191話―仙薬への道をゆけ

 カクトを撃破し、テンキョウへ帰還したリオたち。が、一つ問題が発生してしまった。リオとクイナだけでは、テンキョウを包む結界を開けることが出来ないのだ。


 どうにかして結界を開き、中に入ろうと四苦八苦するリオたちだが、結局結界を開けることは出来なかった。仕方なく、リオはクイナに頼み緊急事態の合図である魔法弾を上げてもらう。


「ごめんねくーちゃん。疲れてるのに魔法使わせちゃって……」


「いーのいーの。こーやってリオくんをぎゅーってしてれば、疲れなんて吹っ飛んじゃうからさ」


 気まずそうに謝るリオにそう言いつつ、クイナは手を伸ばし少年を抱き寄せる。クイナの温もりに包まれ、リオの心の中に安心感が広がっていく。


「くーちゃん、あったかいね」


「ふふっ、拙者はぽかぽかしてるからねー。ほら、もっとくっついていいよぉ?」


 しばらく二人がイチャイチャしていると、合図に気が付いたカレンとコウマがやって来た。リオたちを見て羨ましそうな顔をしつつも、カレンが声をかける。


「……二人して何やってんだ、そんなとこで」


「あ、お姉ちゃん。実は結界が開けられなくて中に入れないんだよ。開けてくれる?」


「かしこまりました。ミナカ様では開けられないので、私が開けましょう」


 コウマは結界に手を伸ばし、そっと触れながら念を送る。すると、結界の一部が開き一人が二人ほど並んで通れる大きさの穴が現れた。


 リオとクイナはコウマにお礼を言い、門をくぐりテンキョウへ戻る。流石に今回のことを黙ったままにしておく、ということは出来ないようで、またしても一行は宮へ向かう。


 神威の間に行くと、目を覚ましたミカドとタマモの二人に説教をされているオウゼンがいた。オウゼンはリオたちが来たことに気が付くと、勢いよくすっ飛んできた。


「おお、ちょうどいいところに! お前たちからも説教を終わりにしてくれと言ってやってくれないか!? もう耳にタコが出来るくらい聞かされてな……」


「はいはい、分かったから。その前に、ミカドに報告しなきゃならねえことがあンだよ」


 父親をいなしつつ、カレンはリオを前に進ませる。リオは一礼した後、カクトとの戦いについて一部始終を報告した。話を聞き終えたミカドは、うんうんと頷く。


「うむうむ、そうか。ようやってくれた。そちらの話を聞く限り農民たちに被害は出なかったようじゃな。いや、よかった」


 リオたちに労いの言葉をかけながら、ミカドはにこにこ笑う。タマモも頭を下げ、脅威を排除してくれたことを感謝する。


「おお、そうじゃ。お礼にそちらの頼みを聞いてやろうではないか。もっとも、朕に叶えられる範囲で、になるが」


「! 実は、お願いがあるのですが……」


 ミカドの言葉に、リオは自分たちの目的を告げる。仙薬を作っている者たちが住む隠れ里の場所を教えてほしい、と頼み込むリオに、ミカドは難しい表情をした。


「うーむ、教えてあげたいのはやまやまなんじゃがな……。里の場所をそう易々と教えるわけにはいかぬのだ。ただでさえ、今里は音信不通の状態。余計な混乱は……ん、そうだ」


 何かいい案を思い付いたらしく、ミカドはニヤッと笑う。そのいたずらっ子のような笑みに、リオたちはどこかいやーな予感を覚える。


「気が変わった。そちらなら、里の場所を教えてもよかろ。ちょうど三日後に、カラスマに里の様子を見てきてもらう予定じゃったからな、同行する許可をやろう。ただし……」


「ただし?」


「リオと言うたな。そち、一日ほど朕の身代わりになってミカドのふりをしておくれ。そうしたら、同行する許可をやるでな」


 とんでもない提案をしてくるミカドに、リオたちは仰天してしまう。タマモは目を丸くし、ミカドを諌めようと試みる。


「これ、坊よ。何を言い出すのじゃ。いくらあの者と坊の顔がそっくりだからとて、無理があるであろう」


「ん? 朕はそうは思わぬぞよ。肌を白く塗って、耳としっぽを隠せばそうそうバレはすまい。のう、頼むリオよ。朕も都に出て羽を伸ばしたいのじゃ。どうかこの通り!」


 タマモに諫められても諦めようとせず、ミカドは頭を下げる。リオは困り果ててしまうも、メルンを救うためには躊躇してはいられない。


 仙薬がなければ、壊れゆくキカイの身体を修復し、メルンを死の運命から救うことは出来ないのだ。渋々ではあったが、リオは頷いた。


「……分かりました。一日くらいなら僕が代わりをします」


「おお、そうか! よかったよかった、ではちと待っておれ」


 パアッと明るい笑顔を浮かべた後、ミカドはパンと手を叩く。すると、どこからともなく和紙と筆が現れ、ふわふわとミカドの眼前を漂い始める。


 墨汁が染み込んだ筆を手に取り、ミカドはさらさらと和紙に何かを書き始めた。少しして、書状を書き終えたミカドはリオに声をかける。


「この書状を後でカラスマに見せい。ミカドたる朕……ハマヤの名の元に調査への同行を認めた書状じゃ」


「ありがとうございます、ミカドさん」


 ふわふわと宙を漂いながら近付いてきた書状を手に取り、リオはお礼を言う。そんなリオに、カレンは心配そうに小声で話しかける。


「いいのか? あんな安請け合いしちまって」


「仕方ないよ。仙薬を手に入れるのが一番大事だもの。あ……でも三日も待たなきゃいけないのか。メルン陛下、大丈夫かな……」


「それなら心配いらぬ。ほれ、これをやろう」


 心配そうにリオが呟くと、タマモが話しかけてきた。懐から虹色に光る小さな瓶を取り出し、近くにいたクイナに手渡す。


「こりゃ一体なんだい?」


「うむ、坊とわっちで調合した仙薬モドキじゃ。蔵の予備はもう尽きてしもうたが、万一のために材料をかき集めて作っておいたのよ。本物の仙薬より効果はかなり劣るが、時間稼ぎにはなるじゃろて」


「いいんですか? 貰ってしまっても」


 リオが問いかけると、タマモは頷く。テンキョウを救ってくれたことへの、彼女なりのお礼なのだろう。ありがたく好意をうけとることにしたリオは、再度頭を下げる。


「じゃあ、この薬はありがたくいただきます。タマモさん、貴重なものをありがとうございます」


「ほほ、気にするでない。さして手間もかかっておらぬでな、役立ててたもれ」


 そう朗らかに笑うと、タマモはミカドを連れて奥の座敷へと引っ込んでいった。必要なことを全て終えたリオたちは、オウゼンやコウマと共に宮を去る。


 オウゼンの屋敷へ向かう途中、リオは薬をメルンの元に届けるため一度離脱することをカレンたちに告げた。そんなリオに、オウゼンは自分の印籠を渡す。


「ほれ、こいつを持っていけ。これがあれば、テンキョウの結界を開けるからな」


「あ、ありがとうございます……」


 少々ビクつきながらも、リオはオウゼンから受け取った印籠を懐にしまう。都の中では界門の盾が使えないようで、リオは一旦テンキョウの外へ出る。


「さて、これでしばらく時間が稼げればいいんだけど……。上手くいきますように」


 メルンを延命させることが出来るようにと祈りながら、リオは界門の盾を呼び出す。仲間と別れ、一人グリアノラン帝国へと戻っていった。



◇――――――――――――――――――◇



「聞いたか~? ノウケン。カクトが~、やられちまったらしいぞ~」


「ええ、知ってるわよ。全くもう、だからあのコを五行鬼に加えるのは早いって言ったのよ。だらしないコねぇ」


 その頃……カクトの戦死はすでにダーネシアの軍勢に知れ渡り、新たな動きが起こり初めていた。僧衣を着たハゲ頭の巨漢と、オネェ言葉を話す細身の男が、カクトの死について話している。


 ダーネシアの拠点に集められた五行鬼のメンバー……土行鬼ダイマンと、水行鬼ノウケンだ。僧衣を着た巨漢……ダイマンはのんびりした口調で相方と話を続ける。


「んだらば、次はオデたちの番かなぁ~。とんでもなく強いんだろぉ? わくわくするよなぁ~」


「うふふ、そうねぇ。噂じゃ、とってもカワイイって言うじゃなぁい? アタシ、別の意味でわくわくしちゃう」


 二人ともリオと戦いたいらしく、出撃の命令が下るのを今か今かと待っているようだ。そんな二人の元に一匹のネズミが現れ、ダーネシアからの命令を伝える。


「チュチュッ、ダーネシア様カラノ命令ダ! 三日後、オマエタチデ仙薬ノ里ヲ攻撃セヨ! 孤立サセタ薬師タチヲ皆殺しニスルノダ!」


「は~い、了解よ~ん。残念ねぇ、しばらくお預けみたいよダイマンちゃん」


「そうかぁ~。そりゃ仕方ねえなぁ。よっこいしょっと」


 仙薬を作る薬師たちが住まう里を陥落させる準備をするため、ダイマンとノウケンは砦を去りそれぞれの拠点へ向かう。新たな五行鬼との対決の時が、少しずつ近付いてきていた。

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