173話―一難の後の安らぎ

 エルディモスの軍勢を全滅させ、リオたちはアイージャ、レケレスと合流しメルミレンへ帰還する。ちょうどゴルトンが軍を出動させようとしていたところに出くわし、報告を行う。


 無事敵を倒したことを聞き、ゴルトンはホッと胸を撫で下ろした。リオたちの活躍で、ひとまず危機は去った。その場にいる全員がそう考え、和んでいると……。


「……む。そろそろこの姿も限界か。では、私は戻るとしよう」


 エルカリオスはそう呟き、揺らめく炎へと姿を変え首飾りの中に戻っていく。炎が首飾りに付いている宝玉の中に吸い込まれた後、エリザベートが現れた。


「ふう。随分と体力を消耗しましたわ……。まあ、それはそれとして、お久しぶりですわね、師匠」


「わあ、やっぱりエッちゃんだったんだね。まさか兄さんの依り代になってるなんて思わなかったよ」


 ファルファレーとの決戦以来の再会となった二人は話に花を咲かせようとするも、ゴルトンに止められる。リオたちはまずは館に戻り、身体を休めることにした。


 館に戻った後、リオはエリザベートの口から聞かされる。何故彼女がエルカリオスの依り代になったのか……その理由について。


「実はわたくし、あの戦いの後考えましたの。今までのやり方では、師匠たちの戦いにはついていけないと。なので、エルカリオス様に師事し、魔神に匹敵する力を身に付けようと思ったのです」


「そうだったんだ……。ありがとうエッちゃん。僕たちのために……」


 その時だった。部屋の扉が破壊され、何者かが部屋に転がり込んでくる。リオとエリザベートが目を丸くしていると、レケレスが飛び付いてきた。


「けろりーん! やあやあ、やっと会えたね! 楽しみにしてたんだよ、おとーとくん!」


「え? えっと……レケレス、さん?」


「やだなあ、そんな他人行儀な呼び方しないでよ。おねーちゃんって呼んで? ほら、りぴーとあふたーみー。おねーちゃん」


「お……おねーちゃん?」


 精神世界で会った時とはまるで違うレケレスの言動に、リオは戸惑ってしまう。ここまでテンションが高い人物だとは思ってとらず唖然としてしていると、エリザベートが正気に戻る。


「ちょおおっと!? 何をなさっているんですの!? 抱っこ人形みたいに貼り付いて……はしたないですわよ! 離れてくださいまし!」


「えー? やだー。だって姉弟のスキンシップしてるだけだもーん」


 全身でリオに抱き着くレケレスに、エリザベートは羨望と嫉妬がない交ぜになった声で叫ぶ。対するレケレスはというと、一切意に介さず抱き着く力を強める。


 リオはどうしていいのか分からず、ただ固まったまま動けないでいた。業を煮やしたエリザベートは、リオからレケレスを引き剥がすべく掴みかかった。


「口で言って聞かないなら実力行使ですわ! さっさと師匠から離れてくださいませ!」


「やーだー! スキンシップするのー!」


「ちょ、ちょっと……いた、いたたた……。た、助けてふーちゃーん!」


「かしこまりました、我が君」


 思わずリオが助けを呼ぶと、稲妻のような速さでやってきたファティマがレケレスとエリザベートにげんこつを食らわせる。悶絶する二人を引き剥がし、ファティマは部屋を出る。


「全く、我が君を困らせるとは。これは少しお仕置きが必要ですね。わたくしが教育して差し上げます」


「きゅ~……」


「あひぃ~……」


 目を回すレケレスたちを、リオは苦笑いを浮かべながら見送った。



◇――――――――――――――――――◇



「……感じるぞ。我が同志のみならず、造物主も倒れたか。……つまり、バックアップの出番ということか」


 その頃、エルディモスの研究所から離れた山の中にて、最後の人造魔神バラルザーが呟いていた。研究所はダーネシア率いる部隊によって破壊され、研究者たちが捕縛されている。


 レケレスの証言により、ついにグランザームが動いたのだ。エルディモスが行ってきた非道な行いの精算をするため、全ての資料を廃棄し、記録の抹消を行う。


「……これで、造物主の描いていた反逆のシナリオも終わりか。私が倒れれば、の話だが」


 目を望遠鏡モードに切り替え、ダーネシアたちの様子を観察しながらバラルザーは呟く。だが、その声に悲壮感はない。彼にはまだ、最後の使命があるのだ。


「さて、ここにいる必要ももうない。地上の研究所は壊滅したが……地下の人形プラントは無事だ」


 出撃前にエルディモスから渡された鍵の束を取り出し、バラルザーは悪意に満ちた笑みを浮かべる。山の中を進み、中腹にある洞窟の中に向かう。


 洞窟の奥深くには鍾乳洞があり、さらにその奥……深い山の中には、かつてザシュロームが使っていた秘密の戦闘傀儡製造プラントに続く扉があった。


「ここには総勢五千体を越える人形が眠っている。その全てを解き放てば……主が遺した二つの計画を、同時に進められる」


 扉にある円形に並んだ九つの鍵穴に順番に鍵を差し込み、バラルザーは封印を解除する。製造プラントの中に入り、人造魔神はニヤリと笑う。


 戦いは、まだ終わっていない。



◇――――――――――――――――――◇



「……まったく。レケレスよ、少しはしゃぎすぎだ。ファティマに怒られて、いい薬になったであろう」


「うー、おもいっきりぶたれた……。まだたんこぶがあるよぅ」


 夕食の後、部屋に戻ったアイージャはレケレスに呆れたように声をかける。レケレスの頭には大きなたんこぶがあり、ぷっくりと膨れていた。


「だってー、嬉しかったんだもん。やっと、おとーとが出来たから……」


「ああ……お前は昔から、弟か妹が欲しいと言っていたな」


 レケレスの言葉に、アイージャは遠い昔を思い出す。まだ自分たちが産まれて間もない頃、レケレスはしきりに弟や妹を欲しがっていた。


 末の妹として世話をやかれるだけでなく、自分も世話をやきたくなったのだ。しかし、ベルドールの遺した力では魔神を七体生み出すのが限界だった。


 結果、リオが新たな魔神となるまで、レケレスはずっと末っ子だったのだ。


「そそ。だからね、おとーとくんに早く会いたかったの! 一緒にいっぱいお買い物して、遊びに行って、敵と戦って……たくさんおねーちゃんするの!」


 フンス、と息巻くレケレスを見ながら、アイージャは微笑みを浮かべる。彼女を取り巻く問題の全てが解決したことに、心から安堵していた。


「……そういえば、肝心のリオがおらんな。どこにいる?」


「じょてーさんのとこに行くって。お話があるんだってさー」


 レケレスの言葉通り、リオはメルンに会いに行っていた。モローが同席するなか、彼は今回のエルディモスとの戦いについての詳細を話す。


「……そうか。これで……八年前の戦いで犠牲になった者たちの仇は討てた、というわけだ。リオよ、ありがとう。改めて、礼を言わせてもらうぞ」


「いえ、僕は当然のことをしただけですよ。一時はどうなるかと思いましたけど……兄さんたちのおかげで助かりました」


 礼を述べるメルンに、リオは笑いながらそう答える。二人のやり取りを黙って聞いていたモローは、ふと呟きを漏らす。


「……家族、か。家族はいいもんだ。喜びも、悲しみも……全て、分かち合える。ま、天涯孤独なわしには関係のない話だがね……」


 寂しそうな表情をするモローの手を、リオはそっと握る。驚くモローに、柔らかな微笑みを浮かべながらリオは声をかけた。


「じゃあ、僕がモローさんの家族になるよ。だって、家族がいっぱいいれば……その分、分かち合える喜びも大きくなるもの」


「……そうかい。こんな老いぼれまで、気にかけてくれてありがとよ……う、ぐうっ!」


 モローは笑い、立ち上がろうとするが途中で倒れてしまう。リオは慌てて手を貸し、老いた魔傀儡を支える。


「モローさん、大丈夫?」


「なぁに、心配ないワイ。もう四百年も生きとるからな、あちこちガタがきとるのよ。魔傀儡も、人並みに老いるのじゃ」


 ゆっくりと立ち上がったモローは、リオから離れ部屋を去っていく。メルンとすれ違った瞬間、リオに聞こえないよう小さな声で彼女にささやいた。


「もしもの時はこのモロー、我が身を……」


「……分かっておる。そんなことにならぬのを、祈っているぞ」


 そんなやり取りの後、モローは部屋を去る。その様子を、リオはどこか釈然としない顔で見つめていた。

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