250話―風を駆る悪竜の騎士
「……止まれ。これ以上お前たちを先には進ませない」
シャーテル諸国連合を目指すカレンたちの前に、風を切り裂きながら近付いてくる者がいた。両肩を大きなワイバーンに掴まれた女……四竜騎の一人、風竜騎シルティだ。
シルティが口笛を吹くと、ワイバーンは己の主をおもいっきり真上にブン投げる。空を舞いながら、シルティは素早く身体を捻って背中に担いでいた大弓を取り出し矢をつがえる。
「……ザラドの仇は討つ。全員……ここで風となり散れ」
「やべえ、来るぞファティマ!」
「分かっています。掴まっていてくださいね、ミス・カレン」
槍のような巨大な矢が放たれ、唸るような風切り音と共に飛来してきた。ファティマは急旋回し、矢から逃れるべく猛スピードで離れていく。
それを見たワイバーンは、口を開き突風のブレスを発射して進路妨害を行う。ファティマは一瞬グラつくも、何とか耐えて矢とブレスを避け続ける。
「……逃がさない。ルーダ、追うよ」
「クァアア!」
魔法のワイヤーでワイバーンの背中の鞍と自身のベルトのバックルを連結し、シルティは相棒の背に戻る。すでに百二十メートルは離れたファティマに照準を合わせ、矢を射った。
「ふう、ここまで離れりゃ問題はねえだろ」
「ええ、かなり距離も稼げ……ぐっ!」
距離が離れたことで、ファティマはほんの僅かとはいえ油断してしまった。これだけ相手と離れれば、矢が届くことはないだろう、と。
しかし、シルティが所持している大弓はそんなヤワな代物ではない。激しい嵐の中でも弾道がブレることのない、強靭な弓なのだ。
真っ直ぐ飛来した矢は、ファティマの人間状態で言うところの胸の部分に直撃した。ファティマは顔を歪め、少しずつ高度を落としていく。
「今のは……かなり、効きましたね……。申し訳ありません、お二人とも……一旦、地上に降ります」
「カレン、衝撃に備えておきなさい! ぶつかるよ!」
傷は深く、ファティマは飛行不能な状態に陥ってしまう。損傷を治すため、眼下にある山岳地帯へと降下し、岩陰へ潜り込んでシルティから逃れる。
人間状態に戻り、ファティマは傷の修復を始める。ダンスレイルはそっと岩から顔を出し、シルティの様子を窺いながらファティマに問いかけた。
「まだ敵は来てないね……。ファティマ、傷はどうだい?」
「それなりに深いですが、命に別状があるほどではありません。しかし、困りましたね……アレがいる限り、我が君の元へ行けそうにありませんね」
ファティマの言う通り、シルティがいる限りはどんな方法で空を移動してもまた射ち抜かれてしまうだろう。ダンスレイルは、ファティマに代わりシルティを倒しに行こうとするが……。
「待ちな、ダンスレイル。ここはアタイに任せて、二人はリオんとこに行け。空はあの弓女のフィールドだ、対等にゃ戦えねえ。だから……地上から迎え撃つ!」
「……分かった。ここは任せる。ファティマ、傷が治ったら教えておくれ。カレンがあいつの気を引いているうちに、リオくんのところに向かう」
カレンの意気込みを汲み取り、ダンスレイルはシルティの相手を任せることを決めた。ファティマも同意し、別の岩の陰へ移動し傷を癒し始める。
一方、シルティは遥か上空を旋回しつつ、地上を見下ろしカレンたちが出てくるのを待っていた。弓にはすでに三本の矢がつがえられており、いつでも射てる状態になっている。
「……岩陰に隠れた、か。まあ、誰でもそうする……。なら……隠れる場所を、壊す」
そう呟くと、シルティはおもむろに眼下の岩に向かって矢を放つ。幸いにも、放たれた岩の陰には誰もいなかったが、見るも無残に砕かれてしまった。
一つずつ岩を破壊し、隠れているであろうカレンたちをあぶり出すつもりなのだ。次の岩を穿とうと矢を作り出していると、シルティの相棒――ルーダが何かに気付き急旋回する。
その直後、地上から電撃がシルティたちのいたところを通り過ぎていった。
「チッ! 避けやがったかあのワイバーンめ!」
「ありがとう……ルーダ。一人は釣れた……まずは、アレから……仕留める」
素早く岩陰に隠れたカレンに狙いを定め、シルティはつがえた矢を放った。矢は岩を穿ち、反対側へ貫通する。が、すでにカレンは別の場所に移動しており、もぬけの殻であった。
「あっぶねぇ……。もうちょっと回避が遅かったらやられてたぜ」
別の岩の陰へ逃れたカレンは、冷や汗を拭いつつそう呟く。ダンスレイルたちがいる岩陰から離れつつ、時折顔を出してシルティへ攻撃を行う。
カレンはそのサイクルを繰り返し、少しずつシルティとルーダを仲間から引き離すことに成功する。が、その代償に、次々と岩が砕かれ身を隠す場所を失いつつあった。
「……岩もかなり減った。もう隠れる場所はほとんどない……なら、次で仕留められる」
ダンスレイルたちが隠れているものを除き、人が隠れられるほど大きな岩は残り四つとなった。シルティは狙いをつけて弦を引き絞り、矢を放とうとする。
その時、にわかに空が曇り始める。不審に思ったシルティが空を見上げた次の瞬間、稲光がとどろく。獣の力を解き放ち、ヘビの化身となったカレンが雷雲を呼び寄せたのだ。
「落雷……なるほど、地上と空の挟み撃ち……」
「へへっ、いつまでも逃げ回ってるわけにゃいかねえからな。今度は……こっちの番だぜ!」
岩陰から顔を出してシルティを見上げつつ、カレンは金棒を振って狙いを定め雷を落とす。シルティはルーダを駆り、落雷を避けていく。
反撃を開始したカレンは、相手に矢をつがえる時間を与えまいとばかりに連続で落雷を発生させ、シルティを追い込む。右手に持った金棒を使い、落雷の位置を操る。
その間、小さな鉄槌を呼び出し、取っ手の先端に付いた紐を掴んでぐるぐると振り回す。雷の力をチャージし、特大の一撃を食らわせようと目論んでいるのだ。
一方、シルティもいつまでもやられてばかりというわけではなく、隙を見て地上へ矢を放ちカレンの逃げ場を確実に奪っていっていた。チャージ完了が先か、岩が全て砕かれるのが先か。
「やべえな、もう岩がここしか残ってねえ。チャージは……もうちっとか!」
「……なにをしているのかは知らない。けど……もう、遅い。次の一射で……岩ごと、貫いてあげる」
カレンが隠れている岩に狙いをつけ、シルティは大矢を発射する。それと同時に、雷パワーのチャージが完了した。カレンは岩から身を躍らせ、振り回していた鉄槌を投げつける。
「チャージ完了だ! こいつはキクぜぇ、ライトニング・キャノン!」
「なっ……!?」
極太の電撃の柱が空気を切り裂き、放たれた矢を飲み込みながらシルティとルーダ目掛けて飛んでいく。シルティはルーダを駆って逃げようとするも、もう遅かった。
電撃はシルティとルーダの半身を焦がし、焼き尽くしていく。寡黙なシルティも激痛に耐えきれず、ルーダ共々苦悶の叫びを漏らす。
「よし、当たった! 今だ! 行けダンスレイル! ファティマ!」
「恩に着る。カレン、無事を祈るよ!」
シルティが墜落していくのを見ながら、カレンは遠くの岩陰にいるダンスレイルたちへ叫ぶ。傷を癒したファティマは再度変形し、ダンスレイルと共に大シャーテル公国へ向かった。
ダンスレイルたちを見送った後、カレンはヘビの下半身の向きを変え、シルティが墜落した方を向く。カレンに備わるヘビの探知能力は、敵がまだ生きていることを告げていた。
「さて、目的も果たしたし……しぶとい奴を倒すとするか!」
カレンの顔には、好戦的な笑みが広がっていた。
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