130話―新月に魔狼は吠える

 ――新月。天上に住まう神々の力が最も弱まる、月無き神聖なる闇の夜。グリオニールにとって、満月の夜と同じく、己の全力を発揮出来る絶好の舞台なのだ。


「グルルルアアアア!!」


「な、なんだ……? ダンテのやつ、あんな叫び……っつう……!」


 突風の壁の向こうから聞こえて来る雄叫びに、カレンはどこか言い様のない心のざわめきを感じる。ビウグが風の壁を突破しようとしている間、折られたアバラを再生させようとする。


 その時、突風の壁が四散し中にいたダンテが飛び出してきた。しかし、その姿は人のソレとは大きくかけ離れているものであった。灰色の体毛を持つ、狼人間がそこにいた。


「待たせたな……! 変身完了だ! カレン、ここからはオレに任せろ!」


「わりい、頼んだぜダンテ!」


 ダンテは獣の力を解き放ち、凄まじい速度でビウグへ突っ込んでいく。鋭く伸びた爪を使い、老神を八つ裂きにするべく戦いを挑む。


「待たせたな! てめえのルールになんざ乗ってやるつもりはなかったが……実害が出るなら仕方ねえ! この姿になったからには八つ裂きにしてやるよ!」


「ヒッヒ、面白い。仮装したところでわしには勝てぬということを教えてくれようぞ」


 ビウグはそう言うと、ダンテの腕を掻い潜り掌底を胸板に叩き込む。が、ふわふわの体毛によって衝撃を分散・吸収され目に見えるダメージを与えられない。


 攻撃を難なく耐えたダンテは、お返しとばかりに回し蹴りをビウグの脇腹に放つ。鋭い足の爪が突き刺さり、老神は僅かに呻き声を漏らし後退する。


「くっ、なかなかやるのう。じゃが、この程度ではまだ負けぬ!」


「へっ、だろうな。こっちだってこれで終わるとは思っちゃいねえさ!」


 二人はぶつかり合い、激しい格闘戦が始まった。互いの拳が、蹴りが、爪が……目にも止まらぬ速さで乱れ飛び、敵を粉砕せんと振るわれる。


 カレンはアバラを再生させながら、二人の戦いを見つめる。再生が終わり次第ダンテに加勢しようとしているものの、なかなかそのための隙を見つけられない。


(……こやつ、なかなかに強くなっておる。ここは手早く仕留めたほうがよいな)


 ダンテの振るった裏拳を避けつつ、ビウグは心の中でそう考える。狼の力を宿したことで筋力、瞬発力、動体視力といった各種の身体能力が劇的に上昇したダンテを危険視し始めていた。


 これまでの打ち合いから、ダンテの動きのクセを見切ったビウグはみぞおちに拳をめり込ませ、相手の動きを一瞬止める。そのまま首をへし折ろうとした次の瞬間、ビウグは驚愕した。


 生命の危機を感じ取ったダンテの身体が、明らかにこれまでとは違う獣染みた動きで首を狙った回し蹴りを回避したのだ。


「これは……! 何が起きている!? わしはこれまでの打ち合いでお前の動きは見切った! こんな動きをするわけが……」


「それはダンテの動きを、であろう? なら、まだ私の動きは見切っていないわけだ。違うかな? 異神よ」


 狼狽するビウグに、明らかにダンテのものではない声が投げ掛けられる。それにより、異神は気付いた。今この狼人間を動かしているのはグリオニールなのだと。


 槍の魔神はネックレスを介して素早く意識をスイッチし、肉体の主導権をダンテから譲り受けたのだ。ビウグを翻弄し、体力を消耗させ倒しやすくするために。


「貴様……!」


「残念だったな。ここからは私の時間だ。さあ、灰色の魔狼の力を存分に振るわせてもらおう。我が爪を受けてみるがいい!」


 グリオニールはダイナミックな動きでビウグの周囲を飛び回り翻弄する。鋭く伸びた爪による斬撃を放つ一撃離脱戦法を繰り出し、ビウグにカウンターをさせない。


 無尽蔵のスタミナと獣故の闘争本能を武器に、槍の魔神は少しずつビウグを追い詰めていく。たまらずビウグは後ろに下がり、無意識に自ら禁止したはずの遠距離攻撃をしてしまう。


「このっ! 練気だ……ぐうっ! しまった……」


「ふっ、愚か者め。自ら我らに科した禁を破るとは!」


 天秤が均衡を取り戻し、ビウグに罰が下される。その隙を突いて、グリオニールは長く伸ばした爪を交差させた後一気に振り下ろした。


「受けてみよ! 我が旋風かぜの力が宿りし神殺しの技をな! 奥義……魔狼爪殺法!」


「ぐっ……ぐおあっ!」


 爪の一撃を受け、ビウグは吹き飛ばされ天秤に勢いよく叩きつけられる。モロに攻撃を食らったことでプライドを傷つけられたビウグは、怒りに我を忘れ剣を呼び寄せた。


 怒り狂う彼にとって、己の科したルールなどもはやどうでもいいらしい。グリオニールを仕留めるべく、剣を構え猛スピードで突進してくる。


「貴様ああぁぁぁ……!! 小僧の分際で……このわしに傷を負わせたなあぁぁぁぁ!!」


「……へっ、一撃入れられた途端にブチ切れるたぁ、随分短気なジジイだな! そんなんじゃオレたちには勝てねえぜ!」


「ぐがっ……」


 人格がダンテにスイッチされ、回し蹴りが放たれる。怒りに呑まれ、思考能力が落ちていたビウグは回避もカウンターも出来ずにまともに攻撃を食らう。


 その瞬間、剣の鞘が乗せられているほうの皿が一気に下まで下がりビウグに耐え難い激痛を与える。痛みにのたうち回る老神にトドメを刺そうとしているダンテに、カレンが叫ぶ。


「ダンテ! アタイも手ぇ貸すぜ! あのジジイを仕留めるぞ!」


「おう! 天秤の罰食らわねえように頼むぜ! もうあんな激痛勘弁だからな!」


「任せな!」


 カレンは素早くダンテに向かって駆け寄り、彼の足首を掴んでジャイアントスイングを始める。あまりの回転速度にダンテは方向感覚を失いそうになるも、なんとか耐えた。


「いっけええええぇぇぇぇ!!!!」


「てめえ後で覚えとけよこらあああああ!!!」


 勢いが最高潮に達したところで、カレンは手を離しビウグ目掛けてダンテをブン投げた。あまりにも大雑把かつ適当なコンビネーション攻撃に、ダンテは叫ぶ。


 それでも空中で体勢を整え、ビウグに向かって飛び蹴りを叩き込む体勢になることが出来た。激痛から解放されたビウグはダンテに気付き、剣を捨て迎撃の構えを取る。


「ぐうう……! 負けぬ、負けぬわ! 異神は最強……最強でなければならぬのじゃ!」


「ハッ、だったらその最強伝説もここで終わりだな! 食らえや! 烈風脚擊!」


 ビウグの掌底とダンテの脚が交差する。先に相手に到達したのは――ダンテの蹴りだった。ビウグは身体をくの字に折り曲げ、凄まじい勢いで天秤に叩きつけられる。


「ぐっ……かはっ」


 その衝撃で天秤に亀裂が走り、全体に広がっていく。断末魔の呟きが漏れた直後、天秤が崩壊しビウグは下敷きとなり圧死してしまった。


 皿の上に乗せられていた籠手とテンガロンハットがひとりでにカレンたちの元に戻っていき、それぞれの手に収まる。ダンテは帽子を被り、息を吐く。


「やれやれ……やっと終わったぜ。面倒くせぇじい様だった」


「ま、いいじゃねえか。勝てたんだか……いたっ! てめえ何しやがる! 殴ることねえだろ!」


「うるせえ! 人をおもいっきりぶん投げやがって! もし外れたら死ぬかもせれなかったんだぞ!」


 カレンとダンテは、口喧嘩しながら夜営地へ戻っていく。第二の異神を排除した彼らは、無事夜を明かすことが出来たのであった。



◇――――――――――――――――――◇



「……ここかな? 四つ目のゴッドランド・キーがあるのは」


「我が君、岩の下から空気が流れてきています。恐らく、岩の下に階段があるのでしょう」


 翌日、リオたちは鍵を手に入れるため山頂を探索していた。しばらくして、一行は正方形に整えられた岩を見つける。自然に出来たとは思えない岩を調べていると、ファティマが階段を発見した。


「よし、んじゃここはアタイに任せな。こんな岩……オラッ!」


「わあ、凄い! 一発で粉々になっちゃった」


 カレンは金棒を呼び出し、岩を粉砕して階段を露出させる。リオたちは階段を下り、古びた遺跡の中へ入っていく。階段は小さな部屋に繋がっており、部屋の中央には小さな祭壇があった。


 その祭壇の上に、古びた鍵が鎮座している。リオは祭壇に近付き、鍵を摘まみ取る。間違いなく、第四のゴッドランド・キーであることを確認し、仲間の元に戻る。


「お姉ちゃん! みんな! 鍵が手に入ったよ!」


「でかした! これでミッションコンプリートだな、リオ」


「うん!」


 ダンテの言葉に、リオは頷く。異神との戦いの末、ついに四つ目の鍵を手中に納めることが出来たのであった。

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