270話―そして、彼女は剣を継ぐ

 オルグラムとの戦いから、1ヶ月が経った。この一月の間に、いろいろなことが起きた。破壊されたテンルーの復興、祖国へ戻ったラークスによる圧政の終焉。


 そして、発見されたドゼリーの公開処刑。慌ただしい日々のなか、リオたちは変わらぬ日常を送っていた。そんなある日、魔神たちが聖礎エルトナシュアに集う。


「……エリザベートよ。これより、魔神の力を継承するための儀式を行う。準備はいいな?」


「はい。わたくしはいつでも大丈夫ですわ」


 大聖堂にて、魔神の力を継承させる儀式が始まる。ひざまずくエリザベートの頭、右肩、左肩の順でエルカリオスは剣をトン、トンと置いていく。


 叙勲される騎士のように、エリザベートは目を閉じ頭を下げてエルカリオスの言葉を待つ。エルカリオスは剣を掲げ、厳かな声で話し出した。


「汝、エリザベート・バンコよ。我エルカリオスの力と意思を継ぎ、新たなる剣の魔神となることを誓うか?」


「はい、誓いますわ」


「これより先、数多の艱難辛苦が待ち受けているだろう。それらの乗り越え、戦い続けることを誓うか?」


「はい、誓います」


 いくつかの問答が行われた後、エルカリオスは顔を上げるように告げる。エリザベートが顔を上げると、燃え盛る剣の切っ先が向けられた。


 リオたちが見守るなか、炎はちろちろとエリザベートの方へ移動していく。螺旋を描きながら彼女の身体を包み込み、少しずつ染み込むように吸い込まれる。


「暖かい……」


「……炎とは、命を育む力。その暖かさは、愛する者に温もりを与え、敵対する者に死の熱をもたらす。エリザベートよ、お前がどう活躍するのか、私は楽しみにしているぞ」


 そう言うと、エルカリオスは鞘を取り出す。炎が消えた剣を納め、エリザベートへ差し出した。己の命とも言える剣を渡す。その行為を以て、継承の儀式は終わるのだ。


 エリザベートは頷いた後、神妙な面持ちで剣を受け取る。しっかりと手に馴染む心地よい重さを感じ、新たな剣の魔神は微笑みを浮かべた。


「これにて、継承の儀式は終わりだ。では……余興といこうか。リオよ、かの国での祭りで踊れなかった分、ここで心ゆくまで踊るといい」


「うん。分かった」


 ドゼリーの引き起こした騒動により、大シャーテル公国での祭りと舞踏会は中止となってしまった。気落ちするアイージャのために、エルカリオスが舞台を用意したのだ。


 リオのコネクションを使い、最高峰の楽団と、歌姫ディーヴァプレシアを大聖堂へと招き、魔神たちの舞踏会を行う計画を立てていたのである。界門の盾により、プレシアたちがやって来た。


「やっほー! リオくん、お久しぶり! また会えて嬉しいな!」


「こんにちは、プレシアさん。お忙しいところ、今日は来てくれてありがとうございます」


「いーのいーの! なんたって、リオくんのたの……きゃっ!」


「どーん! それ以上おとーとくんに近付いちゃダメでーす! 離れてくださーい!」


 久しぶりの再会を祝い、リオに抱き着こうとしたプレシアだったが、レケレスに体当たりされ未遂に終わった。レケレスだけでなく、アイージャたちもプレシアを睨んでいる。


 変な虫をつけまいと警戒しているのだ。プレシアとレケレスが言い争いをしている間、祭りが潰れてしまったお詫びとして招待状が送られた客たちが界門の盾を通してやって来る。


 その中には、モーゼルやラークス、レンザーたちもいた。


「やあ、こんにちは。今日は招いてくれてありがとう、リオくん」


「こんにちは、公王さま。今日は目一杯楽しんでいってくださいね」


「ああ、そうさせてもらうよ。どれ、久々にわしも踊るとするかな」


 全ての問題が片付き、久しぶりの休みを謳歌していたモーゼルは、大きく伸びをしてやる気を見せる。そんな彼に、レンザーが茶々を入れる。


「あまり無理するなよ、モーゼル。老骨に響くぞ」


「なぁに、昔取ったなんとやらよ。まだまだ、わしも現役だということを見せてやるわい」


 和やかな雰囲気のなか、楽団が音楽を奏で、プレシアがゆったりとした曲調の歌を歌い始める。客たちは、思い思いの相手と組んでワルツを踊り出す。


 リオはまず約束を果たすため、アイージャと踊る。手を繋いだ二人を冷気が包み込み、その姿を覆い隠す。少しして冷気が消えると、二人はそれぞれタキシードとドレスに着替えていた。


「ふふ、少し予定が変わったが……こうしてリオと踊れたこと、嬉しく思うぞ」


「うん。僕もだよ、ねえ様」


 プレシアにも認められた抜群のダンステクニックで、リオはアイージャをリードするその様子を見ながら、レケレスは羨ましそうに口を尖らせていた。


「いーなーいーなー。私も早くおとーとくんと踊りたーい!」


「まあまあ。順番だよ、レケレス。焦らなくても、すぐに出番が来るさ」


 ダンスレイルに宥められ、レケレスは頷く。ダンテは彼女たちの側を離れ、パートナーを物色していた。大聖堂の奥へ移動したエルカリオスは、彼らを眺める。


 その顔には、やるべきことを全て成し遂げた、安堵の笑みが浮かんでいた。リオが仲間たちと楽しそうに踊る姿を見て、彼は嬉しそうに呟く。


「……今日は、いい日だ。私がこの大地に産まれてから……最高の気分だよ」


 エルカリオスの胸に、様々な思い出が去来する。一万年前の、ファルファレーとの戦い。封印されてからの、長い悔恨の時。そして、リオと出会い、ベルドールの無念を晴らせた嬉しさ。


 その全てが、良き思い出として心の中によみがえる。エルカリオスには、何一つとして思い残すことはなかった。


「エルカリオス様? どうしたんですの、こんなところで」


「……ああ。思い出していたのさ。遠い、遠い過去をな。エリザベートよ。私は多くのものを失った。グリオニールにミョルド……弟たちを。だが、それ以上に……かけがえのないものも、多く手に入れた」


 そう言うと、エルカリオスはゆっくりと立ち上がる。彼の中に宿る命という炎は、まだ消えてはいない。いつの日か訪れる最期の時まで、ゆっくりと燃え続けるのだ。


 いつまでも、リオたちを、この大地を――見守っていたい。そんな願いを糧とし、燃える。ゆっくりと歩き出し、エルカリオスはリオたちがいる場所へと向かう。


「肩の荷は、全て降りた。私も、少しは楽しんでもいいとは想わないか?」


「そうですわね。こんなおめでたい日なんですもの、全力で楽しまないと損ですわよ?」


 そんなやり取りをしながら、かつて魔神だった者と、これから魔神として生きる者は歩いていく。未来は――明るい炎に、照らされている。

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