132話―怒れる乙女たちの逆襲

「ふっ、お前たちが今さら来たところで私には勝てないわ。命知らずなおバカさんたち?」


「それを決めるのはお主ではない。妾たちだ。少なくとも、貴様のような落ちぶれし者に負けるつもりはない」


 


 ヴァンガムを睨み付けながら、アイージャは力強くそう宣言する。その後、リオを助け起こし慈愛に満ちた眼差しを向け小さな声で遅参したことを詫びた。


「リオ、済まぬ。本当はもっと早く目覚めることが出来ればよかったのだが……」


「気にしないで? ねえ様たちが目覚めてくれただけで……僕、凄く嬉しいんだ」


「……そうか」


 心の底から二人の目覚めを祝うリオに短く答えた後、アイージャはダンスレイルに目配せする。斧の魔神は頷き、イバラを伸ばしてリオを包み込む。


 強固なイバラの籠に守られ、リオは意識を失い眠りに着く。二人の魔神はそれぞれの得物を呼び出し、ヴァンガムへの殺意を全開にする。


「……よくもリオを傷付けたな。貴様だけは楽に死なさぬぞ。妾たちの怒りを思い知るがよい」


「そうだねぇ。ま、ミンチにしてそこから……ふふ、どう料理するか考えるだけでワクワクしてくるね」


 二人はそんなことを口にしながら、ゆっくりと歩き出す。言い知れぬおぞましさを覚えたヴァンガムは、自分の元に到達する前に仕留めようと天候を操る。


「くっ、二人仲良く黒焦げになりなさい!」


 雷光が輝き、アイージャたちの身体を電撃が貫く。が、二人は即座に肉体を再生させ、何事もなかったかのように歩いてくる。それを見た異神は、恐怖に顔を歪ませた。


「ヒッ……! 来るな! 来るな来るな来るな……来るなああ!」


 目まぐるしく天候が移り変わり、落雷やかまいたち、氷柱の雨がアイージャたちを襲う。が、二人は全く意に介することなく進み続ける。


 その双眸双眸そうぼうに、憤怒の光を宿しながら。


「ど、どうして……どうして死なないの!? これだけ攻撃してるのに!」


「何故かだと? 当然だ。リオを遺して死ねるものか。それに……」


「キミへのを……まだ出来てないからねぇ。リオくんを痛め付けてくれたお礼を……さぁ」


「ヒッ……」


 リオの側にいることが出来ず、不要な痛みを味わわせてしまったことへの悔恨と、異神への怒り。二つの感情が、アイージャたちに活力を与える。


 不意にダンスレイルが翼を広げ、ヴァンガム目掛けて猛スピードで飛翔する。虚を突かれたヴァンガムは回避が間に合わず、手斧で四肢を両断された。


「……宿木の斧。リオくんの苦しみをお前も味わえ」


「何を……いぎゃあああああ!!」


 両断された四肢の断面から、宿木が伸びヴァンガムの体内へ侵入していく。凄まじい激痛に、ヴァンガムはただ叫び声を上げることしか出来ない。


 四肢を再生させようにも、宿木が邪魔をするせいで封じられてしまっているのだ。ダンスレイルは手斧を消し、痛みに悶える異神を顔向けにし踏みつける。


「おやおや、仮にも神なんだろう? この程度でぴーぴー泣いてるようじゃお話にならないねぇ。これから……たっぷり、楽しませてもらわなきゃいけないんだから、さ」


「ヒッ……」


 鋭い眼差しを向けられ、ヴァンガムは身体がすくむ。かつて神だった時にも味わったことのない恐怖が、彼女の心を支配し絶望を与える。


「姉上、ご苦労だったな。下ごしらえをしてくれて」


「ふふ、いいのさこれくらい。さあ、始めよ……」


「そうはいくかあっ!」


 アイージャが到着し、二人による凄惨な拷問が行われようとした瞬間ヴァンガムは突風を吹かせた。己を上空へ舞い上がらせ、体内に侵入した宿木を弾き出す。


 その勢いのまま手足を再生させ、地上にいるアイージャたちを睨み付ける。再び暗雲の中に稲光が輝き、バチバチと静電気が走り出した。


「よくもやってくれたな……! お前たちは生かしておかんぞ! 二人まとめて消し炭にしてやる!」


「やれるものならやってみるがよい! ハッ!」


 アイージャはダンスレイルの肩を借り、勢いよく上空へ向かってジャンプする。そんな彼女に向かって、ヴァンガムは雷を、氷柱の雨を、真空の刃を叩き込む。


「アッハハハハハ! どうだい! これが神の力だ! お前なんぞに耐えられるわけが……ぐうっ!?」


 高笑いするヴァンガムの顔面が、鎧を纏うアイージャの手に鷲掴みにされ言葉を中断させられる。万力のような握力に締め上げられ、骨にヒビが入っていく。


「耐えたぞ? この程度、妾にはどうということはない。妾たちが呑気に寝ている間にリオが受けたであろう痛みに比べれば……こんなものは痛みですらない」


 そう呟きながら、アイージャは全力を込めてヴァンガムを空高く放り投げた。そこへダンスレイルが飛翔し、アイージャを肩車してヴァンガムを追いかける。


 二人は異神に追い付き、肩車を解いて相手の上半身と下半身をそれぞれが取り押さえる。地面に向かって落下しながら、アイージャとダンスレイルは叫ぶ。


「リオを傷付けた報いを受けよ! 招かれざる者よ!」


「私たちの怒り……思い知りなさい! 合体奥義……」


「ビッグブリッジ・クラッシャー!」


 アイージャの身体から鎧の一部が剥離し、地面に落ちる。落下したパーツがダンスレイルの操る植物に包まれ、即席のギロチンへ変化を遂げた。


 そのギロチンの上に、ヴァンガムが叩きつけられた。身体を真っ二つに両断され、異神は声にならない呻き声を上げる。血溜まりが広がるなか、アイージャたちはゆっくりと立ち上がる。


「……これで終わりだ、悪しき者よ。この場で果てるがいい」


「ぐ、あ……。有り、得ない……。この私が、神モドキなんかに……負ける、なんて……」


 身体を両断されてなお、ヴァンガムは這いずりアイージャに食らいつこうとする。が、もはや彼女に打つ手は一つもなかった。アイージャはヴァンガムの顔を掴み、魂を引き抜く。


「貴様が別人の肉体に寄生しているのはすぐ分かった。貴様に寄生された女に罪はない。今ここで、貴様一人で死ね」


「ちく……しょう……」


 ヴァンガムはアイージャに魂を握り潰され、無様に果てた。肉体を乗っ取られていた女――レヴェッカはダンスレイルに手当てされ、肉体が元に戻り命を繋ぎ止める。


 アイージャはイバラの中で眠るリオを抱き上げ、穏やかな笑みを浮かべながらジッと見つめる。そっと額に口付けをし、小さな声でささやいた。


「……ただいま、リオ。妾たちは帰ってきたぞ」


 その言葉を聞き、眠っているはずのリオの口元が僅かに緩んでいた。



◇――――――――――――――――――◇



「……なるほど。妾たちが眠っている間にそんなことが立て続けに起きていたとは」


「うん。とっても大変だったんだよ」


 ガランザにある屋敷に戻りしばらくした後、リオが目を覚ました。ひととおりお互いの目覚めを喜んだ後、アイージャたちは今何が起きているのかをリオから聞く。


 ケリオン王国へのファルファレー一味の襲来、ゴッドランド・キーを巡る神の子どもたちカル・チルドレンとの戦い。……そして、今回の異神たちの襲撃。


 全てを聞かされ、アイージャとダンスレイルは複雑な表情を見せる。


「なるほどねぇ。それに、私たちの父の死の真相まで明らかになったんだね。ファルファレー……ますます許せない」


 ベルドールの末路を知ったダンスレイルは、そう呟き拳を握り締める。そんな中、アイージャはリオを見つめながら衝撃の一言を口にした。


「リオよ。ファルファレーの根城に入るためには五つの鍵が必要だと言ったな? 妾に心当たりがある。妾たちの長兄、剣の魔神エルカリオスが最後の鍵を持っているかもしれん」

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