッハッ! そんなもの鍛えぬかれた我が肉体と愛馬フォルキオンには屁でもない! さあ、アーティメル帝国へ行くぞ!」


「いやああああああ~!!!」


 外は一メートル先すら見えないほどの吹雪が吹いているのにも関わらず、レンザーはエリザベートを引きずり愛馬ことグリフォンのフォルキオンがいる厩舎きゅうしゃを目指す。


 フォルキオンに跨がり、ゴーグルをかけたレンザーは愛馬の脇腹を蹴り走らせる。甲高い鳴き声を上げながら、フォルキオンは吹雪の中へ飛び出していく。


 吹雪に紛れながらも、エリザベートの悲鳴が雪原にこだましていた。



◇――――――――――――――――――◇



「……ハァ。疲れちゃったな……」


「お疲れ、リオくん。それにしても、デリカシーのない奴らだったね。セバスチャンだっけ? 彼が追い返してくれなかったら私がぶん殴るとこだったよ」


 その頃、リオはちょっとした問題に見舞われていた。談話室を出てカレンたちとトランプをしていたところに、大勢の男女が屋敷にやって来たのだ。


 彼ら彼女らは自分たちをリオの生き別れた『家族』だと称し、屋敷の中に入り込もうとしてきたのだ。リオが穏便に帰ってもらおうと対応するも、彼らは頑なだった。


「親に向かってなんて口を聞くんだ、か。ケッ、ふざけんじゃねーよ。仮に本当の親だとしても、今さら出てきて言えることじゃねーだろが」


「そーそー。いきなり来てあんなこと言うなんて、人としてどうかと思っちゃうなー」


 セバスチャンと共に押し掛けてきた人々を追い返したジーナとサリアは、リオが自室に引っ込んだ後玄関に塩を撒きながらそんなことを話す。


 リオの過去を知っているが故に、人としての節度の欠片すらない招かれざる客の態度が癪に障ったのだ。塩を撒き終わった後、ジーナはポツリと呟く。


「……はあ。アタシらに何か出来ることがありゃいいんだけどな。そうそう思い付かないよなぁ……」


「そうだねぇ。こればっかりは私たちじゃどうにも出来ないからねぇ」


「うおっ!? ダンスレイル、お前リオと一緒に部屋行ったんじゃねえのかよ!」


 突然背後から声をかけられ、ジーナは飛び上がらんばかりに驚く。ダンスレイルはごめんごめんと軽い調子で謝った後、ふうとため息をつく。


「……しばらく一人にしてほしいって言われちゃってね。鍵をかけて閉じ籠っちゃったんだよ」


「無理もないわー。リオくん、自分が孤児だったこと……私たちと一緒だった時から気にしてるから」


 勇者ボグリス一行と出会う前、孤児として迫害を受けてきたリオの過去を知っているジーナとサリアは知っていた。リオが『家族』に対して憧れとコンプレックスを抱いていることを。


 だからこそ、今回の騒動で心に傷を負ってしまっていないか心配しているのだ。彼女たちからリオの過去を聞いたダンスレイルも、同じ心境だった。


「うーん……生憎、私はこういう時どうしていいか疎くてね。アイージャやカレンなら……いや、無理か。どうしたものかなぁ。リオくんを元気付けてあげたいな」


 ダンスレイルはそう呟き、ジーナたちと一緒にため息をつく。一方、自室に籠ったリオは、毛布にくるまっていじけ虫状態になってしまっていた。


 窓から見える夕焼け空をボーッと眺めながら、ぼんやりと考え事をする。何故自分は親に捨てられてしまったのか。仮に産みの親と出会えたとして、彼らを――。


(……やめよう。こんなこと考えてても意味ないもん。ご飯まだだけど、食欲ないし……このまま寝ちゃおう)


 そんなことを考えながら、リオはぽふっとベッドに寝転がる。その時だった。窓からコンコン、という音が聞こえてきたのだ。


(……? なんだろ? 窓から音がするなんて……!?)


 音の正体が気になり窓の方を見たリオは、驚きで固まってしまう。窓の外には、雪まみれになったフォルキオンに跨がる、レンザーとエリザベートがいたからだ。

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