258話―愚者に相応しき末路

 それから十分足らずで、勢いに乗ったアイージャは全ての基地を壊滅させた。力を失ってしまうまで、残り四十分と少し。ドゼリーの屋敷へ向かおうとしたアイージャは、気配を察知する。


 上空に緑色のリングが現れ、その中からダンスレイルとファティマが飛び出してきた。大シャーテル公国に到着した二人は、事情を知りアイージャを追ってやって来たのだ。


「やあ、やっと追い付いたよ。おや、その姿……ふふ、久しぶりだね。アイージャが魔神の力を振るう姿を見るのは」


「ああ。ちと裏技を使ってな。ここに来たということは、全てを知っているのであろう? 時間が惜しい、行こうぞ」


 アイージャとダンスレイルは互いにニヤリと笑った後、ドゼリーの屋敷へ向けて出発した。軍事基地の司令官から尋問で聞き出していたため、界門の盾で直行する。


 ドゼリーの指示で屋敷には厳重な警備が敷かれており、総数百を越える警備兵たちが熱烈にアイージャたちを歓迎する。彼女らを退けられなければ、全員の首が(物理的に)トぶ。


 故に、死に物狂いで突撃してくる。そんな敵勢を見ながら、ダンスレイルはアイージャに声をかけた。


「アイージャ、先に行きなさい。リオくんの復讐を果たすのは、君が一番の適任だからね。もう、あまり長くはその姿を保てないんだろう?」


「済まぬな、姉上、ファティマ。ここは任せるぞ」


「かしこまりました、ミス・アイージャ。ご武運を祈っていますよ」


 二人に礼を言った後、アイージャは大きめの月輪の盾を作り出し、取っ手がある面を上にしてスケートボードのように乗る。そのまま浮き上がり、屋敷の中へ突入していく。


 警備兵たちの妨害もなんのその、アイージャはさっさと屋敷の中へと姿を消した。残ったダンスレイルとファティマは、それぞれの得物を呼び出し、ゆっくりと歩き出す。


「さて、と。愛しのリオくんを痛め付けてくれた大バカ者はアイージャに任せるとして……その部下どもは、私たちが始末しないとね。こう見えて……お姉さん、ハラワタが煮え繰り返るほど怒ってるんだよ」


「我が君を陥れ、名誉に泥を塗ろうとしたばかりか大怪我を負わせるなど不届き千万。付き従う者たちも皆同罪……このわたくしが裁いて差し上げましょう」


 ダンスレイルは巨斬の斧を、ファティマは超振動肉断包丁をそれぞれ担ぎ上げ、警備兵の群れに突撃する。一斉に魔法の矢が放たれ、二人を串刺しにしようとする。


 が、ダンスレイルが翼を羽ばたかせ魔法の矢を打ち消してしまう。その間にファティマが先行し、先頭にいた警備兵をなます斬りにしてしまった。


「ぐあっ……」


「あら、脆いこと。そんな重装備なのに、随分と斬りやすいですね。バターより柔らかいですよ?」


「クソッ、この化けも……ぎゃあっ!」


「化け物? 違うね、私は魔神。数多の樹木と斧の力を司る、ベルドールの魔神さ!」


 戦力の差などものともせず、ダンスレイルとファティマは警備兵たちを無慈悲に抹殺していった。両断し、磨り潰し、貫き、叩き砕く。


 百人はいたはずの警備兵たちは、みるみる数を減らしていく。このままでは全滅すると判断され、屋敷の警備に使われていたアイアンゴーレムたちが投入される。


 しかし、アイージャの時と同様、反撃の狼煙のろしを上げるどころか一瞬でスクラップにされてしまう。二人にとって、ただの鋼など紙同然なのだ。


「そろそろ飽きてきたね。死の舞踏を以て君たちをあの世へ送ってあげよう。マチェット・ダンス!」


 ダンスレイルは手斧を呼び出し、口笛を吹いて遠隔操作しながら警備兵たちを攻撃する。変幻自在の軌道で飛んでくる手斧を避けられず、次々と首をハねられていく。


 それを見たファティマも、負けじとばかりに対抗心を燃やし必殺技を繰り出す。


「わたくしも本気を出しましょう。バトルメイドプロトコル、ウォッシングプログラム……デスペラード・サンフレア!」


 ファティマは目から超高温の熱線を発射し、警備兵たちの身体に穴を開けていく。続いて身体を回転させ、熱線でアイアンゴーレムを溶断し真っ二つにした。


「だ、ダメだ……こんな奴らに勝てるわけがねぇ! 俺はもう逃げるぞぉ!」


「俺もだ! どうせドゼリー様も逃げられねえんだ、従って死ぬなんてまっぴらごめんだ!」


 もはや勝ち目はないと判断し、警備兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。いや、逃げ出していこうとした。当然、ダンスレイルたちは逃がすつもりなどない。


 どんな形であれ、ドゼリーの計画に加担した彼らを二人は、いや、アイージャを含めた三人は結して許すつもりはなかった。愚かな行いの果てにある末路が何か……刻み付けるのみ。


「今さら逃げようったってね、もう遅いんだよ。逃げるんなら、最初からそうしておくべきだったね」


「その通り。我が君の敵は全て屠らせていただきます。それが、わたくしたちの役目ですので」


 返り血にまみれながら、二人は残忍な笑みを浮かべる。この戦場から、生きて帰れる者は……誰一人として、いないのだ。



◇――――――――――――――――――◇



「……ふむ。やはり影武者だったか。愚かな男だ、この程度で妾を欺けるとでも思っていたのか?」


「ひ、ひいぃ……」


 その頃、屋敷に侵入したアイージャは内部に潜んでいた警備兵たちを抹殺しながら奥へと進み、影武者を始末していた。すぐに偽物と気付き、本物のいる別荘へ界門の盾でテレポートする。


 別荘でも同様にドゼリーの部下たちを始末し、いよいよ今回の事件の黒幕たる愚かな男を追い詰めていた。すうっと目を細め、アイージャは審判の言葉を口にする。


「ドゼリー・レザインよ。貴様のリオやシャーテル諸国連合に対する行いの全ては、万死に値するものだ。今ここで己の行いを悔い改めるのであらば、楽に死なせてやる」


「た、頼む、助けてくれ! 金ならいくらでもやる、金で足りないならこの国の総督の地位もやろう! だから、命だけは……」


 反省の言葉も態度もなく、ドゼリーはひたすら命乞いを繰り返すばかりだった。太った身体を丸め、土下座する姿は醜く肥え太った豚のようである。


 その姿を見て、アイージャは嫌悪感を隠そうともせず唾を吐きかける。一方、ドゼリーは命乞いを続けながら、懐に隠し持った空の砂時計をこっそり取り出す。


「頼む、頼むよ……この通りだ、だから……死ねぇ!」


「ん? なんだ、そんなモノを見せ付けて。手品でもするつもりだったのか?」


「な、何故だ!? 何故何も起こらんのだ!」


 ドゼリーが取り出した魔道具は、砂時計の器の中に二つの魂を封じ込め、無理矢理一つに混ぜ合わせてしまう非道なものだ。本来、この場面で用いるような代物ではない。


 キルデガルドの説明をろくすっぽ聞かず、ただ凄そうだからと言う理由で購入した、文字通りの使えないガラクタであった。アイージャは蔑みの表情を浮かべ、器を蹴っ飛ばす。


「もうよい。貴様がまっっっったく反省していないということはよく分かった。判決を下す。貴様は死刑だ。己の愚かさをあの世で永遠に悔やむがよい! コキュートス・ペイン!」


 今、ドゼリーに最後の審判が下される。アイージャは大きく息を吸い込み氷のブレスを吐く。細かい氷の粒がドゼリーを身体の中に入り込み、内側から少しずつ凍らせていく。


 それと同時に、鋭いトゲの塊へと変化し、肉体を内側から傷付け破壊していく。あまりにも激しい地獄の痛みに、ドゼリーはのたうち回り絶叫する。


「ぎゃあああああ!! 痛い、痛い痛い痛い痛いいいぃ!!」


「リオは捨て身の攻撃で仲間を救い、傷を負った。癒えにくい傷だ。貴様にも……同等の痛みを与えてやる。そう簡単には死ねん。もがき苦しむのだな」


 そう言うと、アイージャは万が一に備えてドゼリーの手足を凍結させ、踏み砕いて逃げられないようにする。ドゼリーは今さらながらに許しを乞おうとするも、もはや苦痛の叫びしかあげることが出来ない。


「がっはあああぁ! 痛い、痛いいいぃ! 嫌だああああ!! こんな、こんな死に方はしたくないいぃ! 誰か、誰か助けてくれええぇ!!」


 アイージャが去った後、ドゼリーは無様に泣き叫ぶ。己の欲望のために圧政を敷き、暴虐を働き、リオやシャーテル諸国連合を陥れようとした報いを、今ここで受けた。


 痛みに耐えることも出来ず、かと言って舌を噛み切って死ぬ度胸もない。そんな愚かな男の叫びが、虚しく別荘にこだまする。後に残るのは、血溜まりと死体と、かつての暴君だけだった。


「……いい声だ。自害する気概すらないクズには、いい末路だ」


 ダンスレイルたちと合流するため別荘の外に出たアイージャはそう呟く。そんな彼女は知らなかった。ドゼリーの荷物の中で、竜のオカリナがひとりでに音色を奏でていることを。

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