10話―盾使いの真骨頂

(す、すげえ……。今何が起きたのか全く分からなかった……。あの細長野郎が動いたと思ったら、リオに吹っ飛ばされてやがった。……ははっ、やっぱリオはつええな!)


 我に返ったカレンは、そう心の中で呟きつつ近くにいたレッサーデーモンに殴りかかる。金棒でレッサーデーモンを叩き潰しながら、リオに向かって叫ぶ。


「行け、リオ! こいつらはアタイが倒す! リオはあの細長野郎をぶっ倒してこい!」


「分かった! お姉ちゃん、気を付けてね!」


 リオはそう答え、ディゴンを追って洞窟の中へ向かう。洞窟の入り口近くは辛うじて光が差し込み明るいものの、奥は完全なる闇に包まれていた。


 吹き飛ばされたディゴンの姿は入り口の近くにはなく、足跡が洞窟の奥へと続いていた。リオを洞窟の中に誘い込み、闇に乗じて襲いかかるつもりなのだ。


 それを理解したリオは、目を閉じて大きく息を吸い込む。盾の裏側にあるベルトを掴む手に力を込め、これまで何度も叫んできた言葉を口から発する。


「こっちに来ーい! 僕は洞窟の奥なんかに行かないぞー!」


 己の言葉に『引き寄せ』の力を乗せ、リオはあらんかぎりの大声を洞窟の奥へと響かせる。洞窟の奥に潜み、リオがやって来るのを待っていたディゴンは、その声を聞いた。


(ぐっ……! 何だこの声は……!? この声を聞くだけで、あの少年への敵意が膨れ上がっていく! なんとしてでも殺さねばならない……そんな思いが止められなくなる! まずい、これはまずいぞ!)


 ディゴンは耳を塞ぎ、必死に『引き寄せ』の力に耐えようとする。しかし、先天性技能コンジェニタルスキルの力は絶対。リオに対する敵意が膨れ上がるのを止めるすべはない。


 一度『引き寄せ』の力を乗せた声を聞いたが最後、リオ以外の姿は目に入らず、音も聞こえなくなる。リオを滅ぼすか、自分が倒されるまで敵意は決して消えないのだ。


「ぐううっ……まあいい! どこで戦おうと同じこと! 奴を殺す! わたくしの手で八つ裂きにしてくれるわあああ!!」


 何度も耳に届くリオの声に、ついにディゴンは溢れ出る敵意を抑えられなくなった。洞窟の奥にある岩影から飛び出し、一目散にリオの元へ向かう。


 ――この時、ディゴンが洞窟の奥にいたままならば、闇を利用してリオを倒すことが出来ただろう。しかし、そんな結末は訪れない。リオが鉄壁の盾使いである限り。


「望み通り来てやったぞ、小僧! さあ、わたくしのスピアハンドで八つ裂きにしてくれようぞ!」


「来たね! 言っておくけど、僕、負けないからね!」


 リオはそう答えると、両手に持った盾を構える。対するディゴンは両手を槍へと変え、神速の突きを放つ。


「その生意気な顔に風穴を開けてくれるわ!」


「おっと、それは……よっ、やだよーだ!」


 獣の如き動体視力を以て、リオはディゴンの放つ突きを軽々と回避していく。洞窟の入り口付近は比較的スペースが広いこともあり、楽々攻撃を避ける。


 もしこれが、横幅の狭い洞窟の奥だったらここまで華麗に避けることは出来なかっただろう。もっとも、それを見越してリオは自身の能力を使ったのだが。


「ちょこざいな! ならばこれは避けられまい! アースバレット!」


 中々リオに攻撃を当てられないことに業を煮やしたディゴンは、搦め手を使う。両手を地面に突き刺し、シャベルのように土くれを巻き上げたのだ。


 無数の小さな土の塊が、弾丸のようにリオへ襲いかかる。流石に避けきることは出来ず、リオは不壊の盾を目の前に掲げて土くれを防ぐ。


「防ぎきる、か……! 忌々しい盾め、これならどうだ! ドリルアームズストライク!」


「むむっ、負けるもんか! ヘビィブーツ!」


 搦め手が通じなかったディゴンは顔を歪め、ならばと自身の必殺技を放つ。両手を合わせて槍をドリルへと化し、リオ目掛けて真っ直ぐ突っ込んでいく。


 リオは肉体強化の魔法を唱え、両足に力を込める。相当な威力があると見たリオは、歯を食い縛り衝撃に備える。次の瞬間、不壊の盾にディゴンの両手がぶつかった。


「ぬうううううん!!」


「むうううううう!!」


 両者のパワーとプライドが、槍と盾を通じてぶつかり合い火花を散らす。しばらく攻防が続いたあと、ついに勝敗が決する時が訪れた。


 ディゴンの両手が衝撃に耐えきれず砕け散ったのだ。


「バ、バカな……。わたくしが、負けるなど……」


「今だ! シールドブーメラン!」


 押し負けたディゴンがよろめきながら後退する。リオはすかさず左腕を振り抜き、飛刃の盾を投げつけた。飛刃の盾はディゴンの胴体を切り裂き、戻ってくる時にさらに両足を切り落とす。


 両手が砕け、胴体の半分を切り裂かれた上、両足を失ったディゴンにもはや勝機はなかった。その場に崩れ落ち、ゴホゴホと咳き込みながら荒い息を漏らす。


「ぐっ、ゴホッ……。まさか、ここまでの強さだとは……。流石にこれは予測出来ない……」


「ふう……よかった、負けちゃうかもってドキドキしたよ……」


 リオは戻ってきた飛刃の盾をキャッチした後そう呟き、ホッと安堵の息を漏らす。念のため、盾を構えたままジリジリとディゴンの方へ近寄っていく。


「くふふ、どうやらわたくしは君のことを侮っていたようだ。謝罪しよう、少年よ」


「それは別にいいけど……君たち、こんなところで何をしてるの? もしかして、帝都へ行くための橋を壊したのも君たちの仕業?」


「くふっ、その通り……。全ては、我が主ザシュローム様の計画成就のためよ」


 リオは何故こんな場所に魔王軍がいるのかをディゴンに尋ねる。ディゴンはリオの問いに答えると、顔を横へ向けて呻いた後、血と共に何かを吐き出した。


 ディゴンの口から飛び出したのは、楕円形のカプセルのようなものだった。カプセルのようなものはうっすらと透けており、中に丸められた紙が入っている。


「これは……?」


「! しまった、その中身を見られるわけにはいかぬ! 死ねぇ!」


「そうはいくか!」


 リオはカプセルを取り戻そうとするディゴンを蹴り飛ばし、トドメの一撃を放つ。


「ガハッ! ザシュローム様、申し訳……あり、ませ……」


 そう言った後、ディゴンは力尽き息絶えた。リオはカプセルを拾い上げ、懐にしまう。ディゴンの死体が黒い煙となって消滅したのを見届け、洞窟から出る。


「このカプセル、何が入ってるんだろう。あ、空いた……こ、これは!」


 リオはカプセルを開き、何が入っているのかを確認する。中に入っていたのは、ザシュロームがディゴンへの指示や今後の計画について記された指令書だった。


「よお、リオ。こっちはちょうど終わったとこだ。そっちも終わったのか?」


「うん。僕、あの細長いのに勝ったよ!」


「そうかそうか! やっぱり強いな。偉いぞ、リオ」


「えへへ……あ、そうだ、実は……」


 カレンに誉められ、リオは嬉しそうにしっぽをぶんぶん振り回す。少しして、リオは、ディゴンが橋を壊したこと、ザシュロームからの指令書を手に入れたことを伝える。


 それを聞いたカレンは、顎に指を添え考え始める。橋を壊した犯人が判明したのは朗報ではあるが、指令書の存在は一介の冒険者でしかない自分たちの手に余る。


 帝国軍に渡したほうが良さそうだ、と。


「とりあえず、一旦メイレンに戻るか。ここを根城にしてた魔族どもはみんなぶっ倒したし……ん? 根城? ってことは……!」


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 何かに気付き悪い笑みを浮かべるカレンを見て、リオは不思議そうに首を傾げる。そんなリオの可愛らしい仕草に心をブレイクされつつ、カレンは洞窟を指差す。


「ここを魔族どもが根城にしてたってことはだ、リオ。何かお宝を貯めてあるに違いないってことさ。あの番兵からじゃ大した報酬は貰えなさそうだし、持ち主のいないお宝をかっぱらってもバチは当たらねえよ」


「うーん……。分かった、お姉ちゃんがそう言うなら早速お宝を見つけにいこー!」


 一瞬迷ったものの、リオはカレンの提案に乗り洞窟へ向かう。が、戦っている時は気にならなかったものの、改めて洞窟の中の暗さを感じ、しっぽを股の間に入れる。


「ん? どした、リオ」


「え、えっとね……そのね、洞窟暗いのが……その……。お姉ちゃん、手を繋いでもいい?」


 暗闇が怖いとは素直に言い出せず、リオはカレンへそっと手を差し出す。小動物のような愛くるしさ全開で手を差し出してくるリオの頼みを断る、そんな選択肢はカレンになかった。


「も、もちろんいいぜ! さ、ささささあ! て、てて手を繋ごうじゃねえか!」


 遥か彼方へ飛んでいきそうな理性を繋ぎ止めつつ、カレンは挙動不審になりながらもリオの手を握る。ディゴンたちが遺したお宝を求め、二人は洞窟の中へ踏み入った。

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