98話―魔王VS神の子ジェルナ

 リオたちが元いた広場へ戻っていた頃、魔界では会議が終わり残る三人の幹部たちが帰り支度をしていた。その時、空中に浮かぶ玉座に座った魔王が小さく呟く。


「……招かれざる客が来たようだ。神のしもべは、我らを恐れぬらしい」


「であらば、オレが始末して参ります。魔王様のおわす城を土足で踏みにじった罪、その命で償わせねばなりますまい」


 魔王グランザームの言葉を聞き、最高幹部の一角である虎の獣人、ダーネシアが自ら迎撃に向かおうとする。が、グランザームは恐るべき一言をもって彼を制した。


「構わぬ。余への侮辱は余自らが仕置きを与える。長く玉座に座し過ぎた。時には運動も必要だ」


 その言葉に、ダーネシアやグレイガ、オルグラムたち幹部は戦慄を覚える。主たる魔王自らが、魔界に乗り込んできた創世神の配下を迎撃しようとしているのだから。


 直後、玉座を覆う闇の球体から暗黒の力が放出され、魔王を模した似姿を作り出す。漆黒の闇のような黒の輝きを放つ鎧と、紫色のマントを羽織った魔王の顔は――黒く塗り潰されていた。


「余の分身を向かわせる。お前たちは事が終わるまでここで待つがよい。よいな?」


「ハッ! 承知致しました!」


 グランザームの言葉に従い、ダーネシアたちは部屋の中で待機する。心の中で、愚かな侵入者への哀れみの念をを抱きながら。



◇――――――――――――――――――◇



「……この程度か。魔族など、所詮我らの足下にも及ばぬ虫ケラ。何故我らが父が片付けようとしないのか理解に苦しむ」


 魔王城の前にある広場にて、神の子どもたちカル・チルドレンの一角、ジェルナがそう呟く。彼女の背後には、うず高く積まれた魔族の兵士たちの屍があった。


 本来の目的であるエリルの抹殺と鍵の簒奪の任務を相方であるバウロスに押し付け、彼女は魔界へ来ていた。創世神ファルファレーの宿敵たる、魔王を抹殺するために。


「幹部どもも出てこないところを見るに……魔族たちはとんだ腰抜けの集まりということか。この分なら、我らが父の脅威の排除も楽に……」


「進められる、と? 本当にそう思っているなら、お前は愚かな子どもだ、侵入者よ」


 魔族兵の死体を切り刻み弄んでいたジェルナの耳に、氷よりも冷たくおぞましい声が届く。声のした方へ顔を向けると、そこには魔王グランザームと者がいた。


「貴様が魔王グランザーム……なのか?」


「左様。もっとも、本体ではなく分身……それも、本体の十分の一程度の力しか持たぬ虚構だがな」


 黒き闇に塗り潰され、表情を読み取ることは出来なかったが――ジェルナは感じていた。同胞を殺戮され、弄ばれたグランザームは……怒っていると。


 グランザームは右手をかざし、あるものを呼び寄せる。空間が歪み、棒のようなものが現れると、グランザームはソレを掴み、一気に引き抜いた。


「さて、創世神を騙る者の子よ。余は寛大だ。配下のしくじりも致命的なものでなければ赦しを与える。だが……お前には一切の慈悲はない。余の玩具として弄んでやろう。……簡単に壊れてくれるなよ?」


「……! シッ!」


 底知れぬ威圧感を感じたジェルナは、速攻でケリをつける必要があると判断し目にも止まらぬ速さでグランザームへ向かって襲いかかる。


 双剣がグランザームの首を捉え、両断した――少なくとも、彼女はそう感じていた。しかし、実際に斬られたのは……グランザームではなく、ジェルナの方だった。


「グ、ガハッ……!? なんだ、何が起きた……!?」


「ほう、まだ生きているとは。心臓を狙ったが……やはり、もう少し出力を上げておくべきだったかな?」


 追撃をもらうまいと素早く後退しつつ、ジェルナは何が起きたのか理解出来ず混乱していた。グランザームは右手に持った大鎌を肩に担ぎながら、笑い声を漏らす。


 この瞬間、ジェルナは悟った。自分には理解の及ばない、何かしらの方法で、グランザームは自分の放った攻撃を『切り返した』のだということに。


「驚いているようだな。だが、この程度はまだ序の口に過ぎぬぞ? 今のは第一の冥門……『万魔鏡』。相手の攻撃を跳ね返す技よ。これでも、まだ残り六つに比べれば弱い力だ」


「何故自らの手の内を明かす? そんなことをして、貴様の得にはなるまい」


 血が滲む腹に治癒魔法をかけつつ、ジェルナは魔王にそう問いかける。グランザームはクックッと喉を鳴らして笑いながら、その問いに答えた。


 ここで死ぬお前に、答えなど必要あるまい、と。その言葉に、ジェルナは憤る。圧倒的な力を持つとはいえ、そのカラクリさえ解き明かせれば勝てると考えたのだ。


「随分と傲慢なことを言う。その言葉をほざいたこと、お前の死をもって後悔させてやる!」


「やってみせるがよい。なら、改めて発動しよう。冥門解放……壱の獄、『万魔鏡』解放」


 グランザームがそう呟くと、彼の背後に薄く半透明な楕円形の鏡が出現する。鏡は素早く前進し、グランザームを飲み込み向こう側へ覆い隠す。


 ジェルナは突進していたが、途中で急ブレーキをかけ辛うじて鏡へ攻撃せずに済んだ。……が、そんなことでグランザームを出し抜けるわけもなく。


 鏡に映ったジェルナの背後に、いつの間にかグランザームが回り込んでいた。ジェルナは後ろを振り向くも、そこに魔王はいない。


「鏡に攻撃しなければ無害になるとでも? 甘いものだ。その幻想を粉々に砕いてやろう」


「なっ……ぐあっ!」


 グランザームは鏡の中からジェルナに向かって怒涛の攻撃を加える。拳が、蹴りが、大鎌の刃が――鏡の中にあるはずのそれらが、鏡の外にいるジェルナを傷付ける。


(ぐっ、どうやら魔王の力を舐めていたようだ……。恐らく、奴を鏡の中から引きずり出すには、万魔鏡アレを破壊するしかない。だが、そのダメージは私に返ってくる……チッ、厄介な鏡だ!)


 反撃のすべもなく一方的になぶられながらも、ジェルナは万魔鏡の特性を看破してみせた。が、残念ながら事態の好転にはならない。


 グランザームをこちら側の世界へ戻すには、万魔鏡を破壊せねばならず……どのみち、ダメージを受けることは避けられないからだ。


「どうした? 貴様は神の子なのだろう? ならば、この程度の技など容易に破れるのではないのか?」


「いいだろう、そこまで言うなら……破ってくれる!」


 挑発されたジェルナは、片方の剣を鏡に向かって投げつける。剣が鏡に映ったジェルナの腹に突き刺さり、ダメージがフィードバックされつつ、鏡が砕け散る。


 すると、鏡の中にいたグランザームが弾き出され、ジェルナの前に舞い戻る。全く傷付いていないところを見るに、万魔鏡を砕かれてもグランザームに影響はないようだ。


「ぐうっ……! どうだ、最小限のダメージで鏡を砕いてやったぞ」


「確かに、な。よくやったものだ、誉めてやろう。……では、そろそろ我が配下をいたずらに殺した報いを受けてもらおうか」


 グランザームは尊大な態度でジェルナを誉める――否、おちょくり侮辱する。そして、大鎌をゆっくりと振り上げた後、一気に振り下ろした。


 ジェルナは横っ飛びに飛んで攻撃をかわし、手を伸ばす。鏡を砕き、地に落ちた剣の片割れを呼び戻し、傷付いた身体をおして反撃に出た――はずだった。


「残念だが、これ以上余の力を貴様に見せるつもりはない。ここで滅びてもらおうか。ダークネス・シックル」


「な……ガハッ!」


 グランザームは目にも止まらぬ速度でジェルナの攻撃を避け、大鎌で身体を切り刻んでいく。ジェルナは治癒魔法を使う間もなく、頭部だけの姿にされてしまった。


 地に転がり、呻き声を漏らす頭だけになったジェルナを見下ろし、グランザームは興味深そうに呟きを漏らす。彼女の持つ能力を、今度は魔王が看破したのだ


「ふむ。貴様はどうやらファルファレーから擬似的な不死の力を与えられているようだな。再生封じの呪毒を染み込ませた刃をもってして絶命せぬのだ、そうだろう?」


「答える、つもりは……ない……」


 ジェルナは敗れながらも、精一杯反抗してみせる。頭だけになっても、彼女は死ぬことはなかった。いや、死ねなかった。ジェルナ自身の持つ力のせいで。


「まあよい。死なぬのなら逆に都合がいい。貴様らの情報……たっぷりと、話してもらおうか」


 グランザームはジェルナの頭を拾い上げ、城に戻っていく。ファルファレーの企みを暴くために。愚かなる神の子は、魔王の前に屈し――その命運を握られることとなった。

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