54話―ハールネイスへの帰還

「でも、本当ですか? あの娘を……ミリアを、助けてくれるのですか?」


「いいのですか? 師匠。こう言ってはなんですが、彼女の話を全面的に信じるのは危険だと思いますの」


「待って待って、二人一緒に話しかけられてもいっぺんには答えられないよ」


 スノードロップとエリザベートに声をかけられたリオは、順番に二人に答える。まずはスノードロップに向かって問いの答えを口にする。


「僕はあなたを信じるよ。だって、あなたの目はとても澄んでるもの。エルシャさん」


 そう口にし、リオはもう一度スノードロップの――否、エルシャの頭を撫でる。エルシャはその場に崩れ落ち、安堵の涙を流す。


 信じてもらえた喜びを噛み締めている間に、リオはエリザベートの質問に答えようとする。その時、エルシャが顔を上げた。


「エリザベートといったかしら。なら、私が嘘をついていないという証拠をあげるわ」


 エルシャは立ち上がり、涙を拭くと深呼吸をする。そして、服の中に腕を突っ込み何かをまさぐり始めた。表情が苦痛に歪んでいくのを見て、リオは心配そうに声をかける。


「だ、大丈夫? お腹痛いの?」


「ちが、うわ……くっ、コレを、取り出しているの……。んっ!」


 そう言うと、エルシャは服の中から丸い物体を取り出す。ソレは黒い血にまみれており、ゆっくりと明滅を繰り返していた。


「エルシャさん、これは?」


「これは私の核よ。心臓の変わりに埋め込まれたの。キルデガルドにね。これを……あなたに預ける。もし私が裏切った時にはそれを壊して。そうすれば、私は死ぬから」


「ええっ!? そ、そんなもの受け取れないよ!」


 己の核を託そうとするエルシャに驚きリオは止めようとする。が、エルシャの決意は固く、すったもんだの末にリオに核が渡された。


「仕方ないなぁ……。もう、分かったよ。これは僕が預からせてもらうね」


「ありがとう。そちらの方も、これで信じていただけるかしら」


「……ええ。ここまでされれば、疑う方が失礼というもの。分かりました、わたくしも貴女を信じましょう」


 エリザベートもエルシャの本気を目の当たりにし、彼女を信じることを決めた。打倒キルデガルドを掲げ、リオたちは互いの手を取り合う。


 エルシャは早速リオたちにキルデガルドの立てた計画の全貌について話し始める。狡猾なる妖魔参謀の目論見が、ついに白日のもとに曝された。


「キルデガルドは今、魔界にある研究所に籠って究極の兵器を作るための実験をしています。世にもおぞましい実験を……」


「一体、キルデガルドは何を造ろうとしているの?」


 ハールネイスへ向けて馬車を走らせながら、リオはエルシャに問いかける。エルシャは御者席に並んで座り、キルデガルドがしようとしていることを聞かせた。


「キルデガルドは、攻防を兼ね備えた完全無欠の鎧を作り出そうとしています。屍肉を用いた、究極の鎧を」


「屍肉……屍兵のもっと凄いことをしようとしてるってこと?」


 リオが質問すると、エルシャは頷く。研究所でのキルデガルドの様子を思い出しながら、彼女が進めていた実験とその成果について話して聞かせる。


「私たちも含め、屍兵も屍獣もみな研究を完成させるための実験体に過ぎないのです。キルデガルドはすでに鎧の試作品を私の妹のトリカブト……いえ、シェリルに与えました。結果は……敗北に終わりましたけどね」


 そう言うと、エルシャは悲しそうに目を伏せる。仕方がないこととはいえ、妹を喪った悲しみはそう簡単には癒えない。リオはしっぽで彼女の頭を撫で、心を落ち着かせようとする。


 その時、馬車の窓が開きエリザベートがひょっこり顔を出す。髪を手で押さえつつ、エルシャに向かってとある質問を投げ掛けた。


「ふと思ったのですけれど、何故今まで反乱を起こしたり裏で妹を救おうとなさらなかったのです? そこまで固い意思があるならば、問題なく行動出来るのでは?」


「そうもいかないのです。キルデガルドは私の反逆を警戒し、絶対に妹たちと一緒にいる状況を作ってくれませんでしたから。必ず自分や見張りの屍兵を付け、逐一私を見張っていたせいで動こうにも動けなかったのです」


「……なるほど。そういうことでしたのね」


 エルシャの言葉を聞き、エリザベートは納得し頷く。その時、リオは強大な魔力の反応が自分たちのところへ近付いてくるのを感知した。


 エリザベートたちに反応が接近していることを伝え、馬車を停めていつ相手が来てもいいよう戦闘体勢を整える。そこへ、大きな翼を羽ばたかせながら現れたのは……。


「リオくーん! みーつけた!」


「え? ダンスレイルさん?」


 現れたのは、カレンたちと共に西へ向かったはずのダンスレイルだった。ビーストソウルを解放したままの彼女は、リオの元に降り立ち頬擦りをする。


「もう、さん付けはやめてって言ったじゃないか。私のことはちゃんとダンねえと呼んでくれないと拗ねちゃうぞ?」


「あら、あなたどうしてここへ? 一体何がありましたの? それと、師匠から離れてくださいませ」


 エリザベートがシッシッとダンスレイルをリオから引き剥がしつつ質問をする。数日ぶりに再会したリオから離されたダンスレイルは頬を膨らませながらも、質問に答えた。


「無事屍兵の大将を倒したから、せっかくだから一緒にかえろうと思って迎えに来たのさ。……一人余計なのが混ざっているようだけどね」


「待ってダンねえ! エルシャさんは味方になったんだよ!」


 エルシャに向かって敵意に満ちた視線を向けるダンスレイルを押さえつつ、リオは事情を説明する。黙って話を聞いていたダンスレイルは、ジッとエルシャを見つめる。


 フクロウのように首を回しながらしばらく見つめた後、スッと手を差し出す。それを見たエルシャが戸惑っていると、ダンスレイルはニコッと笑う。


「リオくんが君を信じるなら、私も君を信じるよ。だから、これは歓迎の握手だ」


「あ、ありがとうございます!」


 二人が固い握手を交わした後、エリザベートが馬車に戻ろうとする。ダンスレイルは彼女を呼び止め、馬車の外にいるよう指示した。


「ああ、待って待って。先にやることがあるから、馬車に乗るのは少し待ってほしいんだ」


「へ? 何をなさるつもりですの?」


「こうするのさ。出でよ、宿木の斧!」


 ダンスレイルは柄のところどころに木の芽が生えたおのを呼び出し、馬車を軽く小突く。すると、馬車から植物のつるが生え、ダンスレイルのほうへしゅるしゅると伸びていった。


「わぁ、凄い凄い! これ、どうなってるの?」


「私のビーストソウルは木属性でね。力を解放している間、こうやって植物を操ることが出来るのさ。つるで馬車と馬を固定して一気に運ぶんだ。私がね」


 馬車と馬につるが巻き付き、ガッチリと固定する。ダンスレイルはしっかり固定されているかつるを引っ張って確かめた後、馬車の屋根を足で掴む。


 エリザベートとエルシャに馬車の中に入るよう指示した後、ゆっくりと翼を羽ばたかせ馬車を空中に浮かせる。リオはダンスレイルの負担を減らすべく、馬車の下に潜り込んだ。


「さ、ハールネイスに帰ろうか。アイージャたちは先に向かってるから、合流しに行こう」


「うん。女王さまが無事か確認したいしね! 屍兵に襲われてないといいんだけどなぁ」


 ハールネイスで起きた出来事を知らないリオたちは、わいわい騒ぎながら空の旅を楽しむ。しかし、彼らはまだ知らなかった。


 キルデガルドが施したハールネイス攻略の仕掛けが、密かに発動しようとしていたことに。

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