97話―オーバーロード・サンダー

「何をするつもりかは知らぬが……このオレをお前ごときが倒せるものか! 今度こそミンチにしてくれるわ!」


「やってみろ! 見せてやる、破壊の雷を!」


 電撃による身体の痺れが取れたバギードは、勢いよくカレンへ向かって突進する。カレンは鉄槌を高く掲げ、蓄積された雷の力を解き放つ。


 黒雲から稲妻の槍が降り注ぎ、バギードへ襲いかかる。バギードは戦鎚を振り回し、次々に降り注ぐ稲妻の槍を砕いて対処していく。


「ギャシャシャシャシャ、こんなものか? お前の本気とやらは! とんだ肩透かしだな!」


「そう思ってんなら、てめえはマヌケだな! こんなもんでアタイの怒りが……鎮まるわけねえだろうが! 食らえ! オールレンジサンダー!」


「ギャシャ……!?」


 カレンが叫ぶと、黒雲が降下、拡散しバギードを取り囲む。そして、一斉に雷撃を放った。包囲網の中心にいる、邪悪なる存在に向かって。


「こんなもの、また砕いてくれるわ!」


「やってみろよ。言っとくけどよ、今度は……一切手加減しねえぜっ!」


 その言葉通り、雷撃は容赦なくバギードへ浴びせられる。最初は余裕をもって雷撃を破壊出来ていた神の子も、攻撃が激化するに伴い、対処が困難になってくる。


 必死に戦鎚を振るい、己に向かってやってくる雷撃を破壊していくも、ついに迎撃が追い付かなくなった。バギードの身体を雷が貫き、呻き声が雲の中からこだまする。


「グオオッ! チィッ、鬱陶しい真似を!」


「へっ、言っとくけどよ、その雷はもう止められねえぜ? なんせ、アタイはハナっから制御なんてしてねえんだからな!」


「なっ……!?」


 カレンはバギードとの戦いのなかで薄々気が付いていた。まだ自分が鎚の魔神の力に完全に適応出来ておらず、使いこなせていないことに。


 だからこそ、雷鳴の鎚を使えるようになるまでにチャージをする必要があったのだ。が、カレンは考えた末にとんでもない逆転の発想を閃いた。


 ――使いこなせないなら、制御しないで全力で能力をぶっぱなせばいい、と。


「つーわけでだ、アタイはお前が死ぬまで雷撃を止めるつもりはなーい! 黒焦げになるまで感電させてやるから覚悟しろー!」


 カレンはバギードの口調を真似して挑発し嘲笑う。そんな彼女を遠目に見ながら、クイナはあることを危惧していた。カレンが力を制御出来ないなら、自分たちにも被害が出るのでは、と。


「ちょっとカレーン、その雷こっちに飛んで来ないでしょーねー!? 拙者たちまで巻き添え食らうのは勘弁だからね!?」


「問題ねえよ! そこまで制御を放棄しちゃいねえ! あくまで雲の中に放った雷撃の威力を……」


「ええい、鬱陶しい! こんな雲などこうしてくれるわ!」


 二人が会話している途中で、バギードが反撃に出た。身体ごと戦鎚を振り回し、雲を拡散させて雷撃が放たれるのを阻止して包囲網から脱出したのだ。


「ギャシャシャシャシャ! これで脱出完りょ……」


「ご苦労だったな! 自分から出てきてくれてよ!」


 雲の中から脱出を果たしたバギードの顔面に向かって、カレンはすかさず飛び膝蹴りを叩き込んだ。彼女の膝は、バギードの顔の中央やや上――単眼にクリーンヒットした。


 その瞬間、それまでどんな攻撃を受けても呻き声を漏らす程度の反応しか見せていなかったバギードに変化が起きる。耳をつんざくばかりの悲鳴を上げ、眼を押さえうずくまったのだ。


「グウオオアア!! おのれ……よくもオレの眼を!」


「そうか……てめえはその眼が弱点なんだな? なら……その眼を潰してやる!」


 バギードの弱点を看破したカレンは、さらなる追撃を加えようとする。が、その時広間の天井に空いた穴から、二人の人物が降り立った。


 そのうちの一人は、いまだ傷が癒えきっていないローレイ。もう一人は、黒衣を纏い黄金の槍を携えた長身痩躯の男――神の子どもたちカル・チルドレンのリーダー、バウロスだ。


「……戻りが遅いと思って様子を見に来れば。お前たちは何をやっている? このような者どもを相手に苦戦するとは」


「グウッ、悪いなバウロス。少し油断し過ぎた」


 威圧感に満ちたバウロスの声に、カレンは咄嗟に後ろへ飛ぶ。今の状態で戦えば、確実に負ける。彼女の本能が、そう警鐘を鳴らしていたのだ。


「……バウロスよ。ここは退くべきだと私は進言する。今回は、あまりにも準備を怠りすぎた」


「認めたくはないが、そのようだ。そこな魔神どもよ。今回は我々の敗北を受け入れ退く。だが……我らは諦めぬ。必ずや姫を抹殺し……全ての鍵を手に入れる」


 リオの攻撃で負傷した腹を押さえ、苦しそうな表情を浮かべながらローレイは撤退するべきと伝える。どうやら、バウロスはカレンたちと戦いに来たわけではないようだ。


「……いいぜ、こっちも手負いが多いしな。無様に逃げな。お前らの親玉に情けなく泣き付いて来いよ」


 バギード、ローレイの両名を仕留めることは出来なかったものの、撤退に追い込めたことにカレンは安堵する。ついでに侮辱の言葉を叩き付け、挑発した。


「戻るぞ、バギード。次は必ず勝たねばならぬ」


「ギャシャ……面目無い……」


 そう謝った後、バギードは眼を押さえたままバウロスの元へ向かう。仲間を確保したバウロスが床を踏み鳴らすと、白い光の柱が降り注ぐ。


 光が消えると、三人の姿は消えていた。ひとまず危機が去ったことを喜びながらも、カレンとクイナは負傷した者たちの手当てを始める。


「はあ、一時はどうなることかと思ったぜ。ま、無事追い返せたから結果オーライってとこだな」


「それはいいんだけどさ……力のオーバーロードはもう禁止ね。危ないったらありゃしない」


 神の子どもたちカル・チルドレンを撃破し、追い返すことに成功したことを喜ぶカレンに、クイナがそう釘を刺す。実際、このままオーバーロード戦法を続ければ、どこかでしっぺ返しを食らうだろう。


「わぁーったよ、わぁーったって。だからンな睨むなよ。ここはアタイに任せて、お前はリオを診てくれ」


「はいはいっと。リオくーん、大丈夫ー?」


 部下のくノ一たちの手当てがあらかた終わり、クイナはリオの手当てをしようとする。いまだ意識が朦朧としているリオを起こそうと、身体を揺する。


 その時、リオの右腕に装着されたジャスティス・ガントレットから水色の宝玉が外れ、床に落ちて転がっていってしまった。クイナはそれに気付き、慌てて宝玉を拾う。


「おっとっと、いけないいけない。こんな大事なの失くしたらリオくんに怒られちゃ――!?」


 クイナが宝玉に触れた瞬間、何か得体の知れないモノが彼女の全身を駆け巡った。クイナが困惑していると、ようやくリオが意識を取り戻し起き上がる。


「うう……。あれ、みんな……みんな大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ。あいつらはもう逃げてったから」


 目を覚ましたリオに、クイナはこれまでの一部始終について話す。リオはカレンが自分と同じように魔神になったことを嬉しく思っているようで、猫耳をパタパタさせる。


「そっかぁ……お姉ちゃんも僕とお揃いになったんだね。なんだか嬉しいなあ」


「お、そうだろそうだろ? へっへへ、これでアタイだけのけ者にされなくなるってもんよ」


 カレンはリオの言葉に答えながら、嬉しそうに笑った。形はどうあれ、リオの同族になれたことが嬉しくて堪らないのだろう。


「さ、もうこんな神殿に用はねえ。さっさと外に出ようぜ」


「そうだね。僕に任せて。今、界門の盾を作るから」


 リオは元いた広場をイメージしつつ、界門の盾を作り出す。その様子を、クイナは手の中で宝玉を転がしながら見ていた。



◇――――――――――――――――――◇



「……クソッ、まさかこのオレが撤退する羽目になるとは!」


「仕方あるまい。油断していたお前たちの自業自得だ」


 ――創世神ファルファレーと神の子どもたちカル・チルドレンの拠点、聖礎エルトナシュア。朽ちた石碑の前で、バギードは地面を殴って鬱憤を晴らしていた。


 そんなバギードに、バウロスが呆れたように声をかける。ローレイは治療をしているらしく、この場にはいない。


「……ん? そういえば、ジェルナはどこだ? お前と行動していたんじゃなかったのか?」


「途中で別れた。どうしても、今のうちに魔族どもを始末しておかねば気が済まんと譲らなくてな。ま、そのうち戻るだろう……生きていればな」


「バカな奴だ。魔族など放っておけばいいものを」


 二人はそんな会話をしながら、任務失敗の報告をするためファルファレーの元へ向かう。――動乱は、まだ終わってはいない。

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