11話―勇者の末路
その頃、ザシュロームに敗れたボグリスは、魔界にある城の牢屋に閉じ込められていた。捕らえられてから、ボグリスはザシュロームの部下たちから拷問を受けていた。
表向きはボグリスの祖国であるアーティメル帝国の情報を吐かせることだが、真の目的はザシュローム個人の義憤による制裁である。身勝手な理由で仲間を殺す者を罰しているのだ。
「ぐっ、うう……」
「今日はこれで終わりだ。明日の拷問も楽しみにしてろよ、勇者サマ」
裸にされたボグリスを牢屋の中に乱暴に放り込み扉を施錠した後、拷問担当の魔族たちはへらへら笑いながら去っていった。拷問で死んでしまわないよう、治癒魔法をかけた後で。
自害と発狂を防止する首輪を付けられたボグリスは、荒い息を吐きながらこれまでに受けた屈辱を思い出す。肉体への苦痛から始まり、男としての尊厳をも奪われたことに怒りを燃やす。
「……クソッ! あいつら許せねえ! 勇者である俺にあんなことを……いつか思い知らせてやるからな!」
爪剥ぎや鞭打ちをはじめとした拷問や、オークたちの群れによる凌辱……様々な方法でプライドをズタズタにされ、ボグリスは涙をこぼす。
「何でだ? 何で俺がこんな目に合わなきゃならない? リオを殺したからか? あんなクソガキを殺した程度で、こんなことをされなきゃならねえのかよ!」
石の床を殴り付けながら、ボグリスはそんなセリフを吐き捨てる。生まれてからずっとやりたい放題の人生を歩んできた彼の心に、良心などハナからなかった。
己が手にかけたにも関わらず、この状況に追い込まれたのはリオのせいだと身勝手な憎悪を燃やすボグリス。その様子は、城の上階にいるザシュロームに筒抜けだった。
「……やれやれ。会議が終わって我が城に戻ってすぐこれか。あの男、反省の色がないようだ」
リオたちの暮らす地上世界とは違い、すでに夜になっている魔界の空を窓から見ながらザシュロームはため息をつく。ボグリスの性根の悪さを、改めて実感させられていた。
「……ザシュローム様、あの者はもう殺してしまっていいのではありませんか? 生かしておいても毒にしかならないでしょうに」
「ならぬ。魔王様から勇者を殺すなと厳命されている。一ヶ月後の即位五重周年の式典で、自ら勇者を公開処刑したいそうだ」
自室に入ってきた執事を相手に、ザシュロームはそう答える。執事の持ってきたワインボトルを受け取り、顔にかかる垂れ布をズラし、栓を外して直接口を付け飲み始めた。
「おお、今日は一つ収穫があった。あの男の仲間の女たちの記憶と、魔神が封印されていた神殿に宿る記憶を照らし合わせた結果……面白いことが分かったぞ」
「面白いこと? はて、何でございましょう」
ワインを飲み干した後、ザシュロームはそう呟く。執事が尋ねると、彼の主は答える。
「例の魔神の継承者は……勇者の仲間の最後の一人だ。死んだと思っていたが、よもや生きていようとはな。そう思うだろう? お前たち」
ザシュロームは腰からぶら下げたジーナとサリアの人形を指で撫でる。戦いに敗れ人形にされてなお、リオを案じていた二人の人形の目から涙がこぼれる。
「ふふっ、泣いているのか? 安心しろ、近いうちに会わせてやる。……さて、執事よ。この事実、勇者を苦しめるのに使えるとは思わぬか?」
「ふふ、私のご主人は人が悪いですねえ。流石、傀儡道化と呼ばれるだけはあります。私もお供させてもらいますかね」
ニヤリと笑うザシュロームに同調し、執事もあくどい笑みを浮かべる。彼も一度ボグリスを拷問したことがあるが、あまりの性格の悪さに辟易していた。
善は急げとばかりに、二人は水晶玉を持って城の地下にある牢屋へと向かう。鉄格子の前に立ち、小バカにするような口調でボグリスに声をかける。
「だいぶへばっているようだな、勇者よ。拷問には慣れたかな?」
「てめえ……! さっさと俺をここから出せ! ぶっ殺してやる!」
横になっていたボグリスは飛び起き、鉄格子を掴みガシャガシャ揺らす。そんな彼を見ながら、ザシュロームは右手に水晶玉を乗せ掲げる。
「ふふふ、そう怒るな。いいものを見せてやろう。実はだな、お前が殺したと思い込んでいた少年……生きていたのだよ。獣人に姿を変えて、な」
「……は? あいつが、生きてるだと? おい、冗談もほどほどにしとけよ。あいつは俺が殺したんだ! 崖から落としてな!」
ザシュロームの言葉に、ボグリスは一瞬動きが止まる。少しして大声で叫ぶと、ザシュロームは水晶玉に魔力を流しとある映像を映し出した。
それは、ミニードバットに追跡されているリオとカレンの映像だった。草原を歩く二人を見たボグリスは、力なくその場に崩れ落ちる。何故リオが生きているのか理解出来ずにいた。
「何でだよ……何であいつが、リオが生きてんだよ……。しかも、あんなイイ女まで連れて……」
「お前とは大違いだねえ。我々に囚われて、辱しめを受けて……私ならとっくに自害してますがね。ああ、そういえばあなたは首輪のせいで自害出来ないんでしたね! いやあ、申し訳ありませんねぇ」
絶望するボグリスを、すかさず執事が煽る。隣に立っているザシュロームは誰はばかることなく、大声で愉快そうに笑う。
「ハハハハハハハ! 惨めだな、勇者よ! この水晶はお前にやろう。ククク、イイ表情だ。私よりも道化として相応しい」
水晶玉を牢屋の中に投げ込んだ後、ザシュロームたちは地下を去って行った。絶望に染まるボグリスの顔を肴に、また酒でも飲むのだろう。
ボグリスは震える手で水晶玉を掴み上げ、牢屋の壁に向かって力の限り投げつけた。水晶玉は砕けることなく床を隅の方へと転がっていく。
「……もう、疲れた。リオなんかに負けるなんて……。こんなことになるなら、勇者になんてなりたくなかった……」
力なくそう呟き、ボグリスは嗚咽を漏らす。プライドは完全に砕かれ、かつての傲慢さは彼方へ消えた。そんな彼を慰める者は、この牢屋にはいない。
全ては、ボグリス自身の愚かさと傲慢さが招いた自業自得の出来事なのだから。
◇――――――――――――――――――◇
「……ああ、笑った笑った。これほどまでに笑ったのは何年ぶりだろうな」
執事に休むよう伝えたザシュロームは、一人自室でくつろいでいた。がすぐに表情を引き締める。すでに彼の元に、ディゴンが敗北したとの知らせが届いていたのだ。
「……実力者のディゴンなら問題ないだろうと思っていたが、どうやら私はあの者の力をまだ侮っていたようだ。次は直々に出向くとするか。新しい傀儡の使い勝手も試したいしな」
そう呟き、ザシュロームは腰に下げた人形を撫でる。人形は拒絶するように震えるも、傀儡を操る道化は意に介さない。人形にされたジーナたちには、何も出来ないのだ。
「もう諦めろ。お前たちは二度と人間には戻れん。仮に戻れたとしても、私の魔力の供給がなくなれば死ぬ。受け入れるがいい。私に支配される喜びをな」
そう口にするザシュロームの心の内には、小さくはない焦りがあった。自身と同じ魔王軍の幹部、『氷炎将軍』の異名を持つ男、ブレイガが牙の魔神が封印されている神殿を見つけたのだ。
(なんとしても、ブレイガより先に魔神を確保せねば。そのためにも、早く例の計画を進めねばなるまい。上手く行けば継承者を捕らえ、アーティメル帝国を滅ぼせる。我が力だけでな)
心の中でそう呟くと、ザシュロームはベッドへ向かう。絶望に染まったボグリスの顔を思い出しながら、深い眠りに着いた。
◇――――――――――――――――――◇
「誰か、誰か……俺を殺してくれ。もう生きていたくない。リオに負けるくらいなら……一息に殺してくれ。俺は、自害出来ねえんだよ」
冷たい石の床に横たわり、ボグリスはブツブツ呟く。廃人のようになってしまっていたが、首輪の力で強制的に正気を保たされる上、舌を噛み切ろうとしても身体が動かなくなる。
だからこそ、彼には願うことしか出来ない。誰かが自分を殺してくれることを。しかし、そんな日は訪れない。彼の運命は、リオを追放した時点で定められているのだから。
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