247話―歌姫、その名はプレシア

 翌日。リオは地図を片手に、アイージャを連れ歌姫ディーヴァが宿泊している宿へと向かう。朝もやの晴れぬなか、人通りの少ない道をゆく。


 そんな彼らを、物陰から尾行する者たちがいた。ドゼリーの配下であるエージェントたちだ。彼らはとある密命を帯び、主より一足早く大シャーテル公国に密入国してきた。


「……あの子どもだな。総督閣下がおっしゃっていたターゲットというのは」


「ああ。今なら人通りがほとんどない。やるぞ」


 四人のエージェントたちに与えられた任務は二つ。一つは、リオを拉致してレンドン共和国まで連れてくること。もう一つは、もし一つ目の任務をしくじった際に冤罪の布石を作ることだ。


 リオをレンドン共和国まで連れていってしまえば、いくらでも偽りの罪を被せ、賠償金をふんだくることが出来る。失敗したとしても、今後の布石を敷けるなら問題はない。


 そう判断し決行された作戦だったが……。


「よし、行くぞ」


「おや、どこに行くんだい? そっちにいるのは、可愛い少年と保護者だけだよ、お兄さんたち」


 人が減ったタイミングでリオに襲いかかろうとするエージェントたちだったが、背後から声をかけられ反射的に振り向いてしまう。それが間違いだったことに、彼らはすぐ気付く。


「何者……ぐあっ!」


「悪いね。私たちの目が黒いうちは……余計なことは一切させないよ」


 一番後ろにいたエージェントが振り返った瞬間、こめかみにステッキの先端が叩き込まれる。攻撃を行ったのは、昨日リオと共にマジックショーをした女……ミス・エヴィーだった。


「なんだ、お前は!」


「知りたいかい? ま、だったら教えてあげるよ。私はプリンシア大芸団。またの名を……王の影シャトラの輪とも言う」


「! お前が、あの……」


 ミス・エヴィーの言葉に、エージェントたちは動揺する。公王に仕え、目や耳となり影の仕事を行う者たちがいるという噂は彼らも知っていた。


 しかし、それはあくまで噂であり、そんな者たちが実在するわけがない……今この瞬間まではそう思っていた。だが、現実は違った。


「お前たちの主が、何かよくないことを企んでいるのは分かっているんだ。その企みを暴くためにも……君たちにしてほしいものだねえ」


 艶やかな笑みを浮かべながら、ミス・エヴィーはそう告げる。エージェントたちは懐から短剣を取り出し、一斉に構えた。大人しく従うつもりは、微塵もないようだ。


「断る。我らは密命を帯びてここに来ている。貴様らに屈するものか」


「そう。じゃ、華麗に、そして流麗に……排除させていただこう」


 ミス・エヴィーはそう答えると、素早く服の内ポケットに右手を入れ、三枚のトランプを取り出し投げつける。二人は短剣で弾き落とすことが出来たが、最後の一人は失敗した。


 トランプが身体に触れると電流が流れ、エージェントは倒れ込み気絶してしまった。残り二人となり、エージェントたちは一旦退却しようとするが……。


「やだなあ、どこに行くんだい? おいらたちから逃げられるわけないだろー?」


「くっ、仲間か!」


 エージェントたちを挟み撃ちにするように、反対側にさらなる刺客が現れた。身の丈ほどもある大鎚を担いだ、オーバーオールを着たピエロは愉快そうに笑う。


「やあ、エヴィー。楽しそうだからつい来ちゃったよ」


「おや、来たのかいジャック。それじゃ、さっさと片付けるとしようか。そろそろ、少年が見えなくなってしまうからね」


「や、やめろ……来るな……」


 挟み撃ちにされたエージェントたちのくぐもった悲鳴が、物陰にこだまする。しばらくして、物陰にいた者たちは全員いずこかへと消え去った。


 彼らがどこに行ったのか、知る者は誰もいない。



◇――――――――――――――――――◇



「やっと着いたね。ここに歌姫さんがいるんだ」


「ふむ、大きな宿だな。流石、歌姫ディーヴァとやらは金持ちなようだ」


 自分たちの知らないところで何が起きていたのかも気が付いていないリオとアイージャは、何事もなく歌姫ディーヴァが宿泊している宿にたどり着いた。


 大理石で作られた豪華な造りの宿に気圧されつつも、リオたちは中に入りフロントへ向かう。すでに話はホテル側にも通っているらしく、歌姫ディーヴァのいる階を教えてもらえた。


「どんな人なのかな……ちょっと緊張しちゃうなあ」


「なに、案ずるでない。無礼な物言いをしてきたら妾が仕置きしてくれるわ」


 歌姫ディーヴァがいる部屋の前まで来たリオは、今さらながら緊張してしまう。そんなリオを和ませようと、アイージャは軽い冗談を口にする。


 苦笑いをしつつ、緊張がほぐれたリオは部屋の扉をノックし、来訪を告げる。すると、勢いよく扉が内側に開き、呼吸用メットを被った少女が現れた。


「きゃー! ほんとに来てくれた! 入って入って! 遠慮なんてしなくていいから!」


「え? わあっ!」


 しょっぱなからハイテンションな歌姫ディーヴァに手を掴まれ、有無を言わさずリオは部屋の中に連れ込まれてしまった。アイージャがポカーンとしている間に扉が閉まり、鍵がかけられてしまう。


「……ハッ! しまった! こら、妾も中に入れろ!」


 アイージャは扉を叩き、自分も中にいれろと叫ぶ。が、どうやら内側から防音の魔法をかけたらしく、反応が返ってくることはなかった。


 一方、部屋の中に引き込まれたリオは、歌姫ディーヴァの隣に座らされていた。腕に抱き着かれて動けずにいると、マネージャーの女性が謝ってくる。


「ごめんなさいね。あの娘……プレシアはあなたの大ファンなもので、興奮しちゃったみたい」


「えへへ~。ようやく会えたね~。わぁ、耳もふわふわ~」


「うひゃっ!? み、耳はダメだよぉ~」


 歌姫ディーヴァ――プレシアはデレデレしながらリオの猫耳をさわさわしていた。このままでは話が進まないため、プレシアはマネージャーによって引き離される。


 リオの向かいのソファに座らされたプレシアは、せっかくのふれあいを邪魔されたことに腹を立てつつも、改めてリオに自己紹介を行う。


「それじゃあ、自己紹介をしましょう。わたしはプレシア。ロモロノス王国が誇る、歌って踊れる魅惑の歌姫ディーヴァです! よろしくね、魔神さん」


 そう言うと、プレシアは立ち上がりくるっと一回転した後決めポーズを取る。南国の空を思わせる水色と白の花模様が可愛らしいパレオを着ており、リオは寒くないのかなと内心思う。


 互いに自己紹介を終えた後、早速翌日に行われるコンサートの打ち合わせが始まった。コンサートは二部構成となっており、プレシアが一人で歌う第一部と、リオとデュエットする第二部に別れている、とのことであった。


「各部二十分ずつ、合計四十分ですね。それで、リオさんには後半の二部で一緒に歌ってもらうことになります」


「そうなんですね……。うう、僕うまく歌えるのかな……」


「だいじょーぶだよ、わたしが教えてあげる! よーし、早速外でれんしゅ……」


「オラッ! 扉ごときで妾を止められるものか!」


 プレシアはリオを連れてベランダに行こうとする。その時、部屋の扉が蹴破られアイージャが姿を見せた。のけ者にされたことで、額にはピキピキと青筋が浮かんでいる。


「妾を閉め出すとはいい度胸をしておるわ……。そこに直れ、げんこつをくれてやる」


「あら、ごめんね~。いるのに気付かなかった~。てへっ」


 怒りが爆発寸前のアイージャに対し、プレシアは可愛く笑って誤魔化そうとする。が、その程度で惑わされるようなアイージャではなく、脳天にげんこつを叩き込んだ。


「いったーい! 何するのよ、この猫ばばあ!!」


「ば、ばば……ふっ、なるほど。生意気な小娘には『教育』が必要なようじゃな。ちっとばかし手痛いやつが、な……」


「じょーとーよ! かかってきなさい、けちょけちょんにしてやるんだから!」


 一触即発の状況のなか、プレシアの一言で戦いが始まった。止めようとするリオだったが、マネージャーに止められ隣室へ避難させられる。


 あれくらいはお仕置きとしてちょうどいいのだ、とマネージャーは語った。


「あの娘、結構調子に乗りやすいから……。あのくらいなら、お灸を据えるのにちょうどいいわ」


「は、はあ……」


 隣の部屋から聞こえてくるプレシアの悲鳴と、何かを叩くスパーンという音を聞きながら、リオは顔をひきつらせる。別の意味で、新たな騒動が起ころうとしていた。

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