274話―世界を巡る旅路・ロモロノス編

 三日目、リオはユグラシャード王国のさらに南、海を隔てた常夏の楽園――ロモロノス王国の土を踏んでいた。アーティメル帝国とユグラシャード王国の次に、ここへ来たのだ。


 四つの島々で構成された、陽気な人々が暮らす海と潮風の国への来訪は、リオの心をワクワクさせる。この地には、リオにとって忘れられない出来事が多くあった。


「……懐かしいなぁ。この国で、エルケラさんと初めて会ったんだっけ」


 かつて、ロモロノス王国が魔王軍幹部ガルトロスの手によって封印された時、リオに力を貸してくれたのがエルケラだった。


 大地の観察者たる観察記録官ライブラリアンだった彼女に導かれ、リオは過去を旅した。


 そのおかけで、リオは己の知らなかった両親との邂逅を果たし成長することが出来た。そのことを、リオはずっと感謝してきたのだ。


「さてと。まずは王宮に行かなくちゃ。大王さまと久しぶりに会いたいしね」


 港で潮風を浴びながらそう呟くと、リオは水の都ハールネイスへ向かう。はりめぐらされた水路をゴンドラで移動し、街の中心部へ入っていく。


 街の中へ進むにつれ、どこからか大勢の人々の歓声が聞こえてくる。リオが不思議そうに首を傾げていると、ゴンドラを漕いでいた船頭が答えた。


「気になるかい? お客さん。実は今、この国が誇る歌姫ディーヴァプレシアちゃんがコンサートをしてるんだ。時間があるなら見ていくといいよ。彼女の歌声は素晴らしいからね」


「プレシアさんが……そうなんだぁ」


 案外早くプレシアと再会出来そうなことを喜んでいると、リオが彼女のファンだと思ったらしく船頭はゴンドラの移動先をコンサート会場へ変更する。


 しばらく水路を進んでいくと、いくつもの水路が集まった大きな円形の水の広場へとたどり着いた。広場の中央、派手な装飾が施された貝殻型のゴンドラの上で、プレシアが歌っていた。


「~♪ ~♪」


「いいぞー! プレシアちゃん、こっち向いてー!」


「あっ、今俺の方見て微笑んだぞ!」


「バカ、オレに向かって微笑んだに決まってんだろ! このすっとこどっこい!」


 くるくる踊りながら歌を歌っているプレシアを無数のゴンドラが囲み、ファンたちがコンサートを楽しんでいた。リオもその中に混じり、最後になるかもしれないコンサートを楽しむ。


(そういえば、この前は一緒に歌って踊ったから、こうやって観客として観るのは初めてだなぁ。プレシアさん、凄く生き生きしてて楽しそう)


 ゆったりとした穏やかな曲調から激しくダイナミックな曲調に変化し、プレシアは力強いステップを踏みながら熱唱する。心底楽しげな彼女を見て、リオは微笑む。


 しばらくコンサートを楽しんでいると、プレシアがリオを見つけた。一瞬驚きで硬直した後、すぐに眩しい笑顔を浮かべ腕がちぎれそうなほどの勢いでブンブン振り始める。


「ああっ! リオくんはっけーん! おーい、リオくーん! こっちにおいでよー!」


「へぇっ!?」


 プレシアは歌うのを止め、リオを自分の方へ呼ぶ。すると、彼女に最も近い数隻のゴンドラに乗っていた男たちが一斉に振り向き、怨嗟の視線をリオに向ける。


 男たちは皆一様に『プレシアちゃん♥️LOVE』と書かれたシャツやハチマキをつけていた。プレシアのコアなファンと思われる男たちは、一斉にヒソヒソ話を始めた。


「おい、あの小僧何者だ? 我らのプリティー☆エンジェルプレシアちゃんからご指名されるなどけしからん!」


「確かアレでござるよ、マジンとかいう子どもの名前がリオとかなんとかでござる」


「ハァー!? チョー有名人じゃないですかぁ! だがしかし、マイラブリー☆プリンセスプレシアたんの側に近付くことは我ら親衛隊が許さん! そうだろお前ら!」


 親衛隊の男たちは、何としてもリオをプレシアに近付けまいと行動に移ろうとする。が、それよりも早く、プレシアが水路に飛び込んでしまった。


 水路を物凄い勢いで泳ぎ、水面から飛び出して空高く舞い上がった後、リオ目掛けて落下していく。あたふたしつつも、リオはなんとかプレシアをキャッチ出来た。


 お姫様抱っこで。


「えへへ、久しぶりだねリオくん! コンサートに来てくれるなんてびっくりしちゃった! 今日最高のサプライだよ!」


「え、えっと……ど、どうも……」


 プレシアはリオにぎゅーっと抱き着き、親愛の情を示す。一方のリオは、彼女のファンたちから向けられる羨望と嫉妬がない交ぜになった視線を向けられ、顔をひきつらせる。


 このままでは、いろんな意味で命が危ない。本能でそう悟ったリオは逃げ出そうとするも、プレシアに無理やりコンサート用のゴンドラに乗せられてしまった。


「みんなー! 今日はスペシャルゲストが遊びに来てくれたよー! 私の大大大、だーいすきな男のコ、リオくんでーす!」


「ど、どうも……」


 突き刺すような視線を向けられ、リオは冷や汗をかく。正直、ダーネシアやオルグラムと相対するよりよっぽど怖い。心の中でそう思うのも無理からぬ状況であった。


「リオくん、なんとなくだけどね、なんで今日ここに来てくれたのか分かるんだ。……リオくん、どこか遠いところに行くんでしょう? だから、その前に……私に、会いにきてくれたんだよね?」


「えっ!? ……うん、実はね……」


 女の勘、というやつだろう。プレシアはあまりにもタイミングが良すぎるリオの来訪に何かを感じそう訪ねる。もはやコンサートそっちのけになってしまったが、リオは全てを話す。


「……そっか。魔王を倒すために、行っちゃうんだね」


「……うん。もしかしたら、帰ってこられないかもしれない。だから、みんなに会って回ってるんだ」


 そう語るリオを、プレシアとそのファンたちはじっと見つめていた。当初の刺すような視線はもうなく、死地へ向かう者を見送るための敬愛の眼差しへ変わっていた。


「分かった! じゃあ、私歌うよ。リオくんが無事に帰ってこられるように、祈りを込めた歌を。またいつか、一緒にデュエットしたいから……みんなも、一緒に歌ってくれるー!?」


「おおおーー!!」


 プレシアの大声での問いかけに、ファンたちは迷いなく応える。そして、即興で作られたリオの無事を祈り、彼を讃える歌が合唱された。


 リオはプレシアと手を繋ぎ、踊りながら心の中で決意する。必ず、生きて帰ろうと。また再び、愛しい者たちと手を取り歌い踊るために。


 水の都にて、リオはまた一つ、思い出を心に刻み込んだ。



◇――――――――――――――――――◇



 それからしばらくして、空がオレンジ色に染まる頃にコンサートは終わった。リオは再びゴンドラに乗り、今度こそ王宮へと向かう。


「こんばんはー。あの、大王さまと謁見出来ますか?」


「あっ! あなたはリオさん! どうぞどうぞ、ランダイユ様もお喜びになりますよ。さあ、こちらへ」


 守衛に案内され、リオは謁見の間へ向かう。ランダイユはリーエン監視の元書類に判を押していたが、リオが入ってきたのに気付き、喜びを全身で表現する。


「おお! リオではないか! うおおおお、会いたかったぞ! 元気にしてたか?」


「はい、僕は元気ですよ大王さま。リーエンさんもお久しぶりです」


「おひさしぶりでちゅね、リオちゃま。大王ちゃまもあたちも、毎日元気にしてましゅ」


 相変わらず舌足らずなリーエンは、ランダイユ同様嬉しそうにニコニコしていた。リオは彼らにも魔王討伐のための最後の旅に出ることを告げる。


 それを聞いたランダイユは、何かを閃いたらしくニィッと口角を吊り上げ笑う。いやーな予感を覚えたリオの考えは的中し、ランダイユは大声で叫ぶ。


「よーし! なら必勝祈願をしねえとな! 野郎ども、集まれぇーい! 久々にィ、『蛮散会』をやるぞぉ! 景気づけに手厚く揉んでやれぇ!」


「うおおおおおおーーー!!!」


「わー! やっぱりー! そんなことだろうと思ったよー!」


「……はぁ。今のうちに避難しておくでち……」


 ランダイユの叫びに呼応するかのように、謁見の間の大扉が勢いよく蹴破られた。むさ苦しい戦士たちが雪崩れ込み、リオへ襲いかかってくる。


 ちゃっかりランダイユも混ざり、激しい大乱闘が繰り広げられる。その渦中にありながらも、リオは心の底から楽しそうな笑顔を浮かべていた。


 ……リオがランダイユ含めた全員を返り討ちにするまで、十分もかからなかったのはここだけの話である。

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