172話―恐怖の猛毒地獄!
エルカリオスが魔族たちを殲滅していた頃、アイージャとレケレスは吹っ飛ばしたフレーラを追って雪原に降り立っていた。おぶっていたレケレスを降ろし、フレーラを探す。
「さて、あの蝶モドキはどこへ行ったか……。レケレス、はぐれるでないぞ」
「うん。えへへ、こうやってまた会えて嬉しいな」
姿を消したフレーラを探すべく、アイージャたちは雪原を探索する。その途中、レケレスはニコニコ笑いながら姉にそう話しかけた。
かつて、自ら兄妹の元を去ったレケレスのその言葉に、アイージャは微笑みを浮かべる。以前の明るさを取り戻してくれたことを喜んでいると、ふと疑問が浮かぶ。
「レケレスよ。力の方は大丈夫なのか? これまでかなり奪われたようだが……」
「うん、大丈夫。むしろ力を取られたせいで、ちょうど制御出来る量に減ったから」
脱走直後こそ衰弱していたレケレスだったが、時間が経った今は回復し、激しい運動が出来るレベルまで力が戻っていた。皮肉もエルディモスの用いた抽出装置のおかげで、レケレスはあやふやだった自己を確立出来たのである。
「ふむ、そうか。なら安心した。では……そろそろ、蝶モドキを始末するとしよう」
アイージャがそう言った直後、雪の中から三つの扇が飛び出し襲いかかってくる。アイージャが動くよりも早く、レケレスが口を開き長い舌を伸ばす。
カエルのような舌が扇を叩き落とし、雪の中に埋めてしまう。すると、どこからともなく風と共に鱗粉が流れてくる。鱗粉同士が擦れ合う、不快な音が響く。
「あーあ、今ので死んでれば痛い目に合わなくて済んだのに。いいよ、じゃあ……さっき殴られたお返しするから!」
「お姉ちゃん、来るよ!」
レケレスが叫ぶと、宙を漂う鱗粉が巨大な扇の形になり一斉に襲いかかってくる。迎撃しようとするアイージャを手で制止し、レケレスはウィンクをした。
「お姉ちゃん、ここは私に任せて? 久しぶりに大暴れしちゃうんだから! さあ、出でよ! 砲腕の鎧!」
「ふむ……。ならば任せるぞ、レケレスよ」
鱗粉の扇が迫るなか、レケレスの身体を紫色の帯が包み込んでいき、鎧を形作る。両腕の部分が四つの砲身を持つガトリング大砲になっており、レケレスは腕を扇へ向け砲弾を放つ。
「そーれ、どっかーん!!」
砲身が回転し、勢いよく発射された弾が扇にブチ当たりバラバラにしてしまう。すると、元の鱗粉に戻り、今度はレケレスの鎧の内部に入り込もうとしてくる。
それに気付いたレケレスは、首から脳天まで頭部全体を覆う兜を作り出し完全防御態勢に入った。隙間から鎧の中に鱗粉が入り込もうとするも、上手く入れないようだ。
「さて、レケレスが鱗粉の相手をしている間に……妾はあの蝶モドキの居場所を探すとするか」
一方でアイージャはというと、雪の中に潜み鱗粉を操るフレーラを探し出すため行動していた。神経を集中させ、雪の中から僅かに臭うオイルの香りを探る。
(どこだ……? あの鱗粉の量だ、あまり遠くにいては操れまい。確実にこの近くにいるはず)
くんくんと鼻を鳴らし、アイージャはフレーラを探す。少しして、僅かに異臭を放つ場所を見つけたアイージャは、そこへアムドラムの杖を突き刺す。
「ここだ! ハッ!」
「ざーんねん! こっちだよーだ!」
直後、アイージャの背後に回り込んだフレーラが飛び出してくる。が、アイージャにとってその程度は想定の範囲内。しっぽを使ってフレーラを殴り飛ばし、レケレスの方へ吹き飛ばす。
「へぶっ!」
「レケレス、やれ!」
「はーい! 食らえー、バレルラリアット!」
吹っ飛んできたフレーラに向かって、レケレスはラリアットを叩き込もうとする。しかし、フレーラは素早く空中で体勢を立て直し攻撃を避けてしまう。
一度ならず二度までも殴られたフレーラは怒りをあらわにし、地上にいるアイージャとレケレスを睨み付ける。両手に持った扇を広げ、目玉のような模様を見せつけた。
「もー許さない! 二人とも、お互いに殺し合うようにしてやるぅ! ヒュプノコントロール!」
「む、何を……」
扇に描かれた眼状紋様を見たアイージャとレケレスは、一瞬軽い目眩に襲われる。目眩が治った後、二人は相手の姿がフレーラに見えるようになっていた。
「むむっ、いつの間に降りてきたの!? やっつけてやる!」
「小賢しい技を……だか、妾には無意味だ!」
二人は互いをフレーラだと思い込み、戦いを始めてしまう。その様子を見下ろしながら、フレーラは満足そうに扇を閉じニヤリと笑う。
「あーっはっはっは! チョロいねぇ! やっぱり、旧式のポンコツたちじゃあ私には勝てないね!」
「いいや、勝てるさ。妾たちの方が、一枚も二枚も上手だからなっ!」
「へえっ!?」
直後、レケレスと戦っていたアイージャがフレーラに向かってダークネス・レーザーを放つ。不意を突かれたフレーラは回避が出来ず、直撃を食らい墜落する。
「う、嘘……。なんで、ヒュプノコントロールが完全に決まったはずなのに」
「確かに効いたよー? すぐに解けちゃったけどね。むかーし戦った時のファルファレーの部下の方が、もっとエグい技使ってたし慣れちゃったんだよねぇ」
自慢の技を破られ唖然としているフレーラに、ケロケロ笑いながらレケレスが答える。百戦錬磨の魔神たちを相手に、洗脳や催眠術の類いはあまり効果がないようだ。
「くっ、ならこうするまでさ! モルフォニア・ストロー!」
「そんなの当たらないよ! もう飽きちゃったし、とっておきの技で終わらせてあげる!」
苦し紛れに
それを見たアイージャは、レケレスが何をしようとしているのかを察し鳥肌を立たせる。遥か昔、ファルファレー一味に恐れられた残酷な死刑が今、行われようとしているのだ。
「何するのさ! 女に抱き着かれる趣味なんてないんだけど!」
「私だってないよー? これはね、きみを倒すための切り札なんだよ? 奥義、禍毒の塔!」
レケレスが叫ぶと、分解された鎧の再構築が始まった。鎧の両腕が螺旋状に絡み合い、手のひらの中にレケレスとフレーラを入れたまま塔のように上へ伸びていく。
鎧の右手が開き、鋭い爪が備えられた五本の指が勢いよく振り下ろされる。
「ぷぷぷ! ばーか、なに自爆してるのさ! こんな拘束、鱗粉で滑りをよくすれば脱出なんて……」
「ざーんねん、自爆じゃないんだよねぇ。この指はね、強力なポンプになってるの。そのポンプがねぇ、吸い上げて増幅するんだよ。……どんな猛毒よりも強烈な毒性がある、私の血液をね」
「え……ま、まさか!」
レケレスの言葉から全てを察したフレーラは、顔を真っ青にしもがき始める。だが、もう遅い。カエルの胃袋に呑み込まれた蝶は、溶かされる瞬間を待つことしか出来ないのだ。
ゾギュン、ゾギュンと音を立てながらレケレスの血が吸われ、塔全体がドス黒く変色していく。その様子を見ながら、アイージャはこれから起こるおぞましい結末を想像し、己の身体を抱き締めた。
「……久方ぶりに見られるのか。レケレスの処刑が」
「いやあああ! 放せ、放せってばあ! このっ、何で出られないのおおお!!」
フレーラはなんとか禍毒の塔から抜け出そうと暴れるも、手のひらの表面にあるかぎ爪状の出っ張りが身体に食い込み逃げることが出来ない。
塔を形成する左手の指先まで完全にドス黒く染まり、処刑の準備が整った。ゆっくりと左手の五指が動き出し、爪の先から血を噴き出しながらレーラに迫る。
「いやあ! いやあああああ!!」
「バイバイ、偽物さん。ま、生まれて数日も経ってないのに……私たちに勝てるわけないってことね。じゃあ、これで……フィニッシュ!」
次の瞬間、禍毒の塔の左手が閉じられフレーラが手のひらの中に呑み込まれる。爪が突き刺され、致死量を遥かに越える大量の猛毒の血が流し込まれていく。
くぐもった悲鳴がこだましていたが、やがて声が弱くなっていき、ついには無音になった。レケレスは禍毒の塔の右手を開いて己の身体から爪を抜き、上空へ飛ぶ。
「これで……処刑かんりょーう! オープン・ザ・ハンド!」
残る左手が開かれると、ほぼ溶解しゲル状になったフレーラがゆっくりと地面に流れ落ちる。すでに機能停止しており、虚ろな瞳は光なく虚空を見つめていた。
「……よくやってくれた、レケレス。相変わらずえげつない技だ」
「えへへ、ありがとう。力がコントロール出来るようになったから、昔より精度も上がってたでしょ?」
アイージャに誉められ、レケレスは満面の笑みを浮かべる。二人は寄り添いながら、リオたちと合流するべく帰還していった。
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