12話―魔神、空を翔る

「にゃにゃにゃ、にゃーにゃにゃーにゃにゃーん」


 メイレンへの帰り道、リオはご機嫌だった。洞窟の奥で、どんな大きなモノでも好きなだけ収納出来る魔法のポーチを手に入れることが出来たからだ。


 さらには、道中現れたギルドの伝書鳩から良い知らせも受け取った。ようやくリオの冒険者ランクが確定し、なんとカレンと同じCランクからのスタートとなったのだ。


「しっかし、まさかいきなりCランクからとはねえ。上層部うえの連中もだいぶ思いきったな。ま、先天性技能コンジェニタルスキル持ちだから妥当っちゃ妥当か」


 先頭を歩くリオを見ながら、カレンはそう呟く。千人に一人しかいない先天性技能コンジェニタルスキルを持つ存在であるリオの能力が評価されるのは、彼女にとっても嬉しいことだった。


「やったよお姉ちゃん! 今日から僕もCランク冒険者だよ! お姉ちゃんとだね!」


「そうだな、アタイと同じ……そう、同じなんだよなぁ。嬉しいもんだぜ、なあ?」


 カレンと同じランクになれたことがよほど嬉しいのだろう。リオは後ろへ振り向き、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。それを見たカレンは、心が洗われるような感覚を覚えた。


(あー……可愛いなあ。何でリオはこんなに可愛いんだろうなあ。アタイ、もう我慢出来なくなっちまいそうだ……)


 左右にふりふり揺れるリオのしっぽを見ながら、カレンはそんなことを考える。その時、リオがカレンに声をかけた。


「お姉ちゃん、メイレンに着いたよ。番兵さんたちのとこにいこ?」


「じゅる……ハッ。そ、そうだな。早いとこ報告しに行くか」


 涎が垂れていたことに気付き、カレンは慌てて口元を拭う。二人は町の入り口近くにある番兵の詰め所に行き、洞窟に陣取っていた魔王軍の手下たちを倒したことを告げる。


 リオたちに依頼を出した若い番兵はそれを聞くと、慌てて隊長の元へ報告しに向かう。しばらくして、番兵たちを纏める隊長の男が詰め所へとやってきた。


「やあやあ、うちの若いのから話は聞いたよ。君たち、洞窟を根城にしてた魔王軍の連中を倒してくれたそうだね。済まないが、ギルドカードを確認してもいいかな?」


「いいよ。はい、どうぞ」


 ギルドカードを取り出し、リオは隊長に手渡す。魔力を流し、裏面に表示される討伐履歴をチェックする。次いでカレンのギルドカードもチェックし、二人にカードを返す。


「確認は終わったよ。いやいや、驚いたね。まだこんなに小さい子どもなのに魔族をやっつけちゃうとは。ランクもCみたいだし納得だな」


「えへっ、ありがとうおじさん」


 ふにゃっと柔らかな笑みを浮かべ、リオはギルドカードを受け取る。次いで、ディゴンを撃破した時に手に入れた指令書を隊長に渡す。


「実はね、こんなのを手に入れたんだけど……」


「んー、どれどれ……!? こ、こいつは……! ボウズ、よくこいつを持ってきてくれた。礼を言うぞ」


「なんて書いてあったんだ? おっさん」


 指令書を読んだ隊長は目を見開き動揺する。カレンが指令書の内容について尋ねると、隊長は真剣な表情を浮かべ話し出す。


「簡単に言うと、皇帝陛下の暗殺指令やら帝都陥落のための指示が書かれてた。奴ら、帝都の地下に通じるトンネルを掘ってやがるらしい」


「ええっ!? た、大変だ! 早く帝都の人たちに伝えなきゃ!」


 リオはしっぽを逆立てながらそう叫ぶ。しかし、帝都に繋がる橋はディゴン一味によって破壊されてしまっている。現状では迂回が不可避であり、帝都に着くまで十日ほどかかってしまう。


 一刻も早く指令書の存在と、魔王軍の策略を帝都にいる帝国軍や冒険者たちに伝えねばならない。そう考えたリオは、頭をフル回転させどうにか事態を打開出来ないか思考を巡らせる。


(うーん、うーん……早く帝都に行きたいけど、橋は壊れちゃってるし……川の流れが速いから泳ぐのは無理だし……鳥さんみたいに空が飛べればなぁ……。あ! そうだ! 空を飛べばいいんだ!)


 その時、リオの脳内に電流が走る!解決策を思い付いたリオは、詰め所を飛び出し町の外へ向かって走っていく。それを見たカレンたちは、慌ててリオを追いかける。


「おーい! リオ、どこ行くんだ!?」


「町の外ー! 試したいことがあるのー!」


 町を出たリオは、少し離れた場所にある草原の真ん中に立つ。目を閉じて意識を集中させ、頭の中に思い浮かべる。自由自在に空を飛ぶことが出来る、翼の力を持つ盾を。


「……来た! 出でよ、双翼の盾!」


 新たな盾のイメージを掴んだリオは、大声で叫びを上げる。背中に青い光が輝き、少しずつ形を変えていく。カレンたちが追い付いた時には、リオの背中には天使の翼を模した二つの青い盾があった。


「リオ、それは……?」


「どう? お姉ちゃん。これが僕の新しい盾……双翼の盾だよ! これがあれば……」


 カレンたちが唖然としているなか、リオは双翼の盾を羽ばたかせ空中に浮かび上がる。ある程度の高度まで上がった後、猛スピードで飛翔し始めた。


 鋭いカーブやUターン、急ブレーキも楽々こなすリオを見て、カレンは笑う。やっぱりリオは凄い。改めてそう感じていた。リオは着地し、カレンたちの元へ戻る。


「これなら帝都まで楽に飛んでいけるよ! 指令書のこともすぐ伝えられるね!」


「……お、おお。そうだな。いや、凄いもんだ。よし、ちょっと待っててくれ。今帝国軍本体への紹介状を書いてくるから」


 隊長はそう言うと、部下を伴って町へ戻っていく。しばらくして、豪華な装飾が施された筒を持って戻ってきた。


「この中に紹介状が入ってる。なくすんじゃないぞ? 帝国軍は紹介状がないと相手にしてくれないからな」


「分かった。ありがとう、おじさん。なくさないようにしまっておくね」


 お礼を言った後、リオは腰に着けた無限収納ポーチに紹介状をしまう。ふわりと浮かび上がり、カレンの手を握りつつ胴にしっぽを巻き付ける。


 やがてカレンの足が地を離れ、空へ浮かび上がっていく。リオは眼下にいる隊長たちを見下ろし、さよならの言葉を口にし北へ向かって飛んでいった。


「行っちゃいましたね、隊長。しかし、驚きましたねぇ。あの獣人の子、ギルドカードにも書いてない先天性技能コンジェニタルスキルまで持ってるなんて」


「そりゃ書けねえだろ。一つ持ってるってだけでも重宝されるのに、二つも先天性技能コンジェニタルスキルを持ってるなんて知れ渡ったらあちこちで奪い合いになる。そうならんように記載してねえんだろうな」


 メイレンへ戻りながら、二人はそんな会話をする。リオが新たな盾の魔神であることを知らない二人からすれば、リオは史上初である二つの先天性技能コンジェニタルスキルを持つ存在なのだ。


「もし帝都でそれがバレたら大変なことになりますね。絶対に帝国軍が放っておかないですよ」


「だな。冒険者ギルドも絶対手放さないだろうなぁ。あんな逸材そうそう出てこないしな。あの若さでCランクってんだから、もっと成長したらSランクにまでなれるだろうな」


 Sランク――全ての冒険者たちが憧れ最後の目標とする、最強の称号。四百年の歴史を持つ冒険者ギルドにおいて、いまだ六人しか到達していないのだ。


 一方、帝都ガランザを目指すリオとカレンは、初めての空中散歩に大興奮していた。壊された橋を通り過ぎ、遮るものが何もない大空を我が物顔で飛んでいく。


「うっひょー! すげえな、下にあるもん全部豆粒みたいに小さく見えるぜ! この調子なら、ガランザにもあっという間に着けるな!」


「うん! 空を飛ぶのって楽しいね! 僕、鳥さんの気持ちが分かったよ!」


 金属で出来ているとは思えないほど滑らかな動きで双翼の盾を羽ばたかせながら、リオは大はしゃぎする。大地を離れ、大空を舞うという感動を味わい、耳がピコピコ揺れる。


 しばらく上空を飛んでいると、二人の前方に高い防壁で囲まれた街が見えてきた。『調和の国』アーティメル帝国の首都、ガランザにもうすぐ到着するのだ。


「わあ、大きな街だね。あの街の中にどれだけの人がいるんだろ」


「ガランザは帝国最大の街だからな。人間にエルフ、ドワーフに獣人、アタイらオーガにゴブリン……変わったところだと魔傀儡なんかも住んでるな」


 リオの呟きに、カレンが答える。新たな出会いがあるかもしれないと心を躍らせながら、リオは少しずつ降下していく。街の上空には結界が貼ってあり、空からは入れないのだ。


 街道に降りた二人は、ガランザに入るため歩いていく。帝都に迫る危機を伝え、魔王軍の脅威から街を守るために。

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