43話―可愛い子猫は花より団子

 融合獣を打ち倒したリオは、ハールネイスに帰還した。街にほぼ被害を出さず、また女王を守り抜いたことが大きく評価され、リオとアイージャの健闘を讃える催しが行われることとなった。


 ハールネイス全体が同盟国から来た英雄の活躍に受かれているなか、一人だけ複雑な心境に陥ったままの者がいた。リオたち同様、城に留まっていたエリザベートである。


「……パーティー、ですか。随分浮かれていますわね。いつまた敵の襲撃が来るかも分からないと言うのに」


 その日の夜、セルキアから与えられた客室の中で、エリザベートは一人そう呟く。彼女は城の兵士たちに剣術の指導をしたり、暗殺を主導する者の捜索に助力していた。


 リオたちと行動を共にしなかったのは、まだエリザベートの心の中にしこりがあったからであった。自分のせいでリオに怪我を負わせてしまったことを、まだ悔いているのだ。


 勿論、リオたちが自分を恨んでいないことは分かってはいる。が、初めて誰かの足手まといになってしまったという事実が、エリザベートの中に消えないわだかまりとして残っている。


「……お嬢様。いい加減吹っ切れたらいかがです? このままリオさんたちと顔を合わさず、ここで暮らすつもりですか?」


「そういう、わけでは……」


 部屋の隅で手紙を書いていたエルザにそう問われ、エリザベートは答えに窮する。ユグラシャード王国を魔王軍から救うという当初の目的を、忘れたわけではない。


 が、メルメラでのリオとの出会いから、エリザベートの中にあったプランは全て崩れ去っていた。華々しく活躍を重ね、王国を救う――その役目を、ことごとくリオに奪われたのだから。


「……エルザ。わたくしはどうすればいいのでしょう。本当に、この国にほわたくしが必要なのでしょうか。このままでは……おじさまに顔向け出来ません。この国を救うことも……」


「お嬢様。それは誰かに聞けば答えを得られる質問ではありません。時として、人は己の手で答えを見つけ出さなければなりませんよ。例え、手探りであったとしても」


 そこまで言った後、まずはと言葉を続けながらエルザは部屋の扉を指差す。


「リオさんと話をするべきです。いつまでもしこりを残していては、後々後悔しますよ?」


「エルザ……。そう、ですわね。まずはリオさんと話をしてみますわ」


 リオと話をし、己の中にあるわだかまりを解消することを決意したエリザベートは、決意に満ちた表情を浮かべ椅子から立ち上がる。部屋を出ようとした時、ふとエルザに問う。


「そういえば、エルザはパーティーには出席しませんの?」


「はい。私は旦那様へ報告を兼ねた手紙を書かねばなりませんので。書き終わった後でまだパーティーが終わっていなければ顔を出します」


「そうですか。では、わたくしは行って参ります」


 そう言い残し、エリザベートは部屋を後にする。パーティーに参加するため渡り廊下を通り、城の北側にあるパーティー用の塔へ向かう。


 パーティーが行われるフロアにはすでに参加者たちが大勢集まっており、大変賑わっていた。立食形式のため、参加者たちは手に手に料理の乗った皿を持ち談笑をする。


 その中に、リオたちの姿もあった。貴族たちが和やかに話をしているかたわらで、リオは皿の上に山のように盛られた料理を口に運んでいた。


「あぐあぐあぐ……」


「おお、たくさん食べるねえリオくんは。うんうん、たくさん食べて大きく……いや、このちっちゃ可愛い容姿もイイし……私はどっちを選べば……」


「妾は小さいままがよいと思うぞ、姉上」


 アイージャとダンスレイルの姉妹は、黙々と料理を平らげていくリオを見てそんなことを話していた。魔力を大量に消耗したリオは、腹ペコだったらしい。


 カレンが運んでくる料理を次々と口の中に運び、リスのように頬を膨らませているリオを見て、パーティーに参加していた貴族のご令嬢たちが黄色い声をあげる。


「あらあら、リオさんにとっては、花より団子ということですのね」


 エルフのご令嬢たちに目もくれず、黙々と食事をしているリオを見てエリザベートはクスッと笑う。和やかな光景を見て緊張がほぐれた彼女は、リオの元へ近付く。


 エリザベートの存在に気付いたカレンは、リオに料理が盛られた皿を渡しながら彼女に声をかける。エリザベートは優雅に一礼し、カレンの言葉に応えた。


「お、エリザベートも来たのか。なんか久しぶりに顔を見たな」


「ご機嫌よう、カレン。少し、リオさんと話をしたいのですが、よろしいでしょうか」


「あぐあぐ……うん、いいよ。ちょっと待っててね。今食べきっちゃうから」


 リオは急いで料理を平らげ、満足そうに息を吐く。そんな彼に近付き、アイージャとダンスレイルが顔を拭き甲斐甲斐しく世話をする。


「リオ、顔にソースがついておるぞ。妾たちが拭いてやろう」


「そうそう。可愛いレディからのお誘いもあるから、身だしなみはしっかりと……ね?」


 二人に顔を拭いてもらったリオは、エリザベートについて会場の外に出る。星空の見えるバルコニーに出たエリザベートは、息を整えた後リオに向かって話し出す。


「……ごめんなさい、リオさん。この数日、ずっと貴方を避けてしまって。わたくし、まだ……あの日のことが……」


「いいんだよ、気にしないで。こうやって話しかけてくれたんだもん、それだけで嬉しいよ」


 視線を反らしながら謝るエリザベートに向かって、屈託のない笑顔を浮かべながらリオはそう口にする。彼の言葉に、エリザベートはどこか救われたような気持ちになった。


 何故そんな気持ちを抱いたのか、彼女自身も分からなかった。動揺を悟られないよう咳払いたした後、エリザベートはリオに別の話題を投げかける。


「と、ところで……リオさんはとても強いのですね。その強さの秘訣……もしよければ、わたくしにも教えてくださらないかしら?」


「強さの秘訣かぁ……。うーん、難しいなぁ。なんだろう?」


 エリザベートに投げかけられた質問の答えを見つけ出そうと、リオはうんうん唸りながら考え始める。しばらく考えたあと、リオは真剣な表情を浮かべ話し出した。


「……僕ね、みんなを助けたいんだ。お姉ちゃんたちだけじゃなくて、この世界にいる人たちを。魔王軍に苦しめられてる人たちを救いたいんだ。その思いが、僕の強さの秘訣……かな?」


 一点の曇りもない真っ直ぐな言葉に、エリザベートは心を打たれた。そして、己の功名心と野心のために戦っていたことを心の中で恥じる。


「リオさんの強さは……その『心』にあるのですね。わたくしも、貴方を見習わせていただきますわ。そこで、お願いがあるのですが……」


「いいよ、何でも聞いてあげる」


 リオはエリザベートの言葉を聞き、えっへんと胸を張りながら答える。が、彼は知らない。それがとんでもない修羅場が起きる引き金になってしまうことを。


「では、お言葉に甘えて。リオさん、わたくしを貴方の弟子にしてくださいませ!」


「うん、いい……って、えええぇー!?」


 星が煌めく夜空に、リオの叫びがこだました。



◇――――――――――――――――――◇



 その頃、魔界にあるキルデガルドの研究所ではとある実験が行われていた。バゾルを実験体にし、キルデガルドがとある研究を始めたのだ。


「ふむ。いい被検体じゃな。生命力に溢れておる。よくやった、ローズマリーよ」


「えへへ、ありがとうおかーさま」


 キルデガルドはローズマリーにそう言いながら、バゾルの身体に魔力で操っているチューブを刺していく。その途中、娘に問いかける。


「ところでローズマリーよ。いつになったら女王を暗殺出来るのじゃ? このままでは、わしの計画の第一段階すら始められんがのう?」


「……! あ、明日すぐに……女王を暗殺……して、くる……」


 冷徹な声をかけられたローズマリーは萎縮し、いつもの陽気な態度が崩れる。ガチガチと歯を鳴らしながら、母の後ろ姿をジッと見つめることしか出来ない。


「案ずるでない。もししくじって抹殺されても、すぐに復活させてやるわい。お前たちはわしの優秀な死体人形リビングドールじゃからな!」


「は、い……」


 心底愉快そうに笑うキルデガルドの後ろで、ローズマリーは小さな声で頷く。リオの元に、二つの波乱が訪れようとしていた。

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