26話―スフィンクスの謎

 スフィンクスの言葉に、リオはきょとんとしてしまう。己より遥かに大きい魔物を見上げ、首を傾げながら問い返す。


「え? と、問い?」


「その通りィ……。分かりやすく言えば謎かけだ。お前が四つの謎全てに正解を出すことが出来ればァ……この先へ通してやろう」


 そこまで言った後、スフィンクスはただし、と言葉を続ける。どこか妖艶な光を宿した瞳をリオへと向け、舌なめずりしながら続きを話す。


「もし一問でも間違えればァ……お前は私の伴侶として一生ここに残ってもらうぞォ」


「伴侶? 伴侶ってなぁに?」


 言葉の意味を理解出来ていないリオが問い返すも、スフィンクスは含み笑いをするだけだった。ジッとリオを見下ろし、心の中で悪どい笑みを浮かべる。


(クフフフ……無礼者であれば取って食うつもりでいたがァ……この者、なかなかどうして可愛いではないか。一人でいるのにも飽きてきたしなァ……つがいにするのによさそうだ)


 そんなことを思いながら、スフィンクスはどんな謎を与えようか考え始める。しばらくして、その場に座り込み第一の謎をリオに投げ掛けた。


「では……最初の謎を与えるゥ。見事正解してみせるがいい。『我は伸びる者。伸びれば伸びるほどお前から遠ざかり離れていく。やがて我は地に着くであろう』……我とはなんだ?」


 最初の謎を聞いたリオは、額にしわを浮かべ考え始める。うんうん唸りながら正解が何か考えるリオを見て、スフィンクスはうっとりしていた。


 少しして、リオは正解を閃いたのか耳をピンと立てる。自信に満ちた笑みを浮かべ、堂々と仁王立ちをしながら大声で答えを口にする。


「分かった! 答えは髪の毛! どう? 正解かな?」


「クフフフ……見事だ。お前は礼儀正しいだけでなく頭も冴えるようだなァ」


 見事正解し謎を解いたリオに、スフィンクスは称賛の言葉を送る。久しぶりに現れた知恵者を前に、神殿の女王はやる気をみなぎらせる。


 次なる謎を瞬時に考え出し、リオに問いかけた。次は絶対に解けまい。そう確信しながら。


「さあ、第二の問いだァ。今度も正解出来るか試してやろう。『我は無限の顔を持つ者。我は見る者によってその姿を幾度も変える。一つとして同じ顔はない』……我とはなんだ?」


「うう、さっきのよりも難しいのが出てきた……」


 第二の謎を聞かされたリオは、その場に座り込み考え始める。今度はなかなか答えが浮かんでこないらしく、さきほどよりも険しい表情を浮かべ唸る。


(ああ……悩む顔もまたなんと可愛らしいことか。さあァ、少年よ間違えるのだ……そうすれば私の伴侶にィ……)


 そんなことを考えつつ、スフィンクスはニヤニヤと笑う。彼女もまた、リオの可愛らしさに魅了されつつあった。それからしばらくして、ようやくリオは答えを思い付く。


「やっと分かったぞ……。答えは鏡だ!」


「……フッ。正解だァ。今度の問いは自信があったのだが……よく正解したものだなァ」


「えへへ、それほどでも……」


 またもや誉められたリオは、嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべる。そのふにゃりとした笑顔に、スフィンクスの理性が一気に削られていく。


 すぐにでもリオを手篭めにしてしまいたいという欲望に必死に抗いながら、スフィンクスは三つ目の問いを考える。たっぷり二十分かけて、ようやく問いの内容が決まった。


「クッ、クフフ……。待たせたなァ、少年よ……。第三の問いだ。心して考えるがいいィ……。『我は全ての者に平等に恩恵をもたらす者。いかなる者も我の歩みから逃れることは出来ぬ。汝らが出来るのは二つの刃で我を刻むことのみ』……我とはなんだ?」


「えー……なんだろう、分かんないよぉ」


 リオの可愛らしさに叩きのめされたスフィンクスは、息も絶え絶えに問いを口にする。そんな状態でも、さらに問いを難解なものに出来るのは流石といったところか。


 より難易度が上がったことにより、リオは答えが分からずゴロゴロ転がり始めた。子どもらしち自由奔放さにスフィンクスは和み、微笑みを浮かべる。


「うーん、うーん……。ダメだあ、分かんないや。ねえねえスフィンクスさん、ヒントちょうだい?」


「ぬうっ……。それはダメだ、ヒントは与えられぬゥ」


 答えが分からないリオは最終手段に出た。スフィンクスにモーションをかけ、ヒントをもらおうとし始める。可愛くおねだりされたスフィンクスは、どうにか拒否する。


「……ダメ、なの?」


「ウグウッ……! 分かった、ヒントを与えようゥ……。時計が答えに繋がるカギだァ」


 リオは瞳を潤ませ、スフィンクスを上目遣いで見つめる。愛くるしい仕草に、スフィンクスはあっさりと陥落してしまう。ヒントをもらったリオは、すぐに答えを思い付いた。


「あっ、分かった! 答えは時間だ!」


「フフフ……そうだ。ヒント有りとはいえどォ……すぐに答えが出るとは流石だなァ」


 理性による抑えがそろそろ限界を迎えつつあったスフィンクスだったが、種としての本能とプライドでどうにか最後の問いを考える。少しして、最後の問いを口にした。


「……これが最後の問いだァ。この問いに答えられぬ時……少年には我が伴侶となってもらうぞォ。『我は朝は四本足、昼は二本足。そして夜には三本足となる』……我とはなんだ?」


 最後の問いを前に、リオは深呼吸をして思考を巡らせる。ここで正解を答えられなければ、全てがムダになってしまう。故に、リオは慎重に考える。


 この謎の答えがなんなのかを。一方、スフィンクスは静かに座してリオが答える時を待つ。それまで崩壊しかかっていた理性を回復し、真っ直ぐにリオを見つめていた。


「……分かった。この問いの答えが分かったよ。答えは……ヒト、だよね?」


「……クフフフ。正解だ。朝……すなわち産まれた時は手足で這い、昼……大人になってからは二本の足で歩く。そして夜……年老いてからは杖をつき三本の足となる。見事であったぞ、少年よ」


 それまでの仰々しい話し方をやめ、スフィンクスはリオに笑いかける。それと同時に、神殿の最奥部へと続く扉が静かに開いていく。


 リオは認められたのだ。神殿を支配する偉大なる知恵の女王、スフィンクスに。


「行くがいい。この先に、求めるものがあるのであろう?」


「うん。ありがとう、スフィンクスさん」


 スフィンクスにそう言い残し、リオは先へ進む。神殿の最奥部にある部屋の中央には、一つの台座がある。台座の上には黒光りする指輪と、ダンテからの手紙が置いてあった。


「手紙だ……。なんて書いてあるのかな?」


 リオは乱雑に折り畳まれた手紙を開き、目を通し始める。手紙には、試練を乗り越えたリオに対する称賛と、スフィンクスの存在を黙っていたことを詫びる言葉が書かれていた。


 そして、Sランクに到達したリオに相応しい贈り物があることも記されていた。台座に置かれた指輪を手に取り、リオはこねくり回しながらしげしげと眺める。


「これが贈り物かあ……。どんな効果があるんだろ? 帰ったら聞いてみよっと」


 指輪を持ち、リオは元来た道を引き返す。スフィンクスはリオが持つ指輪を見てほう、と感心したような声を出した。


「珍しいものを手に入れたな。それは召喚の指輪と言ってな、高位の魔物と契約し己のしもべにすることが出来る貴重な品だ」


「そうなんだ……。後でダンテさんにありがとうって言わなきゃ」


 ダンテからの贈り物がかなりの貴重品であることを知り、リオは目を丸くする。そして、何かを思い付いた彼はスフィンクスを見上げ声をかける。


「ねえ、スフィンクスさん。もしよかったら僕と契約しない?」


「ほう、面白いことを言う。いいのか? その指輪は一度しか使えぬ。契約の上書きは出来ないのだぞ?」


「うん。僕、スフィンクスさんとなぞなぞするの楽しかったから。それに、こんな寂しい場所でひとりぼっちにしたくないんだ」


 リオからの嬉しい申し出に、スフィンクスは考え込む。この神殿は僻地にあるせいで冒険者たちも滅多に訪れず、知性を持つ魔物もいない。


 またひとりぼっちで甲冑のふりをする日々に戻るのは嫌だと考え、スフィンクスは頷く。リオのしもべになる道を、彼女は自ら選んだ。


「その申し出、ありがたく受けるとしよう。では少年よ、その指輪を身に付けるのだ」


「うん。これでいい?」


 リオは左手の人差し指に指輪を嵌め、手をスフィンクスの方へ差し出す。スフィンクスは指輪に顔を近付け、目を閉じて静かに祈り始める。


 すると、スフィンクスの身体が白い光を放ちながら溶けるように消えていく。指輪の中に光が吸い込まれていき、あっという間にいなくなってしまった。


「あれ!? スフィンクスさーん、どこにいっちゃったのー!?」


 キョロキョロと周囲を見渡しているリオに、指輪の中からスフィンクスの声が響いてくる。


『案ずるな、主よ。私は指輪の中にいる。私の力が必要になったらいつでも呼ぶがいい。これからよろしく頼むぞ? 我が主人たる者よ』


「よかった、指輪の中にいたんだね。これからよろしくね、スフィンクスさん」


 リオは指輪を撫でた後、神殿の外へ向かって歩き出す。数多くの土産を持って、帝都へと帰っていった。

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