50話―屍肉たちの強襲

 一方、カレンたちも目的地であるユグラシャード西端の町トラルバへたどり着いていた。トラルバもスレッガ同様キルデガルド配下の屍兵によって、廃墟にされていた。


「……ひっでぇもんだな。ガレキの山じゃねえか。こりゃ生存者はいなさそうだ」


「ここまで町を無残に破壊するとは。エルフたちも浮かばれまいに」


 カレンとアイージャは徹底的に破壊された町の中を探索し、生存者を見つけようとする。が、スレッガとは違い彼女たちは生存者を見つけることは出来なかった。


 馬車の番をしていたダンスレイルは、町を探索する二人を見ながら静かに黙祷を捧げる。彼女には薄々分かっていた。この町は根絶やしにされたのだということを。


「……姉上。残念だが生存者は一人もいなかった。町の状況を見ても、昨日か一昨日くらいに襲われたと見て間違いない」


「だね。思えば、道中で襲ってきた盗賊たち……。あいつらは間違いなく私たちの到着を遅らせるための刺客だろうね」


 アイージャが先に馬車に戻りダンスレイルと話をしていると、そこにカレンが戻ってきた。何かを見つけたらしく小走りで二人の元へやってくる。


「おーい! 二人とも朗報だ。一軒だけ壊されずに残ってる家があったぞ! そこに生存者がいるかもしれねえ」


「本当かい? なら行ってみようか。アイージャ、行くよ」


「了解した」


 姿くらましの魔法を馬車にかけて隠した後、カレンの案内に従い町の奥へ向かう。果たしてカレンの言う通り、町の奥にポツンと一軒だけ家が残っていた。


 が、周囲にある家屋が瓦礫の山と化している中一軒だけ傷一つなく放置されている家を見て、アイージャとダンスレイルは違和感を覚える。


「……カレンよ。お主は違和感を持たんのか? どう見ても怪しさ全開だろうに」


「んなこたわぁーってんだよ。でも中に生き残りが立て籠ってるかもしんねえだろ? もし罠ならさっさと逃げりゃいいしな」


「やれやれ、仕方ないねぇ。いいよ、行こうか。アイージャ、哨戒は任せたよ」


 ため息をつきながらも、ダンスレイルは先頭に立って家に近付いていく。その直後、何かを察知したアイージャがダンスレイルたちに向かって叫ぶ。


「気を付けよ、二人とも! 何者かは分からぬが気配が近付いているぞ!」


 アイージャの言葉に反応し、カレンたちは咄嗟に後ろへ飛び退く。次の瞬間、二人が立っていた場所に地中から伸びたトゲが現れた。


「外レタ……。せっかく罠モ用意したノニ、これじゃ意味ないカナ」


 攻撃を避けたカレンたちの元に、抑揚のない声が響く。声のした方を見ると、いつの間にか家の屋根に紫色のドレスアーマーを着た一人の少女が立っていた。


「貴様、何者だ? さっきまで誰もいなかったはず。名を名乗るがいい」


「私は……トリカブト。死に彩られた娘たちデス・ドーターズの三女。ズット、お前たちを待ってタ。ここで仕留めてヤルためにネ……!」


 キルデガルドの娘の一人、トリカブトはそう答えた後両手を頭上に掲げる。オーケストラの指揮者のように指を振ると、大地が激しく震え始める。


 瓦礫の山を吹き飛ばしながら、地中からトゲの生えた木の根が無数に出現する。そのうちのいくつかは先端部分に丸い膨らみがあり、不気味にうごめいていた。


「またキモいもんが出てきたな……。二人とも、やるぞ!」


「分かっておる。ゆくぞ!」


 膨らみが付いていない木の根がうごめき、カレンたちを串刺しにしようと襲いかかる。アイージャはアムドラムの杖を掲げ、白銀の鎧を身体に纏う。


「こんなトゲ如きで、妾の鎧を貫くことなど出来ぬ! ダークキャノン!」


 アイージャは鎧で木の根をブロックしつつ、手のひらに魔力を集め闇の砲弾を発射する。木の根が粉砕され、地面に散らばる。


「ハッ、こんな子ども騙し……アタイにゃ無意味だぜ! 戦技、スウィングインパクト!」


 カレンもアイージャに負けじと金棒を呼び出し木の根を叩き潰していく。その内、静止していた膨らみの付いた木の根が動き始めた。


「フン、何をするつもりかは知らぬがこれも粉砕……何っ!?」


「残念。私ガ何も考えてナイとでも思った? おいデ、屍兵たち!」


 アイージャが膨らみを魔法で撃ち抜くと、中に隠れていた屍兵たちが飛び出してきた。手に手に剣や槍、斧を持ったエルフの屍兵が三人を取り囲む。


 ダンスレイルは戦況が悪化したと見るや、素早く呼び笛の斧を作り出し空中に浮かべる。口笛を吹きながら、斧を飛ばし屍兵たちの首をはねていく。


「この程度の数じゃ、私の相手にはならないねぇ。ほら、もう一丁追加だよ。ついでに、邪魔な残りの膨らみも潰してあげるよ!」


 もう一つ斧が追加され、まだ割れていない木の根の膨らみを中に潜んでいた屍兵ごと両断していく。残りの屍兵や木の根を処理していたカレンは、思わず呟きを漏らす。


「つええな、ダンスレイルは。こりゃ楽に勝てそうだ」


「……いや、どうやらそうもいかなさそうだ。見なよ、トリカブトとか言うの、全然動揺してない」


 カレンの呟きを聞いていたダンスレイルは、いまだ屋根の上に陣取ったままのトリカブトを指差す。彼女の指摘通り、トリカブトは屍兵と木の根を全滅させられても平然としていた。


 クスクスと笑いながら、懐に手を突っ込み小さなビンを取り出す。ビンの中は真っ赤な液体で満たされており、それを見たアイージャはどこか胸騒ぎを覚える。


「なんだ……? あのビンの中の液体、見ているだけで胸騒ぎがしてくる……」


「奇遇だね、アイージャ。私もだよ。あの液体……一体なんなんだ?」


「なんだよ、そんなにアレが気になるのか? アタイは別にそんなことないぞ?」


 ビンの中の液体に強い警戒心を抱くアイージャたちを見て、カレンは不思議そうに首を傾げる。そんな彼女たちを見下ろしながら、トリカブトはうっすらと笑みを浮かべる。


「知りタイ? でも教えナイよ。母様から貰った秘薬の力……見せてアゲル」


 そう言うと、トリカブトはビンの蓋を開け液体を飲み干す。それを見たダンスレイルは、何かを仕掛けてくる前に潰そうと呼び笛の斧を飛ばす。


 アイージャもそれに合わせ、両手に魔力を集め闇の魔法をトリカブト目掛けて発射する。


「何をするつもりかは知らないけど、やらせはしない! 行け! 呼び笛の斧!」


「うむ。何もさせずに勝つが上策! ダークレイザー!」


「フフ。ムダだよ。まだ試作段階ダケド……母様の研究の成果、見せてアゲルよ!」


 トリカブトはこれまでとは一変し、語気を荒げながらニヤリと笑う。大きく飛び上がって斧と闇の魔法を避け、地上にいるカレンたちを飛び越え着地する。


 すると、三人に倒されたはずの屍兵たちが起き上がりトリカブトに殺到する。カレンたちには目もくれず、一心不乱に少女の元へ突き進んでいく。


「な、なんだ? あいつ、一体何を狙ってやがる!?」


「分からない……。でも、一つだけ言える。厄介な事態になりそうだってね」


 ダンスレイルは呼び笛の斧を手元に呼び戻し、グッと握り締める。次の瞬間、トリカブトに群がっていた屍兵が溶け水飴のように混ざり始めた。


 混ざりあった元屍兵はピンクと紫が混ざった不気味な色の塊となり、少しずつ人の形に変わっていく。カレンたちは変化している間にトリカブトを仕留めようとするが……。


「オラッ! ……クソッ、なんつう弾力だ! アタイの金棒が弾き返されちまう!」


「参ったね……。私の斧もダメだ。刃こぼれとまではいかないが……これは本当にまずいぞ」


 ダンスレイルの首筋を、冷や汗が伝り地面に落ちる。ただ一人アイージャが魔法を撃ち込み変化を止めようと健闘するも、トリカブトの目論見を阻止することは出来なかった。


「アハハハハ! これが母様から託された切り札……リビングスライムアーマー! 屍肉を纏った私ハ……無敵だヨ!」


 トリカブトは屍兵たちを取り込み、巨大な屍肉の騎士へと変貌していた。右手には剣を、左手には盾を。そして、本体を守る弾性に満ちた屍肉の鎧を纏い、カレンたちを見下ろす。


 カレンに狙いをつけたトリカブトは、右手に持った剣を振り下ろし攻撃する。カレンは横っ飛びに剣を避けつつ、ダンスレイルに向かって大声で呼びかける。


「どうする!? アイージャしかまともに相手出来なさそうだぞ!? このままじゃやべえことになる!」


「大丈夫さ! ここには……この私がいるんだからね! 見せてあげるよ、この私の……ビーストソウルを!」


 そう口にし、ダンスレイルは目を見開く。彼女の瞳は、猛禽類のような獰猛さを宿していた。

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