64話―お屋敷での食事会
「さあ、どうぞ。すでに暖炉には火をくべてあります。旦那様が戻るまで、ごゆっくりおくつろぎくださいね、リオさん」
「うん。ありがとうエルザさん」
「なんということ……わたくしの部屋に、初めて殿方が……」
エリザベートの部屋に案内されたリオは、エルザにお礼の言葉を述べる。一方、生まれて初めて肉親以外の男を部屋に招き入れることになったエリザベートは、顔を真っ赤にしていた。
ゴミ一つ落ちていない、女の子らしいピンク色の壁紙が張られた部屋の中で、リオはソファーに座りふわふわの感触を楽しむ。そんなリオに、エルザはある問いを投げ掛ける。
「リオさん、一つお聞きしたいのですが……お嬢様のことを、どう思っていらっしゃいますか?」
「ちょっ!? エルザ、いきなり何を言い出しますの!?」
従者の発言に、エリザベートは慌てふためく。この屋敷にリオを連れてきた目的を考えれば、エルザの質問の意図はただ一つ。それに気付いているのかいないのか、リオは考え始める。
「うーん……」
首を傾げながら、リオは考える。エリザベートのことをどう思っているのか。少しして、彼は語り始める。エリザベートへの思いを。
「えーっとね、僕好きだよ。エッちゃんのこと」
「なっ……!? そ、それって……」
いきなりド直球で好意を伝えられ、エリザベートはドギマギしてしまう。これは脈ありか……?内心浮かれるも、エルザは見抜いていた。
リオのエリザベートへの好意は
それを知ることが出来ただけでも、エルザにとっては収穫だった。エリザベートの恋が実るのを、彼女としても応援してあげたいと思っているのである。
「お、ここにいたか! そろそろ飯にしよう。さあさあ、みんな食堂においで」
「おじ様、いつも言っているでしょう。部屋に入る時はノックをしてくださいませ!」
「おお、すまんすまん」
その時、部屋の扉が開きレンザーがひょっこりと部屋の中に顔を覗かせる。リオたちはレンザーに案内され、屋敷の一階にある食堂へと向かう。
食堂では使用人たちが忙しなく料理を長机の上に並べていた。エルザ以外の三人が席に着くと、使用人たちがグラスに入ったワインとジュースを持ってくる。
「えー、ではここに我が姪の婚約予定の少年を迎え、乾杯の音頭を……」
「旦那様、大変です! 屋敷に不審な女が三人ほど接近しています!」
レンザーが乾杯の音頭を執ろうとしていたその時、警備兵が食堂の中に飛び込んでくる。玄関の方から大きな音が聞こえてきたと思った次の瞬間、侵入者たちが現れた。
「リオ! 助けに来た……って、なんだこの状況」
「いや、貴女方がなんなんですの? というか、よく追い付けましたわね。わたくしたち
食堂の中に飛び込んできたのは、武装したカレンたちだった。呆れ気味に呟くエリザベートに、ダンスレイルは得意そうに胸を張りながら答える。
「ふっ、私の執念を甘く見ないほうがいいぞ。例え何百何千キロ離れても、すぐにリオくんの居場所にたどり着いてみせるさ」
「……道中は地獄だったがな」
「ふむ。何はともあれ、客が増えたのはいいことだ。お前たち、この方たちにも食事を出してあげなさい」
猛吹雪の中を強硬突破する羽目になったことをへの恨みを込めながら、アイージャはボソッと呟く。その呟きを聞いたダンスレイルは顔を背け、下手くそな口笛を吹く。
突然の侵入者にもレンザーは動じず、それどころかカレンたちを客として迎え入れる。細かいことを気にしない彼の行動に、エリザベートはため息をついてしまう。
「はあ……。おじ様は昔から豪胆過ぎてついていけませんわ……。まあいいですわ。皆様もお座りください。この吹雪では帰れませんし」
「それもそうだ。あんな吹雪の中を飛んでいけば、確実に凍死するからな」
食堂の窓から覗く雪原に目を向けながら、アイージャはそう答える。窓の外は凄まじい勢いで吹雪が唸りをあげており、
「ま、いいさ。おとなしくご相伴に預かるとしよう。ということで、私はリオくんの隣に……」
「ダメだ。そこはアタイが座る」
リオの右隣にはすでにエリザベートが座っているため、空いている左隣に誰が座るかで三人はケンカを始める。すったもんだの末に、アイージャがリオの隣に座った。
全員が席に着いた後、カレンたちの分の料理とワインが注がれたグラスが運ばれてくる。改めてレンザーが乾杯の音頭を取り、ようやく食事会が始まる。
「……さて。食べながら聞いてくれて構わん。リオと言ったね、どうだ、うちのエリザベートと婚約するつもりはないか?」
「エッちゃんと婚約……婚約ってなに?」
ステーキを切り分けながら、リオはそう問いかける。過去が過去なだけに、リオは一般常識に疎いところがあった。レンザーは目を丸くするも、すぐに説明をする。
「婚約というのはだね、エリザベートと君が家族になるぞ、という約束をすることだ。しかるべき時が来れば結婚し、二人は正式に夫婦に……そう、『家族』になるんだ」
「僕とエッちゃんが……『家族』……。いいかも」
リオの呟きを耳にし、エリザベートは飲んでいたジュースを盛大に吹き出してしまう。自身との婚約にリオが乗り気だとは思っておらず、意表を突かれてしまったのだ。
レンザーはリオの言葉に笑みを浮かべるが、そこへアイージャが牽制するように手を挙げる。このままリオを盗られるのをよしとしやい彼女は、レンザーに向かって話し出す。
「待たれよ。妾たちはリオを渡すつもりはないぞ。リオは妾にとって、魂を分けた姉弟であり、恋人でもあると言っていい。それを……」
「なぁに、分かっておる分かっておる。リオが私の跡継ぎになってくれるなら、エリザベートが何番目の妻でも構わんよ」
「……いいのかよ? 貴族ってのメンツにこだわるんだろ? 特にあんたは世界四大貴族の一角なんだぜ? その姪が第一婦人じゃないとくりゃ、裏で笑われるんじゃねえのか?」
キッパリと言い切るレンザーに、カレンがそう問いかける。レンザーはワインを一口飲んだ後、ニッと笑みを浮かべ堂々とした態度で話し出す。
「ふっ、我らバンコの誇りはそんなところにはない! 我らはより強く、勇敢であることを望む。形だけの栄誉やメンツなどとうでもいいのだ」
「……へぇ。まあいいや。でも、肝心のエリザベートはリオくんのことをどう思ってるのかなぁ? ねえ、リオくんも知りたいよねぇ?」
ダンスレイルは意地悪な笑みを浮かべながらエリザベートに話を振る。リオの期待に満ちた視線に晒され、顔を赤くしつつもエリザベートは答える。
「わ、わたくしは、その……し、師匠のことは……この際、言わせてもらいます! 心の底からお慕いしていますわ!」
中途半端に答えれば、確実に根掘り葉掘り追及される。そう考えたエリザベートは、若干ヤケクソになりながらも思いの丈をぶちまけた。
それを聞いたアイージャたちは、渋々ながらもリオとの婚約を認める方向に心が傾いていた。無論、自分たちが先にリオの妻になる、という条件付きでだが。
「……えっと、つまりエッちゃんは僕と婚約? することになったの?」
「平たく言えばそうなるな。その前に、妾たちともしてもらうがな。それでもいいか? リオ」
「うん! 僕、ねえ様たちとも婚約したい!」
婚約を軽い口約束か何かだと勘違いしているらしく、リオは満面の笑顔で首を縦に振る。そんなリオを見ながら、アイージャとダンスレイルは顔を見合わせ笑う。
エリザベートとの婚約を阻止することは出来なかったが、結果オーライになったことを内心喜んでいた。話が纏まったと判断したレンザーは、嬉しそうに大笑いする。
「ハッハッハッ! 今日はめでたい日だ! よし、いい機会だ。親睦を深めるために旅行にでも行くといい。必要なものは全て私が手配しよう。楽しみにしてなさい」
「旅行かぁ……楽しみだなぁ」
レンザーの言葉に、リオは期待を膨らませる。が、この時リオたちはまだ知らなかった。新たに訪れる地で、忌まわしき敵と出会うことになるということに。
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