22話―ジーナとサリアの懺悔

 その日の夜。リオが名誉貴族になったことを祝うささやかな宴が行われた。宴が終わった後、リオが自室に戻りベッドでゴロゴロしていると、部屋の扉をノックする音が響く。


「だぁれ?」


「アタシだ、リオ。サリアも一緒にいる。入っていいか?」


「うん。どうぞー」


 リオは返事をし、ジーナとサリアを部屋の中に招き入れる。二人はベッドの端に座り、しばし無言でうつむく。リオが首を傾げていると、意を決したジーナが話し出す。


「……なあ、リオ。リオはさ、アタシたちのこと……恨んでないのか?」


「え? どうして?」


 ジーナの言葉に、リオはきょとんとしてしまう。問いかけの意味が分からず、頭の上をクエスチョンマークが乱舞する。そんなリオに、ジーナが答えた。


「昼間にさ、リオはああ言ってくれたけど……本当は、アタシたちは……ここで働く資格なんかないんじゃないか、って思うんだ」


「うん。私たちは……ザシュロームにいいように操られて、リオくんを傷付けちゃった。それなのに、許されていいのかな、って」


 普段の間延びした口調ではなく、静かに語るサリアにリオはようやくただ事ではないと気付く。二人がまだ自分を許せていないということに、リオは悲しそうに声を出す。


「どうしてそんなこと言うの? ジーナさんたちは悪くないよ。悪いのはザシュロームなんだ。二人の責任じゃないよ」


 ザシュロームに人形にされている間、二人に意識はなかった。だからこそ、後から自分たちのしたことを知り、後悔を募らせていたのだ。


 タンザの襲撃にこそ加わっていなかったが、リオと戦い彼を傷付けてしまったこと。その事実を、二人は心の底から悔やんでいた。


「確かに、ザシュロームが一番悪い。でも……あいつに負けて、人形にされたアタシたちにも責任はある。あの日、奴を返り討ちに出来てれば……リオを傷付けずに済んだのに」


 ジーナとサリアは、心の中では分かっているのだ。真に悪いのは、首謀者であるザシュロームであるのだと。しかし、彼女たちの自責の念がそれで片付けることを許さない。


 本当に自分たちに非はないのか、罪滅ぼしのために姿を消すべきなのではないのか――そうした思いが、二人を苦しめていた。だからこそ、二人はリオの元を訪れた。


 彼の手で、自分たちを罰してもらうために。


「……リオ。アタシたちはこの数日考えた。考えに考え抜いて決めたことがあるんだ。アタシたちは自分を許せない。でも、居場所をくれたリオに黙って出ていくことも出来ない」


「そんなことしたら、リオくんの思いを裏切ることになっちゃうから。だから、私たちは決めたの。この命尽きるまで、リオくんの奴隷として尽くすって」


 そう言うと、サリアは腰につけていたポーチの中から首輪を二つ取り出した。その首輪についてリオは一つの知識もなかったが、嫌な予感を覚える。


 その予感は的中してしまう。サリアは首輪を手に持ち、説明を始めた。この首輪は、人の自由を奪う隷属の首輪なのだと。そして、これを自分たちにつけてほしい、と。


「アタシたちは償いをしたいんだ。リオを傷付けちまった償いをな。そのために、こいつをこっそり買ってきたんだ」


「だ、ダメだよそんなの! 奴隷なんて……僕はそんなの望んでない! 僕は……また、二人と仲良くしていたいよ……。そんな悲しいこと、言わないでよ……」


 二人の言葉にショックを受けたリオは、ポロポロと大粒の涙を流し泣き出してしまった。姉のように慕っていた二人が、ここまで自分を追い詰めていることに気付けなかった。


 己の愚かさを呪い……ジーナとサリアに悲しい決断をさせてしまったことを悔やみ、リオはただ涙を流す。しゃくりあげながら二人に抱き着き、どうにか思い止まらせようとする。


「僕は嫌だよ。二人を奴隷にするなんて絶対に嫌だ! だって、二人は悪くないもん! 悪いのは僕のほうだよ。自分のことばっかりで、二人のことを忘れて……助けられなかったんだもん」


「違う! リオは悪くねえ! あんな状況で、アタシたちの安否を知るなんて無理だったんだ。悪いのはアタシたちなんだよ!」


「そうよ、リオくん。あなたは何も悪くない。だって、私たちをザシュロームから解放してくれたんだもの」


 ジーナたちはリオを抱き締め返し、そう言葉をかける。お互いに自分が悪いと連呼していた三人は、ふとバカらしくなり誰ともなく笑い出す。


 結局、こんな話をしていても不毛でしかない。それに気付いた三人は、それまでの鬱屈した気持ちがどこかへ吹き飛んでしまっていた。


「はは……なんだ、アタシたちバカみたいだな。リオの言う通りだ。悪いのは全部ザシュロームの野郎だ」


「そうだよ。だから、その首輪は僕が没収! 後でエルミルさんに渡しておくからね」


「うん。ごめんね、リオくん。私たち、自分を責め過ぎて少しおかしくなっちゃってたみたい」


 リオはサリアから首輪を受け取り、立ち上がって机の方へ向かう。一番上の引き出しの中に首輪をしまい、ふうと息を吐いた後ジーナたちに向かって勢いよく飛び込んだ。


「えーい! あんなこと言っちゃう二人には、こちょこちょの刑をしちゃうぞー!」


「わっ、ちょ、ま……や、止めてくれリオ! 脇腹が弱いんだよー!」


 わいわいと騒いでいる三人の声を、こっそり扉越しに聞く者たちがいた。アイージャとカレンは、その場を立ち去り一階へ向かう。


「……一時はどうなることかと思ったけどよ、丸く収まったみてえだな。いやー、よかったよかった」


「そう、だな。もしあの二人が無理矢理首輪を着けさせるような真似に出たら止めに入るつもりだったが……どうやらその必要はなかったな」


 静まり返った食堂にて、二人はそう語らう。ジーナたちがリオの部屋に入っていくのを見た二人は、何をするつもりなのかこっそり聞き耳を立てていたのだ。


 しばらく話していると、食堂の扉が開きジーナとサリアが現れる。二人はカレンたちの隣に座り、ジーッと彼女たちを見つめ始めた。


「……なんだよ、なんか顔についてるのか?」


「あんたら、さっき扉の向こうで盗み聞きしてただろ。人形にされてたせいか、気配に敏感になっててな、バレバレだったぜ」


 ジーナの言葉に、カレンは気まずそうにそっぽを向く。一方のアイージャは悪びれる様子もなく、ふっと笑みを浮かべジーナとサリアに微笑んだ。


「バレていたか。まあいい。この際だ、本音で語り合おうではないか。お主たちも、妾たちも、リオを助け支えてきた者。形は違えど、これから共にリオを助けていくのだからな」


「私はいいですよー。……あの日以降のこと、知りたいですし」


 そのやり取りの後、四人はリオについての話に花を咲かせる。かつて共に旅をした者、これから共に旅をする者たちは楽しそうに語り合う。


 夜が明けるまで、四人はそれぞれの本音とリオへの思いについて話し合いをしていた。



◇―――――――――――――――――――――◇



「……ふう。なんだか喉が乾いちゃった。水でも飲みにいこうっと」


 ジーナたちが部屋を去った後、リオも食堂で水を飲もうとしていた。が、ベッドから立ち上がろうとした次の瞬間、目眩に襲われてしまう。


 仰向けにベッドに倒れたリオは、何とか立ち上がりカレンたちを呼ぼうとするも、身体に力が入らず声を出すことも出来なくなってしまった。


(おかしいな……全然力が出ない……どうなってるんだろう?)


 不可思議な状況に置かれたリオだったが、不思議と焦りや不安はなかった。その時、視界の端にが映り込む。


 ソレはもぞもぞと動きながら、リオの視界の中央に収まるように位置を変える。少しして、人の形をした黒い煙のようなモノがリオの視界を覆い尽くした。


(君、だぁれ? どうやって入ってきたの?)


 声が出せないリオは、心の中で問いかける。すると、煙のようなモノは声を出すことなく直接リオの心へと返事を返した。


(私が誰か知りたいか? ならば教えてやろう。私は斧の魔神ダンスレイル。お前が力を受け継いだ盾の魔神、アイージャの姉なり)


 その言葉が発せられた直後、煙がうごめき人の姿へ変わる。驚くほどに白い肌と鳥のような足をした、ウェーブがかった緑色の髪を持つ女――ダンスレイルはリオに微笑む。


 目の前に現れた第二の魔神に、リオは目を見開き驚きを示した。

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