8話―旅立ちの時

 タンザの町へ戻ったリオとカレンは、冒険者ギルドの裏手にある倉庫へ足を運ぶ。ブラックベアーの死体を倉庫番に預けた後、二人は疲れを癒すべく宿へ戻る。


 部屋に戻ったリオは、二つあるのうち窓側にあるベッドへ身体を投げ出す。カレンがもう一つのベッドに腰かけると、僅かにスプリングが軋む。


「やれやれ、一時はどうなるかと思ったぜ。まさか魔王軍の連中が襲ってくるたぁな。……ん? どうした、リオ」


 大きく伸びをしながら独り言を呟いていたカレンは、リオが難しい顔をしていることに気付き声をかける。リオは考えていた。魔王の配下が現れた理由を。


 悪魔たちの言動をしばらく考えた後、リオは結論を導き出す。彼らは自分が魔神の力を継承したことを知っている。だから、先手を打って襲ってきたのだと。


「……カレンさん。僕、旅に出ようと思うんです」


「旅? そりゃまたいきなりだな。一体どうしたってんだ? まさか、あの悪魔どもと関わりがあるのか?」


 カレンの言葉に頷き、リオはまだ話していなかった己の過去について語り出す。魔神の力を継承する前、勇者パーティーの一員として魔王討伐の旅をしていたこと。


 『自分よりも異性にモテるから』という理由でボグリスに追放され、殺されかけたこと。そして、あの悪魔たちは恐らく自分の持つ魔神の力を狙っていることを。


「……あの悪魔たちの狙いは僕です。そして、僕には使命があります。この世界を、魔王の脅威から守る。そのために、僕は……旅に出ようと思うんです」


 リオはカレンに対し、己の考えを述べる。勇者パーティーを追われてなお、リオは諦めてはいなかった。魔王を討ち滅ぼし、自分たちの住む世界……『クリムネシア』を守るという大願を。


「……そっか。どうも変だなぁとは思ってたんだ。その立派な装備といい、戦いでの手慣れた動きといい……な。全部納得したぜ」


 そう呟くと、カレンはニッと笑う。右手で拳を作り、パン、と左手に打ち付ける。


「よし! ならアタイも一緒に行くぜ! リオを一人で放り出すなんて真似は出来ねえからな」


「え……!? い、いいんですか? 危険な旅になりますよ?」


 カレンの言葉に、リオは驚き問い返す。実のところ、リオはカレンと別れ一人で旅をするつもりでいた。カレンを危険に巻き込みたくない。そう考えていた。


 しかし、カレンはリオから離れるつもりはかけらもなかった。頼る者のないリオを一人で過酷な旅に放り出すなど、彼女のプライドが許さない。


 それに何より――カレンは、リオのことを好きになっていた。出会ってまだ二日程度しか経っていなかったが、カレンはリオに惹かれていたのだ。


「危険な旅ぃ? ハッ、そんなもんドンと来いってなもんよ。むしろだ、そんな危険な旅にリオみたいな子どもを一人で行かせるわけにいかねえ。そんなの、大人として失格だ」


 だからよ、とカレンは言葉を続ける。ベッドから立ち上がり、リオの隣に腰かけ頭を撫でる。乱暴ながらも愛情のこもった手の動きに、リオはくすぐったそうに微笑む。


「一人で抱え込むなよ、リオ。アタイとリオはもう仲間なんだからさ。地の果てまで一緒に行くぜ。約束だ」


「カレンさん……ありがとう! そう言ってくれて……僕、とっても嬉しいよ!」


 力強く宣言するカレンの胸に飛び込み、リオは心から嬉しそうに笑う。カレンは軽くリオの額にデコピンし、チッチッチッと指を振った。


「おっと、もうそんな他人行儀な呼び方はやめてくれよな、リオ。これからは苦楽を共にするんだぜ? もっとフレンドリーな呼び方してくれよ。例えば……お、お姉ちゃんとか、さ」


 顔を赤くしながら、カレンはそう口にする。よそよそしい態度で自分の名を呼ばれることに、心の中では不満が溜まっていたのだ。


 リオはきょとんとしていたが、カレンの言葉の意味を理解しもじもじし始める。しっぽをくねくねさせていたが、やがて意を決し言葉を発する。


「わ、分かったよ……。カレン、お姉ちゃん」


「カハッ」


「ええ!? ど、どうしたのお姉ちゃん! は、鼻から血が!」


 上目遣いで自分を『お姉ちゃん』と呼ぶリオに、カレンの理性は死んだ。恍惚の笑みを浮かべ、盛大に鼻血を吹き出しながらベッドに倒れ込んだ。


(か、可愛すぎる……こんなの、反則だろうがよ……! 襲いたい、今すぐリオを襲いたい! ……いや、ダメだ。耐えろカレン! 理性を保……)


 その時、カレンはチラッとリオの方へ目を向ける。心配そうな表情を浮かべ、潤んだ目で自分を見るリオの可愛らしさに、カレンは一線を越えそうになる。


「まずい、こうなったら……ふっ! ぐはっ……」


「お、お姉ちゃん!? しっかりして、お姉ちゃーん!」


 獣になりかけたカレンは、自らの脇腹に拳をめり込ませ気絶することで危機を乗り越えた。リオの声を聞きつつ、カレンはゆっくりと意識を手放していった。



◇――――――――――――――――――◇



「……はあ、旅に出る、ですか。これまた急な……まだランクも確定してないんですよ?」


「しゃあねーだろ? リオが早く旅に出たいって言うからよ。別にランクなんて後から通知してくれりゃいいしな」


 翌日。リオとカレンは、ベティに別れの挨拶をするため冒険者ギルドに顔を出していた。リオが酒場にいた女性冒険者たちに遊んでもらっている間、カレンは旅に出るための手続きを行う。


「まあ、確かにそうですけど……ま、いいでしょう。はい、それじゃあ転送石テレポストーンを渡しておきますね。何かあったら、すぐこの町に戻れますから」


「わりいな、こんないいモンもらっちまって。おーい、リオ。そろそろ出るぞ、ベティに挨拶しときな」


「はーい。お姉さん、またね」


 リオは受付カウンターの方へ向かい、全力で背伸びをしてカウンターの向こうにいるベティを見つめる。ピコピコ耳を揺らしながら、ベティへ感謝と別れの言葉を送る。


「ベティさん、短かったけど今までありがとう。旅に出てもベティさんのこと忘れないからね」


「リオくぅん……。なんて健気なの……! 私もリオくんのこと、忘れないからね! もし寂しくなったら、いつでも転送石テレポストーンで戻ってきてね!」


「おい、アタイとの対応の落差ありすぎだろてめえコラ」


 そっけない対応だったカレンとは違い、リオに対しては滝のような涙を流しながら別れを惜しむベティ。その様子にカレンは若干呆れるも、すぐに気を取り直す。


「よし、別れの挨拶も済んだし行くかリオ。じゃーな、ベティ。また顔見せに来るからよ」


「ベティさん、受付嬢のみんな、ばいばーい」


 別れを済ませたリオたちは、冒険者ギルドを後にしようとする。その時、ベティが何かを思い出したらしく二人に声をかけた。


「あ! そうそう、伝えておくのを忘れてたわ。ここ最近、タンザの近辺で魔王軍の幹部……『傀儡道化』ザシュロームを見たという報告がいくつか上がってるの」


「ザシュローム……!」


 ベティからもたらされた情報に、リオは表情を引き締める。勇者パーティーにいた時から、かの魔族の名を知っていた。戦闘傀儡なる人形を操り戦う、魔王軍の最高幹部の一人。


 魔王配下の六人の将の中でも、裏での暗躍を得意とする食えない存在――リオはザシュロームに関する噂をいろいろと聞いていたのだ。


「そうそう遭遇するようなことはないだろうけど、気を付けてねリオくん。ザシュロームはかなりの手練れだって、冒険者たちの間でも有名だから」


「分かった。教えてくれてありがと、ベティさん。じゃあ、今度こそまたね」


 今度こそ、二人はギルドを後にする。野営に必要な荷物を背負ったカレンを先頭に、二人はタンザを出て街道を進む。地図を頼りに、まずは北を目指すことに決めていた。


「さーて、いよいよ魔王討伐の旅の始まりだな! なんだかワクワクしてくるぜ、なあリオ?」


「うん! 頑張って魔王を倒すぞお! えいえいおー!」


 地図を片手に道を歩くカレンの言葉に、リオは気合いを入れて答える。耳としっぽをピーンと伸ばし、拳を天へ突き上げる。それを見たカレンは微笑みながら心の中で呟く。リオはいつも可愛いなあ、と。


「さあ行くぜ! 最初の目的地は……アーティメル帝国の首都ガランザだ! ここで魔王軍の情報を仕入れるぞ」


「うん! よーし、頑張るぞー!」


 最初の目的地を決め、リオたちは街道を歩く。二人の旅が、ついに幕を開けたのだ。

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