169話―鞭魔神グレイシャ・ガネイドラ

「さあ、残りのドラム缶も投げてみろ。全部オレのクリスタル・シャワーで無効化してやるぜ!」


「……いや、もう投げないよ。ムダなことはやらないさ」


 挑発してくるグレイシャに対し、リオはそう答える。界門の盾の向こう側にいるモローにアイコンタクトを送り、ドラム缶を送るのを止めてもらう。


 右手を握り、ジャスティス・ガントレットに魔力を送り込む。赤色の宝玉が輝きを放ち、燃え盛る紅蓮の炎がリオの身体を包み込んでいく。


「……? なんだ? お前、何をしている」


「同じ氷の力で戦うのは不毛だからね……。こっちは、全てを燃やし尽くす……炎の力を使わせてもらうよ! 出でよ、炎刃の盾!」


 リオはエルカリオス譲りの炎の力を開放し、フチに八枚の鎌状の刃が並んだ真っ赤なラウンドシールドを作り出す。盾の裏側には持ち手ではなく、巻かれた鎖が付いていた。


 魔力が炎刃の盾に流し込まれると、刃が高速回転を始める。リオは鎖を掴み、勢いよく振り回す。炎が鎖をつたって盾にも伝播し、雪を溶かし水蒸気を立ち昇らせる。


「フン、ヨーヨーの化け物みてえなモン出しやがって。そんなんでオレを倒せると思うのか?」


「倒せるさ。いや、倒してみせるよ。絶対にね!」


 そう叫びながら、リオは炎刃の盾を操り攻撃を行う。フレイルのように鎖を振り回し、グレイシャの脇腹を切り裂こうとする。対するグレイシャは、牙を使い盾を弾く。


 盾が纏う炎の熱により、グレイシャの両足を固めていた雪が急速に溶け始めた。それに気が付いたグレイシャは、勢いよく両足を引き抜きリオ目掛けて走り出す。


「バァーハハハハ! バカな奴め、自分で仕掛けた枷をわざわざ溶かすとはなぁ!」


「いいんだ。だって……お前の方から僕に向かってきてくれるんだもの。これなら……お前の牙や鼻ごと真っ二つに出来る!」


「ハッ、やってみろ! その前に……オレのクリスタル・シャワーを浴びせてやる!」


 グレイシャの鼻の付け根がブクリと膨らみ、冷凍液が精製される。膨らみは少しずつ鼻の先端へと移動していき、リオに向かってクリスタル・シャワーが放たれた。


 それを見たリオは素早く炎刃の盾を引き寄せ、冷凍液を防ぐべく顔の前に構える。クリスタル・シャワーが迫るなか、リオは全身に纏う炎の勢いを強くした。


「そんなもの、炎で蒸発させてやる! ドラグフレア・ディフェンス!」


「舐めるなぁ! クリスタル・シャワー、連続噴射だぁ!」


 炎と冷凍液がぶつかり合い、液体が蒸発する音が雪原に響く。冷凍液はリオを結晶化する前に蒸発してしまい、その役目を果たすことなく消える。


 グレイシャは躍起になってクリスタル・シャワーを何発も噴射するが、全て不発に終わった。そればかりでなく、タンク内の冷凍液が完全に底をついてしまう。


「チィッ! もう冷凍液が切れたか!」


「もう終わり? じゃあ次は……僕の番だ! 食らえ! フレアリングブレード!」


「そんなものおおお!!」


 リーチの長さ故に回避は無意味と考えたグレイシャは、牙と鼻で脇腹をガードし炎刃の盾による攻撃を防ごうとする。が、高速回転する刃を防ぐことは出来ず、身体ごと両断された。


「ぐ、があっ……」


「これで終わりだ、グレイシャ!」


 胴体と右腕、鼻と牙を両断されたグレイシャは崩れ落ちた。リオは炎刃の盾を手元に引き寄せ、刃を盾の中に格納し炎を消す。背を向けて歩き出すリオに、グレイシャの声がかけられる。


「なんだ、オレを殺さねえのか? 情けのつもりか、おい」


「……白々しいよ、グレイシャ。さっき、変な手応えがあった。自爆装置か何かを起動させたでしょ。あのまま僕がトドメを刺そうとすれば、即座に爆発するようなやつを」


「……チッ。気付いてやがったか。抜け目のねえ野郎だ」


 切断されなかった左腕を支えに、グレイシャは身体を起こす。体内に仕込まれた自爆装置を使ってリオを道連れにしようとしていたらしいが、作戦は失敗したようだ。


 リオは間一髪のところでグレイシャの狙いに気付き、彼にトドメを刺すことなく立ち去ることを決めたのだ。仮にグレイシャが反撃してきてもいいよう、仕込みをした上で。


「まあ、もうすぐお前も機能停止するだろうし放っておいても問題はないからね。リーロンみたいに、雪原で朽ちていくといいさ」


「ハッ、そいつは無理だなぁ。オレにはまだ……最後の切り札があるんでね! とっておきを見せてやる! スノウリカバリー!」


「これは……!?」


 グレイシャは鼻を地面に突き刺し、雪を吸い込み始める。すると、グレイシャの身体が雪によって再構築され、急速に元へ戻り始めたのだ。


「バァーハハハハ! これで復活だああああ!!」


 リオが止める間もなく、グレイシャは完全復活を遂げた……かに思われた。グレイシャが立ち上がろうとしたその時、界門の盾の中からモローの声が響く。


「リオよ、あのファティマとかいうのはもう戻ってきたぞ。あんさんもはよこっちに来い。爆発に巻き込まれるぞ」


「うん、そうするよ」


「おい待て! オレを無視する……うぐっ!?」


 自分を無視して帰ろうとするリオを呼び止めるグレイシャを、異変が襲った。言葉に出来ない不快感と倦怠感が全身を駆け巡り、力が抜け始めたのだ。


「な、なんだ……何が、起きてやがる……?」


「あっちを見てみなよ。理由が分かるからさ」


「何……あ、あれは!?」


 リオが指差す方向を見たグレイシャの目に飛び込んできたのは、雪原に放置された七つのドラム缶だった。そのうちの四つに裂け目がついており、中から廃液が流れている。


 流れ出た廃液は雪に染み込み、広範囲を汚染していた。グレイシャは己でも気付かぬうちに、廃液で汚染された雪を使って身体を再構築してしまっていたのた。


「いやー、大変だったよ。お前に気付かれないように、あっちにあるドラム缶を炎刃の盾で切りつけるのってさ」


「ぐ、そうか……そのために、わざわざリーチの長い武器を……。いつの間にかやりやがるとは……」


「うん。せっかくドラム缶を徹夜で用意したんだもん、有効活用しなくちゃね?」


 自分の注意不足を呪いつつ、グレイシャは再び崩れ落ちる。体内から廃液で溶かされつつある彼は、もう二度と身体を再構築することは出来ないだろう。


 それを悟ったグレイシャは、最後の足掻きを行う。体内を犯す廃液をタンクにかき集め、リオ目掛けて噴射したのだ。


「犬死になんざ出来るかああぁぁ!! これで……死ねええええええ!!!」


「悪いけど、僕もやられるわけにいかないんだ。だから……バイバイ」


 そう言い残すと、リオは素早く駆け出して界門の盾の向こう側へ消える。発射された廃液は虚しく宙を飛び、誰もいない雪原へ落下した。


「ク……ソが……。これで、終わりかよ……」


 界門の盾が消滅したのを力なく見届けた後、グレイシャは崩れ落ち機能を停止する。リミッターを解除してなお勝てなかった彼の顔には、ただ絶望の表情が広がっていた。



◇――――――――――――――――――◇



 その頃、聖礎エルトナシュアではエルカリオスとアイージャが出発の準備をしていた。大聖堂をダンスレイルに託し、支度を整えていた時、ふとアイージャが尋ねる。


「兄上よ。依り代は用意しなくてよいのか? いくら兄上でも、ここを離れるのに依り代は必要なはずだが……」


「案ずるな、アイージャ。すでに依り代となってくれる者とは話がついている。グリオニールがやった方法で身体を貸してもらうことになった。問題はない」


 アイージャの問いに、エルカリオスはそう答える。誰を依り代にしたのか問うと、実際に会うまでは秘密だと言われ教えてはもらえなかった。


 二人が身支度を済ませたその時――奥の部屋で寝かされていたレケレスが目を覚まし、よろめきながら歩いてきたのだ。


「レケレス!? まだ起きてはならん! 体力が回復するまで寝ていなさい!」


「ダメなの、お兄ちゃん……。わたし、あの子に会わなきゃ……あの青色の髪をした男の子に……」


 エルカリオスに寝ているよう言われるも、レケレスは首を横に振り頑として聞き入れない。どうやら、どうしてもリオに会わなければならない理由があるようだ。


「……仕方ない。アイージャ、一旦荷物を頼む。私がレケレスを背負っていく」


「ごめんね、お兄ちゃん。どうしても、あの子に会わなくちゃいけないの……」


 そう言うと、レケレスは眠りについてしまった。エルカリオスは妹を背負い、アイージャに声をかける。


「行こう。大聖堂の外に依り代を待たせている。と共にグリアノラン帝国へ向かうぞ!」


「了解した!」


 三人の魔神が、遥か北へ向けて旅立った。

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