218話―新しい風が吹く
「……オメガレジエートが撃墜された、だと?」
「はい、ミニードアイバットからの報告によるとクルーは全員死亡、五行鬼のふたりも討ち死にしたとのことです」
リオたちの戦いが終わってから三時間後、グレイガの元に敗北の知らせが届いた。切り札の一つを破壊されたという報告を受けてなお、グレイガは平然としている。
彼にとってオメガレジエートは試作機程度の存在でしかなく、むしろクルーたちが亡くなったことの方が大きなダメージとなっているようであった。
「そうか、クルーは全滅か……。遺族らに手厚い補償をする、手配しろ。それと、全員分の墓を作る。オレの財産から全部捻出すると伝えろ」
「ハッ、かしこまりました」
部下が去った後、グレイガは机に肘をつきため息をつく。オメガレジエートのクルー……特に、艦長のネモとは親交があったためかなりショックを受けていた。
「いつも言ってたろうがよ。例え作戦が失敗しても、生きて帰ってくりゃそれでいいってよぉ。ったく、最低の命令違反だぜ……」
悲しみを滲ませながらそう呟いた後、グレイガは立ち上がり城の地下へ降りていく。まだ作戦は始まったばかり、悲しんでばかりいられないのだ。
階段を降りている途中、背後から落ち着いた女の声がかけられる。
「ねえ、あなた……あの方がどこにいるか知らないかしら」
「あん? なんだアンタは。人にモノを頼む時は名前くらい名乗りな」
廊下の隅、黒い布で全身をスッポリと覆った人物に話しかけられ、グレイガはそう答える。布の女はクスクス笑いながら、そっと顔にかかった布をめくり答えた。
「それもそうね。私はオリア。遥か昔、あの方と共にこの魔界を創造した、魔王軍最初の幹部よ」
「! へえ、これは……。噂には聞いてるぜ、アンタがあの『暗つき炎姫』オリアか。失礼なことを言った、詫びさせてもらう」
女の正体を知り、グレイガは素直に頭を下げる。自身の同僚にして、最古参の幹部オルグラムから彼女のことを聞いていたからだ。
オリアはクスクス笑いながら、ゆっくりと身に纏っていた布を脱ぎ捨てる。暗い青色のローブに着替えており、ところどころに炎のような紋様が走っている。
「あら、あの子はまだ在籍してるのね。羨ましい限りだわ。私よりも長くあの方にお仕えすることが出来て」
「本人も栄誉なことだと常々言っているぜ。しかし、どうやって帰ってきたんだ? アンタは遠い昔に死んだはずだろ?」
グレイガの言葉通り、オリアは七百年前に当時の勇者に討たれて死んだ。本来ならその魂は鎮魂の園の最深部、悠久の牢獄に幽閉されているはずだが……。
その問いに対するオリアの答えは、至極シンプルなものであった。長い年月をかけて牢獄を破り、脱獄を果たしたのだと彼女は口にする。
「七百年もかかってしまったけれど、これでようやくまたあの方の元で戦えるわ。ああ、本当に嬉しい」
「へえ……んじゃ、早く会いに行ってきな。オレらの主……グランザーム様によ」
その言葉を最後に、二人は別れた。グレイガは城の地下へ、オリアはグランザームの城へ。それぞれの目的地へ向かい、しばし別れる。
しかし、この時グレイガはまだ知らなかった。今後の作戦遂行において、オリアと共闘することになる、ということを。
◇――――――――――――――――――◇
一方、屋敷に戻ったリオは、しばし休憩した後アイージャを連れて宮殿へ向かう。今回のことは、皇帝に報告しておいた方がいいと判断したからだ。
皇帝アミル四世と謁見し、密林にてオメガレジエートや五行鬼と遭遇し撃破したことを報告する。話を聞き終えた皇帝は、さらなる攻撃を懸念し、守りを固めることを決めた。
「報告ご苦労であった。次にいつ襲撃があるか分からぬ、各地に配備した帝国軍に通達を出すとしよう。そなたらも疲れたであろう、下がってよいぞ」
「はい。では失礼します」
報告を終え、リオたちは屋敷へと帰る。屋敷に着くと、セバスチャンが待っていた。手にはリオ宛ての手紙を持っており、それを渡してくる。
「お帰りなさいませ、リオ様。冒険者ギルドより手紙が届いておりますよ」
「ギルドから? なんだろう」
どんな用事だろうかと考えつつ、リオは封を切る。中に入れられていた便箋には、リオに対する討伐依頼が記されていた。帝国南部に出没したドラゴンゾンビを倒してほしい。
手紙にはそう記されており、下部には討伐を依頼したと思わしき人物のサインがフルネームで書かれていた。エドワード・ノルン・ラッゾという人物が依頼人のようだ。
「おや、随分と珍しいですね。ラッゾ卿がギルドに依頼を出すとは」
「セバスチャン、知ってるの?」
「ええ。以前仕えていたお方です。ラッゾ卿は猟兵団を抱えているので、基本的にギルドに依頼を出すことはないのですが……それだけ、魔物が厄介だということでしょう」
セバスチャンはそう言うと、屋敷の中に引っ込んでいった。手紙の最後に、使いの者が帝都まで迎えに来ることが書いてあり、手紙の発送から三日後には到着するとあった。
リオは旅の支度をするため屋敷に入り、カレンたちに手紙を見せながら説明をする。すると、レケレスが自分も一緒に行きたいと駄々をこね始めた。
「わたしも一緒にいくー! おとーとくんと旅行したーい!」
「いや、レケレスよ。これはただの旅行ではないぞ? 冒険者ギルドからの正式な依頼だ、お主は行けぬぞ」
アイージャの言う通り、冒険者ギルドに登録すらしていないレケレスでは同行する許可が降りるわけもない。駄々っ子のように暴れていたレケレスは、ムクリと起き上がる。
そして、アイージャたちに向かってとんでもない宣言をした。
「分かった! じゃあこの三日で冒険者になる! それも、ランク高いやつ!」
「はあ!? いやいやいや、無茶言うなよ! いくら魔神だからってそんな忖度されねえって!」
滅茶苦茶なことを言い出したレケレスに、仰天しつつカレンがそう言い聞かせる。が、レケレスはもう聞く耳がなく、身支度を整えて部屋を飛び出してしまった。
「待っててね、おとーとくん! わたし、立派な冒険者になってくるから!」
「え!? ちょ、ちょっと待っ……」
リオが止める間もなく、レケレスは風のように去っていった。それを見送ることしか出来なかったアイージャたちは、深いため息をつく。
「……後でギルド行かねえとな。ナニやらかすか分かったもんじゃねえからな」
「うむ。全く、頭の痛いことよ……」
これから起こるであろうトラブルを想像しながら遠い目をするアイージャとカレンを見ながら、リオは苦笑いすることしか出来なかった。
◇――――――――――――――――――◇
「やったー! Bにランクになったよー!」
「おいおい、有り得ねえだろ……」
それから三日後、なんとレケレスは本当に高ランクの冒険者になって帰ってきた。あちこちのダンジョンをひたすら遠征し、危険な魔物を討伐して回ったらしい。
あまりにも凄まじい成績を残した上、さらには魔神でありリオの仲間であることを評価されたようで、破格のランクアップを果たしたようだ。
「どーお? これでもう文句はないでしょ?」
「僕はいいけど……ラッゾ卿の使いの人が許可してくれるかなぁ」
そんなことを話しつつ、リオとレケレスは帝都の広場にある噴水公園で使者を待っていた。大きなトランクの上に腰かけて待っていると、茶色いレインコートを着た男が近付いてくる。
胸にはラッゾ家の家紋をあしらったバッジが付いているため、まず使者で間違いないだろう。男は丁寧にお辞儀をすると、リオに声をかけてきた。
「あなたがリオさんですね? わたくし、エドワード・ノルン・ラッゾ様の部下のエギルと申します。依頼を引き受けてくださりありがとうございます。詳しいお話は馬車の中でしますので、こちらに着いてきてください」
「分かりました。あの、おねーちゃんも一緒なんですけどいいですか?」
「構いませんよ。旦那様もサプライズに喜ぶでしょう」
使者エギルの言い回しに若干既視感を覚えつつも、リオたちは彼の後に続いて帝都を出る。防御壁の近くに停めてあった馬車に乗り込み、ラッゾ領へ出発した。
「ケロケロ、おとーとくんと旅行するの楽しみだなぁ~」
「あはは、そうだね。ドラゴンゾンビを倒したら、ちょっとだけでも観光出来ればいいね」
そんなことを呑気に言いつつ、上機嫌にケロケロ歌うレケレスを見ながらリオはそう答える。しかし、この時リオは知らなかった。エドワード・ノルン・ラッゾと、とある人物に以外な繋がりがあるということを。
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