268話―天竜輝将オルグラム

「魔王のしもべよ。貴様もここまでだ。この地で果てるがよい」


 リオたちの危機を感じ取り、聖礎エルトナシュアより馳せ参じたエルカリオスは、オルグラムを睨みながらそう口にする。剣を構え、ジリジリと距離を詰めていく。


 対して、オルグラムも剣を構え少しずつ相手に近寄っていく。それぞれの刃の射程圏に相手が入った瞬間、即座に斬る。そのために、ゆっくりと間合いを調整しているのだ。


「……ハッ!」


「フッ!」


 次の瞬間、二人は目にも止まらぬ速度で突進し、剣を振るう。リオとエリザベートは二人の動きが全く追えず、剣がぶつかり合う音しか聞こえない。


「は、速い! どっちの動きも全然見えない……」


「あのオルグラムと互角に切り結ぶなんて……これが、剣の魔神の力なのですわね」


 二人の戦いに巻き込まれないよう、教会の奥の方に退避しつつリオたちはそれぞれの感想を口にする。炎と雷が弾け、激しい戦いが行われていることを二人に示す。


「やるな。だいぶやつれているようだが、それでも私と互角に剣を振るうとは」


「見た目だけで判断するな。痛い目を見てからでは遅いぞ。……いや、もう手遅れだったか」


「な……ぐうっ!」


 軽口を叩くオルグラムにそう言い返すと、エルカリオスは剣を振る速度を僅かに速める。互角の剣戟に打ち勝つには、たったそれだけでよかった。


 オルグラムの全身に炎を纏った斬撃が襲いかかり、いくつもの裂傷を刻み込む。傷自体は軽いものだが、火に焼かれた痛みが合わさりかなりの苦痛をもたらす。


「おのれ!」


「遅いな。剣が止まって見えるぞ。刃というものは、こう振るうのだ!」


 傷を付けられ怒りを燃やすオルグラムは、負けじと剣速を速めエルカリオスを切り刻もうとする。が、その攻撃のことごとくを受け流されてしまう。


 自分たちが手も足も出なかったオルグラムを、エルカリオスが圧倒している。その光景が、リオとエリザベートに希望をもたらした。


 兄なら、勝てる。そう思っていたが……。


「うぐっ……! くっ、こんな時に!」


「どうした、ずいぶんと辛そうな顔をしているな。もう疲れたのか?」


 エルカリオスは苦しそうに顔を歪め、動きが鈍ってしまう。その隙を突かれ、雷を纏った剣による袈裟斬りをまともに食らってしまった。


 依り代たるエリザベートに憑依せず、己の身一つで戦っているエルカリオスには、命のタイムリミットがあった。それを知っているエリザベートは、大声で叫ぶ。


「エルカリオス様! わたくしに憑依してくださいませ! そうすれば……」


「ならぬ! この戦いは私自身の戦いだ! お前たちはその目に焼き付けろ! この兄の、最後の勇姿を。後へ続く者たちへの、勇気の賛歌を!」


 エリザベートの言葉を遮り、エルカリオスは吠える。彼は迫り来る死を受け入れ、己の全てをリオたちに託すつもりなのだ。その覚悟を感じ取り、リオは涙を流す。


「兄さん……」


「リオよ、我が戦いを刮目して見よ。そして心の奥深くへ刻み付けるがいい。炎とは……燃え尽きる直前こそ! もっとも熱く、強く! 燃え上がるのだ!」


 勢いを取り戻したエルカリオスは、先ほどのお返しとばかりに猛攻を加える。再び劣勢に追われたオルグラムは、竜鱗の盾を呼び出し攻撃を凌ごうと試みた。


「くっ、出でよ剛魔竜鱗盾!」


「ムダだ。どれだけ強固な守りだろうと我が剣は止められぬ! 竜牙の剣よ、唸るがいい! 眼前に立ちし者を殲滅せよ!」


 その言葉に応じ、剣が振動し始める。刀身がより鮮やかな紅に染まり、刃の鋭さがさらに増していく。一刀の元に、竜鱗の盾は両断された。


「バカな!」


「教えてやろう、竜騎士よ。竜を滅するのは騎士にあらず。竜を滅することが出来るのは……同じ竜のみ!」


「くっ、舐めるな! ドラゴニック・ストライク!」


 盾を破壊されたオルグラムは、一旦後ろへ飛び退き体勢を立て直す。剣を水平に構え、猛スピードの突きを放ちエルカリオスを貫こうとする。


 相手の動きを見たエルカリオスは、身体を反らし突きを避けつつ、がら空きの胴体に膝蹴りを叩き込む。オルグラムは素早く竜のウロコを出現させ、ダメージを最小限に抑える。


「ほう、身体にもウロコを生やせるのか。面白いものだ」


「余裕だな、燃え殻の魔神よ。我が竜鱗の鎧は、そう簡単には切り裂けぬぞ! ドラゴニック・ウェーブ!」


 オルグラムは剣で斬りかかると見せかけ、身体から衝撃波を発生させた。不意を突かれながらも、エルカリオスは咄嗟に剣を使い攻撃を防ぐ。


 その間に、オルグラムは再び盾を呼び出し左腕に装着する。今度の盾は、灰色ではなく、黒曜石のような黒色をしていた。


「まだ攻撃は終わらぬぞ! ドラゴニック・バッシュ!」


「ほう……これは避けた方がいいようだな!」


 一目見て、新しく作られた盾が危険だと見抜いたエルカリオスは攻撃を受けず、素直に後退し避ける。その判断は正しかった。


 盾が地面に打ち付けられると小さな爆発が起こり、ヒビ割れた石畳を吹き飛ばしたのだ。


「聡いな。この盾は特殊な加工を施した逆鱗を使い作られた特別製でな、こうして勢いよく叩き付けると爆発を起こすのだ。規模は小さいがな」


「面白い手品だ。だが、私は何も恐れぬ。ただの爆発などでは、我が炎を消し止めることはないと知れ!」


 盾を警戒しつつも、エルカリオスは攻撃の手を止めない。ただただ、己の命をたきぎとし、最後の炎を燃やして果敢に攻め込んでいく。


 その勇姿を、リオたちはジッと見つめていた。決して見逃すまいと目を見開き、激しい戦いを記憶に刻み込む。兄との約束を果たすために。


「ふっ、強がりを。生きとし生ける者は全て、大地の民も闇の眷族も関係なく死を恐れるものだ。お前とて、心の奥深くでは死を恐れているはず。それを証明してやろう!」


「貴様、何を……!? まずい!」


「さあ、お前の本心を暴いてやろう! 審判のドラゴニック・バッシュ!」


 オルグラムはエルカリオスではなく、リオとエリザベートへ向かって突撃する。盾には凄まじい魔力が込められて続けており、爆発の威力は桁違いに強化されている。


 直撃を受ければ、リオやエリザベートはもちろん、エルカリオスですら無事では済まない。死の恐怖に屈し、弟たちを見捨てるか。あるいは、己を盾とし救うか。


 リオたちの回避は間に合わない。故に、エルカリオスにとって答えは一つだった。


「さあ、粉微塵に吹き飛ぶがいい!」


「エッちゃん、僕の後ろに隠れて!


「師匠!」


 せめてエリザベートだけでも助けようと、リオは彼女を己の背中に隠す。死を覚悟したその時、リオとオルグラムの間にエルカリオスが割って入った。


「今さら、この私が……命を惜しむとでも思ったか!」


「貴様、本気か!?」


「兄さん!」


 エルカリオスは両腕をクロスさせ、オルグラムが振り下ろした盾をガードする。人一人を飲み込むほどの爆発が起こり、エルカリオスはその中に飲まれた。


 リオが悲痛な叫びをあげるなか、黒煙の中から焼け焦げたエルカリオスの腕が伸び、オルグラムの顔面をわし掴みにする。煙が晴れるのと同時に、エルカリオスが姿を現す。


「愚かな。この私を試そうなどと、千年は早い。己の愚かさを、よく思い知るがいい」


「ぐ、う、が……」


 メキメキとオルグラムの頭蓋骨が軋み、くぐもった呻き声が響く。エルカリオスは切っ先が自分の方を向くように剣を投げ、そこへオルグラムを投げつけた。


「炎の裁きを受けよ!」


「ぐはっ! フッ……確かに、先の行動、無礼なものだった、な。お前の覚悟は……ぐっ、分かった。だから……私も、その覚悟に報いよう。竜魂、解放!」


 オルグラムは脇腹に突き刺さった剣を引き抜き、よろめきながら立ち上がる。そして、竜の魂を呼び覚まし、真の力を解放しようとする。


 それを見たエルカリオスは、ゆっくりと振り返りリオを見る。優しげな目で、弟に最後の言葉を伝えた。


「……リオよ。さらばだ。私がいない世界でも……強く、生きるのだぞ」


「……うん、わかった、よ」


 嗚咽を漏らしながらも、リオはしっかり答える。満足げに笑いながら、エルカリオスはオルグラムへ向き直り歩き出す。その手に、剣が納められた赤色のオーブを作り出しながら。


「ならば、私も見せてやろう。魔神の真の力をな! ビーストソウル……リリース!」


 ――今、二頭の竜がぶつかり合う。

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