120話―一つの終わり、一つの始まり
槍が砕かれた瞬間、バウロスの動きが止まった。直後、苦しそうに呻きながら、胸を押さえその場にうずくまる。槍に秘められた不死の力が消え去ったのだ。
「ぐ、が……! バカな、我が槍が砕かれるなど……!」
「リオ! 今のうちにトドメを!」
「うん!」
バウロスの不死の力が消滅した隙を見逃さす、カレンが叫ぶ。リオは彼女の声に応え、決着を着けるべく走り出す。魔力を練り上げ、己の中に眠る獣を解き放つ。
「ビーストソウル、リリース! これで終わりだ、バウロス!」
「まだ、だ……! 槍を失ったとて、まだ……負けるわけにはいかぬ!」
バウロスは己の両腕を槍へと変え、なおもリオへ挑みかかる。その闘志に敬意を表し、リオは己の最大の奥義をもってバウロスを屠りにかかる。
凍てつく冷気がリオの両腕を包み込み、三つの爪を備えた氷爪の盾を作り出す。腕を交差させ、渾身の力を込めた最強の必殺技をバウロスに叩き込む。
「トドメだ! アイスシールドスラッシャー……クロスエンド!」
「ぐ……がああああ!!」
氷の爪がバウロスの身体を切り裂き、遥か遠くへ吹き飛ばす。不死の力を失ったバウロスにとって、息絶えるには十分な威力の技だった。
「やったぁ! ついにバウロスを倒したよ! やったねリオくん!」
「うん! 二人の協力があったからだよ、ありがとう、クイナさん、お姉ちゃん」
無事バウロスを討ち取ったリオは、カレンたちにお礼の言葉を述べる。三人の力を合わせたからこそ掴み取れた、価値のある勝利であった。
しかし……。
「おい、なんか部屋が揺れてねえか? リオ」
「ホントだ……わあっ!」
最初に異変に気が付いたのは、カレンだった。続いてリオとクイナも異変に気付く。彼らが戦っていた部屋が激しく揺れ始めると同時に、頭の中に声が響き渡る。
『――去るがいい、資格なき者よ。勇気、知恵、博愛……まだお前たちは三つの鍵しか持っていない。神の御所より消えよ!』
声が終わった瞬間、部屋が崩壊し始める。資格なき異物たるリオたちを排除するべく、聖礎エルトナシュアを守る意志が動き始めたのだ。
リオは急いで界門の盾を作り出し、カレンやクイナと共に元いた広場へ脱出する。門の向こうに転がり出た直後、部屋は完全に崩壊し盾も消えてしまった。
「あ、危なかった……。もう少しで死んじゃうとこだった」
「危機一髪ってやつだな。でも、ま、こうして無事生還出来たんだしよしとしようぜ、リオ」
「そうそう。終わり良ければ全て良しって言うしね」
無事
いまだファルファレーは姿を見せず、残り二つの鍵も行方が知れないままだ。キュリア=サンクタラムを守るためにも、必ずファルファレーは倒さねばならないのだ。
「まあ、とりあえずはフォルネシア機構に行こうよ。エリルさんたちに報告しなきゃいけないこと、いっぱいあるしね」
「だな。んじゃ、早く行こうぜ……って、生き方知ってるのかよ?」
「うん。こっそりメルナーデさんに教えてもらったんだ」
リオはジャスティス・ガントレットを掲げ、祈りを捧げる。虹色の光の柱が分厚い雲を切り裂き、空から降り注ぐ。リオたちは光の柱に飲まれ、広場から消え去った。
◇――――――――――――――――――◇
「……感じる。感じるぞ。バウロスまでもが敗れ……我が子らは全滅したようだな」
見渡す限りの全てが灰色に染まった異形の地にて、ファルファレーはそう呟く。配下が全滅したことを悟ったかの偽神は、顔をしかめ舌打ちをする。
――使えぬ部下への侮蔑の意味を込めて。
「本当に使えぬ奴らだ。鍵を一つも奪えぬばかりか、新たな魔神の誕生も防げぬとは。……まあよい。全てはこの計画の始動のための捨て石と思えばいいだけのこと」
そう呟き、ファルファレーは荒野を歩く。微生物すら存在しない、文字通りの死の大地――『事象の地平』と呼ばれる場所に、彼は来ていた。
己の目論む計画――
「いるのだろう? 姿を現すがいい。かつて創世六神として崇められながらも、禁を犯し追放されし者……異神たちよ!」
ファルファレーは両手を掲げ、叫びを上げる。すると、どこからともなく風が吹く。生暖かく、不気味な風が。そして、風の中から声が響いた。
神々の制裁により肉体を失い、魂だけの存在となった異神たちのしわがれた声が。
『何者ぞ……? ここは事象の地平。最も罪深き者たちの牢獄。肉を持つ者よ、何故ここを訪れた?』
濃い霧がファルファレーの周囲を囲み、無数の人の顔を形作る。偽神は臆することなく、己の目論見を異神たちに語って聞かせた。
「知れたこと。お前たち異神の中には、再び肉体を取り戻し大地へ舞い戻らんとする者らがいると聞く。その者たちに配りに来たのだよ。宴への招待状をな」
『ほう……? 面白い、聞かせてみよ』
大半の異神は興味を示さなかったが、何人かはファルファレーの言葉に耳を傾ける。彼から聞かされた壮大な計画に、野心を持つ者たちはニヤリと笑う。
『素晴らしい計画だ。よかろう、手を貸してやる。しかし、我らが力を使うには器が必要だ。用意出来るのだろうな?』
「問題ない。すでに四つ確保してある。運が良ければさらに増えるだろう。さあ、我と共に宴を開こう。大地を蹂躙し、我らの理想郷を作るために!」
『その話、乗った。では、まずお前に我が力を託そう。大地を守る結界を破壊するには……かつて闇寧の神と呼ばれた我が力が必要だからな』
「協力に感謝する、かつての神々よ。ククク……ベルドールの子孫どもよ、今度こそ貴様らは終わりだ。旧き神話の力で、完膚なきまでに叩き潰してくれるわ!」
異神たちの協力を取り付けたファルファレーは、大声で笑う。彼に同調しなかった者たちは去り、四人の異神たちが残った。彼らもまた笑う。
何億年もの間野心を抱き続けてきた彼らにとって、ファルファレーの申し出は喜ばしいものだったのだから。神の脅威が、リオたちに襲いかかろうとしていた。
◇――――――――――――――――――◇
バウロスとの戦いから、七日が過ぎた。相変わらずアイージャとダンスレイルは昏睡状態に陥ったままであり、目を覚ますことはなかった。
リオは毎日宮殿に通い、二人の様子を見る。いつ二人が目覚めてもいいように、自身の寝食も忘れ身の回りの世話を一人でしていたのだ。
「二人とも、まだ目覚めないね……」
「そうだな。早く目覚めてくれりゃいいんだけどよ」
その日はリオにカレンが同行していた。目の下に隈が浮かび、フラフラしているのを見かねたのだ。二人の身体を拭き、着替えを終わらせた後、カレンは心の中で呟く。
(なあ、何があったかは分かんねえけどよ。早く目覚めろよな。リオをこんなになるまで心配させやがって……)
そんなカレンの隣で、心配そうにリオが呟いた。声はか細く、不安に満ちている。
「いつ目が覚めるかな……。早く起きてくれたらいい、な……」
「リオ!? おい、しっかりしろ! リオ!」
無理が祟り、リオは気を失ってしまった。次に目が覚めた時、リオは見知らぬ部屋の中にいた。
「あれ? ここは……」
『目が覚めたかな? 君の魂をここに呼び寄せるのにだいぶ苦労したが……どうやら儀式は成功したようだ』
「誰!? どこにいるの!?」
どこからともなく、リオの耳に落ち着いた男の声が聞こえる。振り向くと、そこには一人の男がいた。顔は片目以外が黒いもやに覆われ、漆黒の鎧を着ている。
『おっと、これは失礼した。まだ名乗っていなかったな。余はグランザーム。全ての魔族を束ねる者なり』
「お前が……!」
予想外の状況に、リオは驚愕する。身構える彼に対し、魔王は両手を上げ敵意がないことをアピールする。
『まあ待つがいい。余はお前を殺すためにここへ魂を呼び寄せたのではない。話がしたかったのだ』
「話? 話ってなにさ」
不信感を抱きつつ、リオは問う。魔グランザームから返ってきたのは、予想を遥かに越えた言葉だった。
『単刀直入に言おう。盾の魔神よ。余と手を組み、偽りの創世神を討たぬか?』
――運命の選択肢が、リオに突きつけられた。
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