133話―導きの剣

「ねえ様、それ本当!?」


「うむ。一万年前……ファルファレーとの決戦の時、妾たちも鍵を使った。その時に兄上が鍵を一つ持ったままだと記憶している」


 リオに問われ、アイージャは遠い過去を思い出しながらそう答える。かつて兄妹たちとファルファレーに戦いを挑んだ時、彼女たちもまた鍵の力を借りたのだ。


 ダンスレイルもアイージャの言葉に頷き、過去を懐かしむように目を細める。どこか遠くを見つめつつ、翼をパタパタさせながら呟きを漏らした。


「……ああ、そうだったね。あの時はバルバッシュの裏切りで瓦解してやられたけど……今回はそうはいかないよ」


「うむ。そのためには兄上に会わねばならぬが……はてさて、どこに封印されているやら」


 最後のゴッドランド・キーの手がかりは掴めたものの、肝心のエルカリオスが封印されている神殿の場所が分からない。途方に暮れる三人の元に、部屋の外から声が届く。


「それなら、私が知っているわ。ま、性格には神殿に至るための手がかりだけれど」


「あなたは……。ヴァンガムに乗っ取られてた……」


 現れたのは、意識を取り戻したレヴェッカだった。錆び付いた鍵を懐から取り出し、リオに手渡す。これはなんなのかと問う彼に、レヴェッカは答える。


「この鍵は私の実家……メーレナ家の第二地下室へ入るための鍵。剣の魔神の封印されている神殿へ至るための手がかりが隠されていますわ」


「メーレナ家……? もしかして、あなたは……!」


 リオはメーレナ家という言葉を聞き、思い出す。レンザーたちとシベレット・キャニオンへ殴り込みをかけた時、一人だけ逃げ延びた者がいたということを。


 逃亡を果たした者こそが、目の前にいるレヴェッカだと気付いたリオだったが、今回は不問にすることにした。最後の鍵の手がかり、散り散りになった仲間の行方――。


 急いで解決しなければならない問題が山積しているからだ。


「……いろいろ言いたいことはありますけど、今はやめておきます。この鍵、ありがたくお借りしますね」


「返してくれなくてもいいわ。もう私たちは終わりだもの。頑張ってくださいね。命の恩人さん」


 どこか寂しそうに笑いながら、レヴェッカは部屋を去っていった。自業自得とはいえ、没落し滅びることとなったメーレナ家の者たちのことを思いながら、リオは鍵をしまう。


 アイージャとダンスレイルの方に身体を向け、小さく頷く。二人も頷きを返し、荷物をまとめ屋敷の外へ向かう。屋敷の玄関では、ジーナにサリア、リリーたち使用人がいた。


「よっ、リオ。話は聞いたぜ。また大変なことになってるんだってな」


「うん。ごめんね、みんなとゆっくりお話したいんだけど、もう行かなきゃ」


「分かってる。だからよ、ここにいるみんなを代表してアタシから言わせてもらうぜ。リオ、お前は一人じゃない。リオが困った時、アタシたちも必ず力を貸す。それを忘れないでくれよ」


 ジーナの言葉に、リオは頷く。それと同時に、彼は思い出す。自分には、かけがえのない仲間たちがたくさんいるのだということを。


 サリアたちからも激励の言葉をもらい、リオたちは屋敷を出発する。まずはかつてメーレナ家の者たちが拠点として居を構えていたシベレット・キャニオンへ向かう。


 前回来た時のように、屋敷の書斎から隠し階段を降りて地下室へ進む。そこからさらに奥へ行くと、壁紙で偽造された新たな隠し扉を発見した。


「こんなところに隠し扉とは……。この屋敷を所有していた者たちは随分用心深いものだ」


「そうだねぇ。あらかた解除されてたとはいえ、罠もたくさんあったしね」


 リオからこの屋敷での戦いを聞かされていたアイージャとダンスレイルは、厳重な警備を目の当たりにし改めてそう感想を述べる。隠し部屋に入ると、そこには――。


「……わあ、剣があるよ。台座に刺さってるけど……これが剣の魔神を見つけるための手がかり?」


「のはずであろう。あの女がわざわざ嘘をつく理由もあるまい」


 部屋の中には、台座に刃が中程まで突き刺さった剣が安置されていた。紅の輝きを持つ刃の美しさにリオが見惚れていると、後ろからアイージャが声をかけてくる。


「ふむ。リオよ、間違いない。これは兄上……剣の魔神エルカリオスが用いていた紅炎の剣だ。これがあれば、確かに兄上が封印されている神殿を探し出せるはず」


「ホント!? よーし、じゃあ早速……」


 剣を手に入れれば、何かしらの方法で手がかりを得られるはずだと踏んだリオは、剣の柄に手を伸ばす。が、ダンスレイルがそれを制止し声をかける。


「待った、リオくん。エル兄さんは慎重な男だったから、何か剣に呪いを仕掛けているかもしれない。まずは私が試してみよう」


「分かった。気を付けて、ダンねえ」


 まずはダンスレイルが剣を引き抜けるか試すこととなった。手を伸ばし、柄を握った瞬間――剣から炎が噴き上がり、彼女の身体を包み込んでしまう。


 リオはダンスレイルを助けようと駆け寄るも、ダンスレイルは涼しい顔をしていた。どうやら、魔神であれば炎に触れても全く問題はないらしい。


「……うん、大丈夫。この炎以外に特に仕掛けはないね。まずは私が……ふんっ!」


「ダンねえ、頑張って!」


 ダンスレイルは剣を引き抜こうと全身に力を込める。が、石の台座に突き刺さった剣はビクともせず、全く抜ける気配がない。しばらくして、ダンスレイルは諦めた。


 彼女が柄から手を放すと、炎が霧散する。ダンスレイルは苦笑いしながら、冗談半分に妹に声をかけた。


「ダメだね、私の力じゃ抜けないな。アイージャ、チャレンジしてみるかい?」


「姉上で無理だったのだ、妾に抜けるはずなかろう。ここはやはり、リオに抜いてもらうしかあるまい」


 アイージャはチャレンジすらせず、リオに丸投げする。実際、魔神の中でも腕力の低いアイージャでは剣を引き抜くことはほぼ不可能であろう。


 後を託されたリオは、剣の柄を握り締める。すると、再び炎が噴き出しリオの身体を包み込む。が、ダンスレイルが言っていた通り、熱さは感じない。


 むしろ、腹の底から活力がみなぎってくるような不思議な気分をリオは味わう。何回か深呼吸をした後、リオは両手で柄を握り全力で引っ張る。


「リオ、頑張れ! 少しずつ抜けてきているぞ!」


「いける、いけるよリオくん! ファイトー!」


「む、う……むぐぐぐ……!」


 少しずつ、本当に少しずつだが――紅炎の剣が、台座から引き抜かれていく。歯をくいしばり、有らん限りの力を込めて……ついにリオは剣を引き抜いた。


 炎が収まり、刃がより鮮やかな紅へと染まる。その瞬間、リオの頭の中に声が響く。とても静かな、威厳ある声が。


――異神の力を集めよ。創命、千変、闇寧、光明、時空、審判。六つの力を我が剣に注ぎし時、我が元へ道は繋がる――


 声が途切れた後、リオの身体の中から三色の光が溢れ出し剣に注がれる。黄、白、赤。それらの光は、リオたちが打ち倒した三人の異神たちの持つオーブと同じ色であった。


「……リオよ、大丈夫か? 先ほどの光……一体何が?」


 剣を引き抜いたまま、ボーッと立ち尽くすリオに、アイージャが心配そうに声をかける。リオは我に返り、アイージャたちに説明を行う。


 エルカリオスの元にたどり着くためには、紅炎の剣に六人の異神たちの力を注がねばならないこと。すでに光明、審判、千変の三人を倒し、彼らの力が剣に注がれたこと。


 それらを聞いたダンスレイルは、顎を撫でながら頷く。今後の目標が決まり、採るべき手段は見えた。大地に散った仲間たちを救い、異神を倒す。それが今、為すべきことなのだ。


「よし、行こう! 早くみんなを助けてあげないとね!」


「うむ、そうだな。しかしリオよ。どうやって三人を探しだすのだ?」


「大丈夫、界門の盾を使ってみんなの魔力をたどるんだ。まずはカレンお姉ちゃんを探すね。むむむ……それっ!」


 リオは意識を集中させ、身体から魔力を放出する。大地のどこかにいるカレンの魔力を探し当てようとしているのだ。しばらくして、リオは見つけた。


 カレンが放つ、微弱な魔力を。魔力を見失ってしまわぬよう、即座に界門の盾を作り出し門を開く。三人は中へ飛び込み、カレンがいる場所へ向かう。


(待っててね、お姉ちゃん。僕が必ず助けるから!)


 残る三人の異神との戦い……そして、カレンたちを救うための旅が始まった。

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