9話―宿場町での依頼

 タンザを出発してから、三日が過ぎた。リオとカレンはアーティメル帝国の首都ガランザへと続く宿場町、メイレンに到着した。宿場町は人々で賑わい、そこかしこに露店が軒を連ねる。


「わあ、お店がいっぱいあるなぁ」


「まあな。ここはガランザへの玄関口みたいなもんだから人も多いんだ」


 大通りを歩きながら、リオはタンザとは比べ物にならない人と店の多さに圧倒される。物珍しそうにキョロキョロ周囲を見渡しているリオを見ながら、カレンは答えた。


 二人はガランザへ向かうため、町の北にある検問所へ向かう。が、そこで問題が発生した。検問所を守る番兵曰く、ガランザへ向かう街道の橋が崩落してしまったというのだ。


「おいおい、参ったな……。橋を渡れないんじゃ、ガランザには行けねえぞ。リオ、どうする?」


「うーん、どうしよっか……。早くガランザに行って魔王軍について調べたいのに……」


 リオとカレンがそう話し合っていると、検問所を守る番兵の一人が二人に声をかけてきた。


「なんだ、君たち魔王軍と戦うつもりなのかい? まだ若いのに勇気があるねえ」


「えへへ、それほどでも……」


 年若い番兵に誉められ、リオはテレテレしながら耳をパタパタさせる。その様子を見て和みつつ、番兵はリオとカレンにとある情報を話す。


「実はね、このメイレンから西に二時間ほど歩いたところにある洞窟を魔王軍の下っ端が根城にしているって報告があってね」


「そうなの? なら、僕たちに任せてよ! こう見えても、僕とカレンお姉ちゃんは強いんだよ!」


 そう言うと、リオはむん!と掛け声を発しながらガッツポーズをする。が、悲しいことに、痩せぎみのリオの腕に力こぶが出来ることはなかった。


「そうかい? 君たち、見たところ冒険者みたいだし……よし、魔王軍の下っ端の討伐を頼めるかな? 町に被害が出る前になんとかしたいんだ」


「うん、任せてお兄さん!」


 番兵は値踏みするようにリオとカレンを眺めた後、二人に魔王軍の下っ端たちの討伐を依頼することに決めた。ある程度の実力はあるのだろうと判断し、二人に任せることにしたのだ。


「よーし、それじゃ早速行こうよお姉ちゃん! もしかしたら、ザシュロームの居場所が分かるかも!」


「ちょっと待った。リオ、何の準備もなしに突撃するのは危険だぜ。ここは念入りに準備したほうがいい」


 はやるリオを制止し、カレンは彼を連れ町中にある薬屋へ向かう。怪我を治すためのポーションをいくつかと、毒を治癒する薬草などを買い込み準備を整える。


「これでよし、と。さ、行こうかリオ。目指すは町の西にある洞窟だ」


「うん! よーし、頑張るぞー!」


 リオは気合いを入れ、両手を上へ突き上げる。そんなリオを見てカレンは和んでいた。その時、リオは何者かの視線を感じ後ろを振り向く。


「……? あれ、気のせいかな。誰かに見られてるような……」


「そうか? アタイは何も感じないけど……。リオの気のせいじゃないのか?」


「うーん、そうなのかなぁ」


 二人は首を傾げつつ、町の西にある検問所へと向かって歩き出す。そんな二人を、遥か上空から一つ目のコウモリがじっと見つめていた。



◇――――――――――――――――――◇



「……やはり、配下の報告通りすでに旅立っていたか。しかし、雑兵とはいえ我が配下が四人がかりでも負けるとは……。継承者の少年だけでなく、あのオーガの女も警戒が必要だな」


 その頃、くだんの洞窟の中では、ザシュロームが一つ目のコウモリ――ミニードバットから送られてくる映像を見ていた。手に持った魔法の水晶を見ながら、ブツブツと小声で呟く。


「……ふむ。ここで相まみえるのも一興だが……まだ完全に相手の力を見たわけではないからな、ここは石橋を叩いておくとしよう」


 まだリオたちと直接対決する時ではないと判断したザシュロームは、パチンと指を鳴らす。すると、洞窟の奥から何者かがゆらゆらと揺れながら歩いてくる。


 現れたのは、異様に細長い手足と胴体を持つ、二足歩行のバッタのような魔族だった。異形の者はザシュロームの前に着くと、恭しく頭を下げる。


「お呼びでしょうか? 親愛なるザシュローム様」


「ああ。例の継承者がここに来る。私の代わりに相手をしてやってくれ。配下のレッサーデーモンたちを貸す。くれぐれも、継承者を傷付けるなよ? ディゴン」


「かしこまりました。わたくしめにお任せください、ザシュローム様。必ずや、魔神の継承者を捕らえてみせましょう」


 ディゴンはそう答え、洞窟の奥へと姿を消した。それを見届けたザシュロームは、水晶を懐にしまい立ち上がる。洞窟の外に出ると、手を前方にかざし空間の歪みを作り出す。


「……今宵は六将軍の会議だったな。実りのある話が出来ればいいが……まあ、無理だろうな」


 そう呟き、ザシュロームは歪みの中へ入り姿を消す。歪みが消えた後、不気味なまでの静寂だけがそこに残った。



◇――――――――――――――――――◇



「……リオ、ホントにこっちで合ってるのか?」


「うん。匂いを感じるんだ、前に戦った悪魔たちの」


 ディゴンが待ち受けているとも知らず、リオとカレンは洞窟を目指して草原を進んでいた。リオはクンクンと鼻を鳴らし、先日戦った悪魔――レッサーデーモンの匂いをたどる。


 獣人となってから、少しずつ視角や聴覚、嗅覚が研ぎ澄まされていっているらしく、匂いで獲物を追跡する姿はまさしく肉食獣そのものと言えた。


「お、どうやら本当みたいだな。多分、あれが例の洞窟だ。偉いぞ、リオ」


「えへへ……」


 しばらくして、林の中に踏み行った二人は番兵から聞いた洞窟を見つけることに成功した。茂みの中に隠れ、窺っている二人の元に、どこからともなく声が響く。


「これはこれは、随分お早い到着だ。歓迎しよう、魔神の継承者とその仲間よ」


「この声……お姉ちゃん、危ない!」


「うおっ!?」


 ディゴンの声が響いた直後、リオはカレンにタックルし二人仲良く茂みから飛び出す。その直後、木の上に待機していたレッサーデーモンが茂みへボディプレスを放つ。


「チッ、避けたか! あの時の恨みを晴らしてやろうと思ったのに」


「その傷……そうか、お前はあの時討ち漏らした悪魔か!」


 レッサーデーモンの顎に残った傷痕を見たリオは、相手が先日の戦いで姿を消した者であることを瞬時に見抜く。そこへ、洞窟の中から八体のレッサーデーモンを連れたディゴンが現れる。


「ようこそ。揃いも揃ってステゴロとはね……わたくしも舐められたものだ。それとも、素手で楽に勝てるとお考えかな?」


「そんなことねえさ。今武器を出すんだよ、なあリオ。ウェポン・サモン!」


「こい! 不壊の盾! 飛刃の盾!」


 余裕たっぷりに笑うディゴンを前に、リオは二つの盾を、カレンは金棒を呼び出す。総勢九体のレッサーデーモンはリオたちを包囲し、逃げ場を塞ぐ。


 カレンはチラッと周囲を見ながら、リオに向かって小声で囁いた。


「……リオ、あの細長い奴は任せた。残りはアタイがやる。だから背後は気にするな」


「ありがとう、お姉ちゃん」


 二人がそう話している間、ディゴンはニヤニヤ笑う。リオたちの会話を耳敏く効いていたようで、目を細くしながらカレンを見据える。


「ほーう……なら、そちらのオーガから先に始末しようか。こんな風にな!」


 直後、ディゴンは目視することが不可能なほどのスピードでカレン目掛けて接近する。鋭い槍のように変化させた右腕で、カレンの腹を貫く算段だ。


 カレンが一人でいたならば、その策は成功していただろう。だが、そうはならなかった。ディゴンは知らない。リオが守りのプロフェッショナルであることを。


「させない! 『!』」


「むっ……なにっ!?」


 ディゴンは、カレンの腹を貫くつもりだった。しかし、リオの叫びを聞いた瞬間、彼の意識は完全にカレンから逸れた。いや、のだ。


 リオの持つ先天性技能コンジェニタルスキル……『引き寄せ』の力で、強制的にリオへ敵意が向くよう仕向けられた。無理やりリオの方へ向かわされたディゴンに、攻撃を防ぐすべはない。


 それを理解しているリオは、不壊の盾を持つ右手に力を込め、おもいっきりディゴンを殴り飛ばす。


「食らえー! シールドバッシュ!」


「がっ……ぐはあっ!」


 モロに盾による殴打を食らったディゴンは、洞窟の中へ吹き飛ばされる。その間、僅かに十四秒。カレンやレッサーデーモンたちは何が起きたのか理解出来ず、その場に立ち尽くす。


 リオは耳を逆立て、グッとガッツポーズをする。その顔には、勇ましい表情が浮かんでいた。


「さあ、続きをするよ! 魔王の手下たちはみんなやっつけちゃうから!」


 その言葉には、盾使いの誇りが宿っていた。

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