183話―ヤウリナへようこそ!

 五日後……リオたちはレンドン共和国の最果て、リッタンポートの町に到着した。ダンスレイルのおかげで想定の半分の日数で到着出来たことを喜びつつ、ヤウリナ行きの船を待つ。


 港の船舶管理局へ行き、ヤウリナ行きの船が出るのかを確認する。幸い、二時間後に客船が出るらしくそれまでリオたちは暇を潰すことにした。


「二時間かぁ。しっかし、こんな寂れた港町で何して待ちゃいんだか」


「だね。それにしても、あまり人も見かけないねぇ」


 港には活気がなく、かと言って暇を潰せそうな場所も見付からなかったためリオたちは酒場に向かった。カレンたち大人組はコーヒーを、リオはジュースを飲む。


 表通りを見ながら、カレンとダンスレイルが呟きを漏らす。港町であるにも関わらず、ほとんどの船は停泊したままで漁師らしき人々の姿もほとんどない。


「嬢ちゃんたち、この国は初めてかい? 仕方ねえんだ、この国はどの町もこんな状況だよ」


「そうなの? おじさん」


 その時、奥の席で酒を飲んでいた二人組の男のうち、背の高い男が声をかけてきた。リオが答えると、今度は小太りな男が話しかけてくる。


「そうなんだよ。この国を治めてるのは四大貴族の一角、レザイン家なんだけどね……これがまあがめついんだ。魔王軍との戦いだってんでいろいろ徴収してくんだよ。モノもカネも、ヒトもな」


「そっか……それは大変だねぇ」


 小太りな男の言葉に、クイナは同情する。いろいろ徴収している割には、領空内に魔族の侵入を許してるじゃないかとリオたちは内心思うも口には出さなかった。


 しばらく二人と話をした後、船が出る時間が迫ってきたためリオたちは酒場を出る。暇潰しに付き合ってくれたお礼を述べるリオに、背の高い男が告げる。


「ああ、そうだ。坊主たち、ヤウリナに行くんだろ?」


「うん、そうだよ」


「……気を付けて行けよ。あの国は大陸とは風習が違う未知の国だからな」


 リオにそう忠告した後、二人組の男たちは酒場を後にした。船着き場に到着したリオたちは、客船に乗り込み海へ出る。目的地であるヤウリナは、もうすぐだ。



◇――――――――――――――――――◇



「……そうか。例の魔神たちがヤウリナに」


「ハッ。ここは刺客を送り、ヤウリナへの到達を阻止した方がよろしいかと」


 エルヴェリア大陸の東、海に囲まれた小さな島国ヤウリナ。そのどこかにある砦に、魔王軍幹部ダーネシアがいた。帰還した斥候部隊の隊長の報告を受け、しばし考え込む。


 彼の言う通り、自身の配下である五行鬼を刺客として送り込みヤウリナに到達される前に始末するのがベストな選択である。しかし、あえてダーネシアはその選択を採らなかった。


 ダーネシアの胸中にある思いはただ一つ。己自身の手でリオと戦い、彼を倒したい。それだけだった。


「……いや、刺客は送らぬ。我々にはヤウリナ攻略の任がある。戦力を割けば、どっちつかずになり敗れかねん。報告ご苦労、休んでいいぞ」


「……かしこまりました」


 斥候部隊の隊長は僅かに不服そうな表情をするも、ダーネシアの決定に異を唱えることはなく部屋を去っていった。彼と入れ替わりに、五人の異形の男女が現れる。


 ダーネシアの配下にして彼の懐刀、五行鬼のメンバーだ。


「主よ、我らをお呼びで?」


「ああ。お前たちの耳に入れておきたい情報がある。例の盾の魔神とその仲間たちが、このヤウリナに向かってきている」


「なるほど。では、我らに迎撃を頼みたい、と?」


 『金』の文字が刻まれた肩当てが特徴的な黄色の鎧を着た男が尋ねると、ダーネシアは首を横に振る。あくまでも、情報を伝えるだけだと念を押した。


「お前たちにはこれまで通り各地の攻略を進めてもらいたい。五つの結界塔を破壊しなければ、ミカドのいるテンキョウへは到達出来ないからな」


「かしこまりました。ですが、万一……かの魔神たちと遭遇した時は……」


「構わん。存分に刃を交えるがよい」


 ダーネシアの言葉に頷き、五人のうち四人は部屋を去った。一人残ったのは、『火』の文字が刻まれたハチガネを頭に巻き、真っ赤な胸当てを身に付けた男だ。


「ダーネシア様、オイラの担当はヤウリナ西端のオーガの里。魔神どもと真っ先に出くわすでしょう。全員っちまっていいですかい?」


「よかろう。ただし、深追いはするなカクト。不利になったら迷わず撤退せよ。命あっての物種だ」


「へへーっ! 見ててくだせえ、奴らの首を手土産に持って帰りまさあ!」


 カクトと呼ばれた男は、好戦的な笑みを浮かべる。連続で宙返りをしながら砦を去り、森の中を駆け抜けていく。強大な敵であるリオと一番槍として戦える栄誉に、笑みが止まらない。


「キャヒャヒャヒャ! 楽しみだぜぇ! 盾の魔神リオ……オイラが返り討ちにしてやる!」


 楽しそうなカクトの笑い声が、森の中にこだましていた。



◇――――――――――――――――――◇



「やっと着いたね。もう夕方になっちゃった」


「だな。ま、アタイの記憶が間違ってなきゃ、この近くに小さな集落があるからそこで休みゃいいさ」


 リオたちは長い船旅を終え、ヤウリナの西端にある小さな港に到着した。すでに夕方になり、陽が傾き初めているなかリオたちは一夜の宿を求め歩き出す。


 カレンに道案内してもらい、一時間ほど歩いたところで小さな集落にたどり着くことが出来た。集落に住んでいる人々はほぼ全員オーガであり、リオたちが見たこともない服を着ていた。


「ごめんくださーい。ここに宿はありますか?」


「おっ、珍しいな。獣人が来るなんて何年ぶりだ? 宿ならあの一番背の高い建物がそうだ。ゆっくりしてってくれよ」


「ありがとう、おじさん」


 畑仕事の帰りであろうオーガの男性にリオが声をかけると、物珍しそうな目で見られつつも親切に宿の場所を教えてくれた。リオは礼を言い、宿へ向かう。


 リオたちが宿に着くと、年若い女将が庭に繋がれたニワトリに餌を与えていた。女将はリオたちに気が付くと、人の良さそうな笑みを浮かべとててと歩いてくる。


「あら、いらっしゃい! お泊まりだね、今ならちょうど人数分の部屋が空いてるよ」


「ホント? じゃあ、一人部屋を四つ……」


「いや、四人部屋を一つで頼むよ、女将さん」


 藁半紙片手に質問してくる女将にリオが答えると、途中でダンスレイルが割り込んでくる。どうあってもリオと同伴させてもらうという、力強い意思が現れていた。


「え゛……」


「あーら、モテモテだねぇおぼっちゃん。あいよ、そんじゃ四人部屋一つね! お夕飯もいるかい?」


「ああ、頼むよ。料金はこれで足りるかい?」


 ダンスレイルはそう言いつつ、懐から金の粒を取り出す。アーティメル帝国で流通している金貨は使えないだろうと考え、あらかじめ用意してきたのだ。


 その読みは的中し、女将は金の粒を喜びながら受け取った。部屋に案内されたリオとダンスレイルは、初めて見る和室に目を丸くしてしまう。


「わあ……凄いや、アーティメルとは違うんだねぇ」


「本で読んだけれど……なるほど、これが和室ってやつか。のんびりゴロゴロ出来そうだ」


「八つの鐘がなったらお夕飯を持ってくるよ。それまでは……ふふふ、ごゆっくり」


 女将はリオを見下ろし、意味深な笑みと言葉を残して去っていった。女将の言葉の意味を察し、女たち三人はそれぞれ違った反応を見せる。


 ダンスレイルはニヤニヤ笑い、カレンは顔を真っ赤にし、クイナは口笛を吹く。一方、全く意味を理解出来なかったリオは首を傾げ、しっぽでハテナマークを作る。


「お姉ちゃん、女将さんの言ってた言葉、どんな意味だったの?」


「ハヘェアッ!? そ、それはだな……その、なんだ、えっと……」


 よりにもよってリオに話を振られてしまったカレンは、すっとんきょうな声を上げてしまう。ダンスレイルとクイナがからかうような視線を向けるなか、カレンは無理矢理話題を変える。


「そ、そんなことよりよ! 先に風呂入ろうぜ風呂! 長旅で汗もかいたしよ、メシの前にさっぱりしようぜ! ヤウリナの風呂はな、アーティメルとは一味違うんだ」


「わーい、お風呂! どんなお風呂かな、僕楽しみ!」


 風呂の話にリオが食い付き、なんとか窮地を脱したカレンはホッと胸を撫で下ろす。一方、ダンスレイルとクイナはつまらなそうにチッと舌打ちをした。


「……もうちょっと面白い光景を見たかったんだけどなぁ」


「クソフクロウとクソサメが……後で覚えてろよ」


 カレンは二人に恨み言をぶつけた後、風呂の場所を聞きに女将を探しに行く。仙薬を探すための旅が今、本格的に始まった。

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