63話―突撃! バンコ家へ!

「えっ? エッちゃ……え? え?」


 窓の外に浮かぶ光景に、リオはキョトンとすることしか出来ないでいた。それもそうだろう。窓の外にはつい数日前まで共にキルデガルドと戦った少女がいるのだから。


 しかも、見知らぬ老人と一緒にグリフォンに乗った状態で。


「……えっと、どちら様ですか?」


「おお、わざわざ窓を開けてもらってすまないな少年! ふむふむ、君がエリザベートの言っていたリオという子か!」


 完全にグロッキーになっているエリザベートとは対照的に、手綱を握る老人――レンザーは元気ハツラツであった。リオが窓を開けると、身を乗り出してくる。


「……おじさん、僕のこと知ってるの?」


「勿論だとも! おっと、名乗るのが遅れたな。私はレンザー! バンコ家の現当主にしてエリザベートの叔父だ!」


 レンザーは自己紹介をした後、腕を伸ばしリオの肩を掴む。豪快に笑いながら、彼を部屋から連れ出しフォルキオンに乗せようと腕を引っ張る。


「ここまで来るのに大量に転移石テレポストーンを使ったが……そんなことはまあいいとしよう! さあ、少年よ! 我が愛馬フォルキオンに乗るのだ! そして我が屋敷に……」


「不審者撃退ハンマー! オラッ!」


「ギャアッ!?」


 その時だった。突如庭からカレンの声が響き、何かがぶつかる音とフォルキオンの悲鳴がこだまする。レンザーとエリザベートは体勢を崩し、庭に落下した。


 慌てて窓から下を覗いたリオが見たのは、庭で仁王立ちをしているカレンの姿だった。カレンは落下したレンザーとエリザベートを捕まえ、襟首を掴む。


「このじじい、どっから入りやがった。ドリル頭まで一緒たぁ、どうなってんだか」


「お姉ちゃん、離してあげて。エッちゃんから詳しく話を聞くから」


 窓から外に出て庭に降りたリオは、カレンにそう声をかける。ぐったりしているエリザベートを受け取り、地面に寝かせて身体を揺さぶりながら話しかけた。


「エッちゃん、大丈夫? ほら、起きて?」


「うう……こ、ここは……。ハッ、師匠? よかった、わたくしまだ死んでいませんのね……」


「もう大丈夫だよ。一体どうしたの? 突然来て……」


 意識を取り戻したエリザベートは、リオに本宅でのレンザーとのやり取りを話して聞かせる。それを聞いていたカレンは、思わず大声を出してしまう。


「はあ? ドリル頭とリオが婚約ぅ? 何の冗談だよそりゃ」


「うむ。本当にくだらぬ冗談だ。姉上もそう思うだろう?」


「同感だね。そんなこと起きるはずないのにね」


 その声を聞きつけ、どこからともなくアイージャとダンスレイルが姿を現す。音もなく現れた二人にリオとカレンは驚き思わず声を出す。


「わっ! ビックリした~。二人ともどこから出てきたの?」


「おめえらよぉ、いきなり背後に出てくんなよ! 心臓が止まるかと思ったじゃねえか!」


「おーい……そんなことより、そろそろ私の襟首を放してくれんかね……? 首が締まって死にそうだ」


 カレンがアイージャたちに文句を言っていると、レンザーがか細い声を出す。顔が紫色に染まりつつある彼を解放し、カレンはため息をつく。


 ただでさえ、無礼者たちの襲来でリオの心が傷付いている状態なのだ。さらなる大物の到来でさらに心労が増えてしまわないかと心配していたのだ。


「……で、もう一度詳しく聞かせてもらおうか。誰が誰の婚約者になるだって?」


「うむ。そこの少年……リオと言ったね。彼を我が姪、エリザベートの婚約者として……そして、私の養子としてバンコ家の跡取りに迎えたい! 私はそう思っているのだよ」


 レンザーの言葉に、リオはカレンたちを順番に見ながら困惑に満ちた表情を浮かべる。今の精神状態で返事をするのは良くないと判断し、一旦帰ってもらおうと試みるが……。


「まあ、なんだ! こんな状態では返事も出来なかろう! よし、まずは我が屋敷で食事でもして友好を深めようではないか!」


「へ? わあっ!」


 リオが返事をするよりも早く、レンザーが口笛を吹く。すると、それまで庭の隅で伸びていたフォルキオンが目を覚まし、素早くリオの服を咥え持ち上げた。


 レンザーは目にも止まらぬ速さでエリザベートの襟首を掴んでフォルキオンに跨がり、遥か北へ向かって愛馬を飛翔させる。あまりの早業を前に、カレンたちは対処が遅れてしまう。


「あっ、しまった! リオを連れてかれちまったぞ!」


「くっ、もうあんなに遠くに! あのレンザーとやら、ただ者ではないな……姉上、すぐにリオを取り戻しにいくぞ!」


「だね。バンコだかハンコだか知らないけど、私のリオくんを奪おうなんて許せないねぇ」


 ダンスレイルは翼を広げ、ふわりと浮かび上がる。アイージャとカレンはダンスレイルの両足にしがみつき、レンザーたちを追いかけていく。


 が、彼女たちは知らなかった。バンコ家の本宅は、遥か遠い北の地にあるということを。



◇――――――――――――――――――◇



「さ、さささ寒い……! 凍っちゃうよぉ……」


「師匠、もうしばらくの辛抱ですわ。後少しで次の転移石テレポストーンを使えます!」


 一方、リオたちは転移石テレポストーンをすでに四回使い、吹雪が吹き荒れる雪原を飛んでいた。一つの石を使い回しているため、魔力のチャージが終わるまで地獄を耐えなければならない。


 エリザベートと抱き合って冷気に耐えつつ、早く魔力のチャージが完了しないかなと思っているリオに、手綱を操りながらレンザーが声をかける。


「大丈夫か? 少年? なに、あと一回の転移テレポートで屋敷に着く。すぐに暖まれるさ」


「出来るだけ早くお願いします……。エッちゃんがとてもつらそうなので……」


 リオはしっぽを伸ばしてエリザベートに巻き付け、少しでも暖を取らせてあげようとする。エリザベートの唇は真っ青になっており、身体は氷になったかのように冷たかった。


「まあ、この吹雪だ。エリザベートには少々つらいかもしれん。よし、これで最後の転移テレポートだ! 早く屋敷で暖まるとしよう!」


 レンザーは懐から転移石テレポストーンを取り出し、中にチャージした魔力を解放する。石から放たれた魔力の塊の中に吸い込まれたリオたちは、気が付くと大きな屋敷の前にいた。


「私は厩舎きゅうしゃにフォルキオンを帰してくるとしよう。エリザベート、先に少年と一緒に屋敷に入っていなさい」


「……そ、そうさせていただきますわ」


 すっかり凍えきってしまったエリザベートは、リオのしっぽを外套代わりに屋敷の中に入っていく。二人が屋敷に入ると、エルザに出迎えられる。


「お帰りなさいませ、お嬢様。そしてお久しぶりですね、リオさん。またお会い出来立て嬉しいです」


「こんばんは、エルザさん。……あれ? エルザさん、そのメガネ……」


「……ええ。少し込み入った事情がありまして、ね……」


 暖かいココアが入ったマグカップを渡され、リオは一口飲んだ後挨拶をする。その時、エルザが銀縁メガネを掛けていることに気が付いた。


 エルザはメガネをクイッと上げ、どこか気まずそうに視線を反らす。あまり根掘り葉掘り聞くのは良くないと思い、リオはそれ以上問うのを止める。


「エルザ……早く暖炉のある部屋に師匠を案内してあげてくださいませ。玄関ここにいては凍えてしまいますわ」


「かしこまりました。では、お嬢様の部屋にご案内しますね」


「ええ、お願……ってちょっと待ちなさい! なんでそうなりますの!? だ、男女が同じ部屋に二人っきりなどと……ふ、不埒ですわ!」


 先ほどまで死にかけていたとは思えないような大声を出し、エリザベートは顔を赤くしてエルザに突っ込みを入れる。一族の者以外の男子を自室に入れるのは、今回が初めてだったのだ。


 羞恥心を全開にして反対するエリザベートを見て、エルザはクスクス笑う。そんな二人を交互に見ていたリオは、寒さに耐えきれず可愛らしいくしゃみをする。


「へきしゅ!」


「あら大変。このままではリオさんが風邪を引いてしまいます。ということで、お嬢様のお部屋へご案内しましょう。さ、こちらへ」


「……だ、か、ら、なんでそうなりますのー!?」


 エルザはリオをひょいと担ぎ上げ、有無を言わさずエリザベートの自室へ向かう。二人を追いかけながら、エリザベートはただ絶叫することしか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る