233話―再会と出会い
「……オリアの気配が消えた。再び黄泉へと還ったか……」
玉座に座ったグランザームは、小さな声でそう呟く。己の妻、オリアの気配が大地から消え、彼は理解する。彼女は再び、鎮魂の園へ戻ったのだ、と。
グランザーム自身、いずれそうなるだろうとは思っていたものの、心が痛まないと言えば嘘であった。とはいえ、神の介入となれば事が大きくなる。
下手にオリアを守り続ければ、最悪創世六神との全面戦争になる可能性もあった。故に、魔王は涙をこらえながらあえてオリアを助けなかったのだ。
「……神々との戦いは余の仕事ではない。オリアのことは残念ではあるが……いずれ、余も黄泉へ行く。その時にまた再会すればよいのだ」
そう呟いて己を納得させ、グランザームはオリアのために祈りを捧げる。自分たち闇の眷族の始祖、
一方、グレイガも己の城の中庭にて亡くなった部下たちの葬儀を執り行っていた。一人ひとり丁寧に弔い、墓を建て黙祷を捧げる。
「……安心しろ。お前らの仇は必ず討ってやる。近いうちに総攻撃を仕掛ける、その時に……必ず盾の魔神を殺す」
アッパーヤードは最後の調整段階に入っており、後数日もあれば完成することとなる。そうなれば、グレイガ自ら乗り込みアーティメル帝国へ攻め込めるだろう。
「……待ってろ、魔神ども。せいぜい、残り数日の平和を楽しんでおきな。必ず、このオレが勝つ。オレの身体に宿る三つの切り札でな」
小さな声で呟きながら、グレイガは不敵な笑みを浮かべた。
◇――――――――――――――――――◇
屋敷へ帰還した翌日、リオは一人で冒険者ギルドへと出向いていた。ドラゴンゾンビの討伐依頼を達成したことを報告するためだ。
ギルドに入り、受付カウンターへ向かう。仕事をしていた受付嬢に声をかけると、ギルドマスターが応対すると告げられ、しばらく待つよう説明させる。
リオは併設されている酒場の方に移動し、軽食と飲み物を注文して時間を潰していると、近付いてくる人物がいた。
「よお、久しぶりだな。俺のこと覚えてるか?」
「へ? おじさん、だ……あーっ!」
大柄な男に話しかけられ、リオは目をぱちくりさせる。しばらく男を見ていると、リオは相手が何者なのか思い出した。
数ヶ月前、初めてカレンと出会った町……タンザの冒険者ギルドで絡んできた酔っ払いの男、ボルグがいた。そのボルグが今、リオの目の前にいるのだ。
「思い出したようだな。そう、俺だよ、ボルグだよ」
「そうだ、思い出した……あの時カレンお姉ちゃんに睨まれて逃げてったおじさん!」
ザシュロームによるタンザ襲撃の時に、他の冒険者共々亡くなったとばかり思い込んでいたリオはおどろきを隠せず、想わず失礼なことを言ってしまう。
まあ、本当のことであるためボルグも否定はしなかったが。
「久しぶりだねえ、てっきり死んじゃったのかと思ってた」
「あんときゃ、依頼でタンザから離れて別の町にいたんだよ。……留守番してた仲間はみんな、魔王軍の連中に殺されちまったけどな」
まさかの再会を喜ぶリオに、ボルグは寂しそうに笑いながらそう答えた。それを聞いたリオは一転、申し訳なさそうに耳をへにゃりとさせてしまう。
「気にすんな、今は別の連中とパーティー組んで仲良くやってるからよ。……実はな、坊主に礼をしたくて帝都まで来たんだよ。ここを拠点にしてるって話を聞いてな」
「お礼?」
「ああ。ザシュロームの野郎をぶっ殺して、仲間の仇を討ってくれたからな。あれから、あちこち転々としながら冒険者稼業してたから、なかなか会いに来る機会がなくてよ……ほれ」
そう言うと、ボルグは懐から小さな指輪を取り出した。指輪には光り輝く猫目石が嵌め込まれており、優しい温もりに満ちていた。
指輪をリオに手渡すと、ボルグはどんな効果があるのかについて説明を始める。
「こいつは望郷の指輪っってな、猫目石に強い帰還の魔法が宿ってるんだ。使い捨てになっちまうが、これを使えばいつでも拠点に定めた場所に戻れる。どんな状況からでも、な」
「いいの? そんな強力な指輪もらっちゃって」
強力な効果があることを知り、リオは受け取りを躊躇してしまう。が、ボルグは笑いながら指輪をリオに手渡す。
「いいんだ。俺が持ってるより、坊主が持ってる方が役に立つだろうからさ。……んじゃ、そろそろ帰るわ。ありがとな、小さな英雄さんよ」
そう言い残し、ボルグはギルドを去っていった。リオは彼を見送りつつ、指輪を懐にしまう。食事を食べ終えた頃、受付嬢に呼ばれギルドマスターの執務室へ通される。
執務室に行くと、ギルドマスターのベリオラスが待っていた。彼に勧められ、リオはソファに座る。そして、ドラゴンゾンビ討伐の顛末について報告した。
「ふむ……なるほど、やはり魔王軍が裏で絡んでおったか。いや、ご苦労じゃった。ラッゾ卿も喜んでおるじゃろう」
「ええ、少なくない犠牲はありましたけど、無事依頼を達成出来てよかったです」
和気あいあいとした雰囲気のなか、二人は雑談をする。しばらくして、ベリオラスは何かを思い出したらしく、ポンと手を叩きながら話し出す。
「おお、そうじゃ。ウィニームのギルドからお主宛てに依頼の報酬が届いておるのじゃよ。コールドスライムを集めてくれた礼だと言うておったな。これ、持ってきておくれ」
「かしこまりました」
ベリオラスは近くに控えていた部下に声をかけ、お礼の品が入った箱を持ってこさせる。
「む、なかなか重いの。何が入っているのじゃろうな」
「開けてみますね。さーて、何が入っているのかな……!?」
箱を受け取ったリオは、何が入っているのかわくわくしながら蓋を開ける。すると、うにょーんと伸びる濃い青色のなにかが箱の中から溢れ出てきた。
溶けたゼリーのような
「ま、魔物!? ……って、わあーっ!?」
「……♥️」
ゼリー質の女性は、思わず身構えるリオに飛び付き、親愛の情を込めてすりすりと頬擦りする。予想外の事態を目の当たりにしても、ベリオラスと彼の部下は動じることはなかった。
「ギルドマスター、箱の底の方に手紙が入っていますよ」
「お、ほんとじゃな。どれどれ……」
ベリオラスは手紙を手に取り、中に書かれている文章を読む。手紙には、リオへのお礼として余ったコールドスライムを
「ふむ、なるほど。どうやら、配達される途中でコールドスライムたちが合体してしまったようじゃの」
「ええ。しかし、珍しいですね。コールドスライムは滅多に合体しないのに……。それも、最上位クラスのクイーンスライムに変化するとは」
「は、話してないで助けてくださーい!」
二人がのほほんとそんな会話をしていると、リオはバランスを崩しソファごとひっくり返ってしまった。クイーンコールドスライムにのしかかられ、助けを求める。
「お主、確か召還の指輪を持っておったじゃろ。そのクイーンコールドスライムも契約してやるとよい。コールドスライムは氷の力を増強する性質があるでな、役に立つじゃろう」
「そ、そうします……。それにしても、こんなに早くなつくものなんですね、コールドスライムって……」
「……♥️」
おぶさるようにへばりつくクイーンコールドスライムをしっぽで撫でつつ、リオは苦笑する。懐から召還の指輪を取り出し、テイムの契約を交わす。
すると、クイーンコールドスライムは指輪の中へと吸い込まれていった。先住者であるスフィンクスのフィンと仲良くしてくれることを願いつつ、リオはギルドを出る。
「ふう、まだお昼なのに凄く疲れちゃったな……。お姉ちゃんたちに、なんて説明しようか……」
そんなことを呟きながら、リオは屋敷への道を歩いていく。その後、屋敷でさらに一悶着起こるということを、この時のリオはまだ知らずにいた。
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