134話―闇寧異神ペルテレル

 界門の盾をくぐり抜け、カレンの魔力をたどりリオたちがやってきたのは……滅び去ったケリオン王国の跡地だった。雑草一本生えていない、命が文字通り『根絶やし』にされた地を見て、リオは呟く。


「酷い……。こんな光景、見たことないよ……」


 かつて栄華を誇ったであろう都の姿はもはやなく、粉々に砕けた瓦礫の山がそこかしこに放置されている。それだけならまだしも、無数の死体が野ざらしのまま放置されていることにリオはショックを受けた。


「生き物の気配が全くないとは……。姉上、これは間違いなく……」


「ファルファレーの仕業だろうね。相変わらず……むごいことをする奴だ。虫酸が走るよ」


 長い間放置され、白骨と化しつつある死体を見ながら、アイージャとダンスレイルはそんな会話を行う。二人は気付いたのだ。この地におきた悲劇の元凶が、ファルファレーなのだと。


 リオはひざまずき、ファルファレー一味に滅ぼされた者たちの冥福を静かに祈る。早くカレンを探さねばならないということは分かっていたが、リオは死体を放っておけなかった。


「……ねえ様。僕、この人たちをきちんと埋葬してあげたいんだ。今そんなことをやってる場合じゃないってのは分かってるけど……それでも、この人たちを放置するなんて出来ないよ」


「そうだな。なら妾たちも手伝おう。手早く済ませてしまえばすぐに終わろうて」


 三人は散らばり、死体を集め埋葬する。心の中で冥福を祈りながら、リオは目を見開き苦痛の表情を浮かべたままの死体たちのまぶたを閉じてあげた。


 二時間をかけ、リオたちは目につく場所にあった死体を全て埋葬し終えた。小さな石を墓標代わりに置き、手を合わせる。苦痛から、無念から解放されますように、と。


「……これでよし、と。さ、お姉ちゃんをさが――!」


「この気配は……!」


 埋葬を終え、カレンを探そそうとし始めたリオたちは気配を捉える。とても禍々しく、この世の悪意を煮詰めたような気配を。三人は頷き、気配のする方向へ走る。


 その場所に、カレンがいると信じて。



◇――――――――――――――――――◇



 ――時は三時間ほど巻き戻る。ケリオン王国の本首都、ペレレイザムから西に八キロメートル離れた場所にある……いや、町ララム。そこにカレンはいた。


 異神の一人、エスペランザによって転移させられたのだ。カレンは一人、崩壊した町の中を歩く。誰か人がいないかと探し回るも、希望は消える。


「……はあ、ダメだな。人っ子一人いやしねえ。クソッ、とんでもねえとこに飛ばされたぜ」


 探索するのに疲れたカレンは、瓦礫の上に座り込みため息をつく。誰にも会えないことに若干触れ腐れ、足をぶらぶらさせている彼女の背後から、楽しそうな声が聞こえてくる。


「みぃつけたぁ。君がボクの獲物なんだねぇ。ウンウン、とーっても元気そうで……殺し甲斐がありそうだよぉ」


「……!? 誰だ!?」


 カレンは警戒心を刺激され、素早くその場から飛び退きつつ振り返る。彼女の前に現れたのは、紫色のゴスロリ調のドレスとミニシルクハットを身に付けた少女だった。


 右手にはステッキを、左手にはヒビ割れた紫色のオーブを持つ少女は、どこか楽しそうにクスクス笑っていた。その笑顔にどこかおぞましいものを感じ、カレンは後ずさる。


「うふふふ。いいねぇいいねぇ。いいよぉその表情。とっても素敵。でも、もぉぉっと……歪めてあげたいなぁ」


「てめえ、何モンだ? そのオーブ……普通の人間じゃねえな。異神どもの仲間か?」


 カレンの言葉に、少女は頷く。三日月のように口角を持ち上げ満面の笑みを浮かべるも、カレンにはそれが獲物を前にした肉食獣のソレに見えた。


「そうだよぉ? ボクはペルテレル。生命の終焉と死者の眠る地……鎮魂の園の管理を司るかつての闇寧神なんだよぉ」


 少女――闇寧異神ペルテレルは己の名を名乗り、オーブを消しスカートの裾を摘まむ。笑顔を浮かべ恭しくお辞儀をするが、目は全く笑っていなかった。


 ステッキをコツコツと突きながら、ペルテレルはカレンに近寄る。どこか恐怖を覚えたカレンが一歩後ずさるも、ペルテレルはすかさず距離を詰めてくる。


 少女との距離が近くなるたび、カレンの鼻に異臭が届く。その正体に気付いてはいないが、カレンの本能が警鐘を鳴らす。こいつは危険だ、と。


「うふふ。どうしたのぉ? 青い顔しちゃってさぁ。真っ赤な顔が台無しだよぉ?」


「るっせえ! チッ、てめえも異神だってんなら……ここで仕留めてやるよ!」


 これ以上逃げるわけにもいかず、カレンは覚悟を決め金棒を呼び出し戦闘体勢を取る。勢いよく金棒を振り回し、ペルテレルの脇腹に叩き込んで吹き飛ばした。


 手応えを感じ、アバラを粉砕したと確信するカレン。しかし、ペルテレルは何事もなかったかのように起き上がり、楽しそうにニコニコと笑う。その姿に、カレンはおののく。


「んなっ!? 嘘だろ、なんで平然と立ち上がってくんだよ!? アバラをへし折ってやったのに!」


「んー? うふふ、そうだねぇ、不思議だねぇ。なんでなのか考えてごらん? やってる暇があればだけどねぇ!」


 そう叫んだ直後、ペルテレルはカレンに突撃する。ステッキに仕込んだ刃を抜き、居合い切りを叩き込もうとするもカレンはギリギリでガードすることに成功した。


 相手が後退する前に仕留めてしまおうと、金棒を振り上げペルテレルのあごを粉砕し、返しの振り下ろしで脳天を砕く。トドメとばかりにみぞおりに蹴りを放ち吹き飛ばすも……。


「うっふふふ。なかなかやるねぇ。おお痛い痛い。ボクがカミサマじゃなかったら死んでるねぇ。カミサマでも死んでるけど、サ」


「てめぇ……! そうかよ、ホントに死なねえのかコイツで確かめてやる! 食らえ! ライトニングブレイク!」


 ペルテレルは何事もなかったかのように再び立ち上がる。物理攻撃は効果が薄いと踏んだカレンは、小雷の鎚を呼び出し電撃を浴びせかけた。


 カレンは何度も何度も執拗に雷を落とし、ペルテレルの息の根を止めようとする。電撃を受け、ペルテレルのドレスが損傷し中にあるものがあらわになり――カレンは絶句した。


「お前……なん、だよ……それ……。なんなんだよ、それは!」


「あーあ、見られちゃったぁ。やあやあ、ボクたち骸だよー、なんちゃって」


 ドレスの下にあったのは、少女の肉体ではなかった。かつてファルファレーと神の子どもたちカル・チルドレンによって殺された者たちの頭部がうごめいていたのだ。


「ビックリしたぁ? ファルファレーが殺した連中をねぇ、取り込んだんだよぉ? ほら、ボクって死を司るカミサマだからさぁ、死者を同化させるのも簡単、みたいな?」


「……ふざけてんのか、てめぇ。そんなことして、死者たちを苦しめて……何がおもしれえんだ!」


 心底楽しそうに笑うペルテレルに対し、カレンは怒りを爆発させる。闇寧異神に取り込まれた死者たちは苦しそうに呻いており、カレンの耳にも時折聞こえる。


 ――苦しい。楽にしてくれ。そんな死者たちの嘆きの声が。


「面白いよぉ? 今までさぁ、ボクずっと退屈だったんだよねぇ。死者を鎮魂の園に送って、見守って……そんな繰り返しばかりでさぁ」


「だから、苦しめてンのか? 死んだ連中を眠らせずに」


「うん! とっても楽しいよ!」


 無邪気な、それでいてどこまでも残酷で邪悪な笑顔を浮かべるペルテレルに、カレンはついにキレた。身体の中に力が沸き上がり、それまで埋まっていなかったピースが……埋まった。


「……そうかよ。よく分かった。てめぇみてえな性根のネジ曲がったクソ野郎はここで潰してやるよ。このアタイが! お前だけは許さねえ! ビーストソウル……リリース!」


 雄叫びを上げるカレンの左手の上に、鎚が納められた黄色いオーブが出現する。カレンはペルテレルの攻撃を避けつつ、オーブを体内に取り込む。


 雷の力が怒れる鬼神に満たされ、その姿が変わっていく。下半身が蛇の尾へと変化し、背中には半円の鎖で繋がれた五つの太鼓が出現する。


 鎚の魔神として完全なる覚醒を遂げたカレン――否、カレン・サンダルグライトは金棒を二つ呼び出し両手で握り締める。太鼓を打ち鳴らし、闘志を高めていく。


「おーおー、凄いねぇ。鬼で蛇で楽器で……てんこ盛りになっちゃっねぇ」


「黙りな。てめえはぶっ潰す。死者を弄んだ報い……絶対に! 受けさせてやる! 覚悟しやがれや!」


 カレンの叫びに呼応するように、暗雲が空を包んでいった。

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