14話―両雄が出会う時

 ギオネイの言葉に、リオとカレンは固まってしまう。そして、一介の冒険者でしかない自分たちがここまで厚遇されている理由に、ようやく気が付いた。


「お姉ちゃん、どうしよう……。正直に言ったほうがいいのかな」


「どうだろな……この国じゃ割と魔神も信仰されてるけど、正直に言って信じてもらえるか分かんねえな」


 ニコニコと笑うギオネイを前に、リオとカレンは小声で話し合う。このまま二つの先天性技能コンジェニタルスキルを持つ者であると嘘を押し通すか、自身の正体を明かすか……。


 リオに二つの選択肢が突きつけられた。こそこそ内緒話をしている二人を見つめるギオネイにチラッと視線を向けた後、リオは決意する。自身の正体を明かすことを。


 元々嘘をつくのが嫌いという性分であるのに加え、ここで嘘をついたら後々大きな問題になる。そんな勘がリオの心の中にあったのだ。


「……将軍さん。僕は、先天性技能コンジェニタルスキルを二つ持ってるわけじゃないんです。実は……」


「ギオネイ将軍! 大変です! ザシュローム率いる魔王軍が南の町タンザを襲撃したとの情報が入りました!」


 リオが話し出そうとした瞬間、応接間の中に一人の騎士が飛び込み凶報をもたらした。それを聞いたリオとカレン、ギオネイは同時に立ち上がる。


「襲撃だと? しかもよりによってあのザシュロームが、か……。よし、ただちに飛竜部隊を召集せよ! 空路よりタンザ奪還に向かうぞ!」


「ハッ! ただちに準備致します!」


 ギオネイの指示を受け、騎士は応接間を後にする。ギオネイも出撃の準備をしようとすると、リオが彼に声をかけた。


「待ってください、ギオネイさん。僕たちも一緒に戦います! タンザの町に、知り合いがいるんです」


「そうか、それは助かる! 橋を壊されたせいで陸上部隊が送れない。猫の手も借りたいところでしたからな! 猫だけに!」


 リオの猫耳を見ながらギオネイは駄洒落を言い放つも、二人から反応はなかった。ギオネイは咳払いをした後、中庭にある飛竜の発着場へ来るよう二人に告げ部屋を出る。


 二人はギオネイに続いて応接間を出て中庭に向かう。すでに飛竜部隊が集結しており、いつでも出撃出来る準備が整えられていた。部隊の中には、アーリーの姿もあった。


「やや! お二人がどうしてここにいるでありますか!?」


「あ、アーリーさんもいたんだ。僕たち、助太刀に来たんだよ! タンザのみんなを助けるためにね!」


 アーリーが驚くと、リオは胸を張って得意げに答える。そんなリオに、騎士の一人が小バカにするように声をかけた。


「ハッ、そうは言ってもただのガキじゃないか。頼むから足だけは引っ張らないでくれよ?」


「ああん? ハッ、聞いて驚けよ、そこのでくの坊。リオはこう見えてな、アタイと同じCランクの冒険者なんだぜ! しかも先天性技能コンジェニタルスキル持ちだ! 足手まといにはならねえさ」


 リオをバカにされてカチンときたカレンがそう口にすると、アーリーを含めた騎士たちの間に動揺が走る。ただの獣人の子どもだと思っていたリオが実力者だと知り、見る目が変わった。


「マジかよ……あの子どもが?」


「Cランクって言ったら、冒険者の中でも強いほうじゃねえか。しかも先天性技能コンジェニタルスキル持ち? 今回楽に勝てるんじゃねえか?」


 ざわめきが広がるなか、支度を整えたギオネイが騎士たちに号令をかける。騎士たちはひそひそ話を即座に止め、ギオネイの言葉に耳を傾けた。


「諸君! よくぞこの短時間で集まってくれた。礼を言おう。現在、帝都の南にある町、タンザが魔王軍の襲撃を受けている。敵は『傀儡道化』ザシュロームだ! 手強い相手だが、諸君なら勝てると我輩は信じている!」


 そこまで言った後、ギオネイはなにより、と言葉を続ける。騎士たちに混ざって演説を聞いているリオを見ながら、ニカッと笑みをこぼす。


「我らには強力な助っ人がいる! そこにいる獣人の少年……リオ殿は先天性技能コンジェニタルスキルを持っている! 彼の力があれば、我らの勝利は揺るぎない! さあ、出撃だ!」


「おおー!!」


 ギオネイの言葉に、騎士たちは腕を突き上げ力強く応える。それぞれの相棒の飛竜に跨がり出撃準備を整えるなか、アーリーがリオに尋ねる。


「およ? そういえば、リオ殿たちはどうするのでありますか? 飛竜に乗っていないようでありますが……」


「大丈夫だよ。僕には翼があるから。出でよ! 双翼の盾!」


 アーリーの問いに答えた後、リオは背中に翼を模した盾を作り出す。騎士たちが唖然としているなか、リオは翼を羽ばたかせ宙に浮き上がる。


 カレンの胴にしっぽを巻き付けつつ手を握り、南の空を見る。タンザにいるベティを心配していると、ギオネイが出撃命令を騎士たちに下した。


「行こうぜ、リオ! ベティたちを助けてやろうぜ!」


「うん! 頑張るぞー!」


 飛竜部隊の面々と共に、リオとカレンはタンザを目指す。ザシュロームとの邂逅の時が、すぐそこまで迫って来ていた。



◇――――――――――――――――――◇



「ザシュローム様、これでこの町にいた冒険者は全員抹殺しました。籠城している者たちも、じきに降伏するでしょう」


「ご苦労だった。後は例の後継者さえここに戻れば、我が作戦は完遂する」


 その頃、ザシュロームは配下を率いタンザの制圧を完了させていた。町長の自宅だった屋敷に陣取り、タンザを去ったリオが騒ぎを聞き付けて戻ってくるのを待つ。


 自身の目論見通り、リオが帝国軍と共にタンザに向かっているとの報を受けザシュロームは笑う。ディゴンが敗れ、指令書が敵の手に渡るという誤算はあったが、計画に変更はない。


 リオを手に入れてしまえば、魔神の力を以て残る帝都への進軍及び皇帝暗殺の計画も達成出来る。そう考えたザシュロームは不敵な笑みを浮かべながら、腰から下げた人形を取り出し遊ぶ。


「ふふふ……会いたいのだろう? かつての仲間に。会わせてやるとも。我が傀儡として存分に再会を喜ぶがいい。さて、そろそろ出陣しようか」


 敵の接近を報告されたザシュロームは、椅子から立ち上がり屋敷の外に向かう。それから間もなく、リオたちがタンザへ到着する。地上から大砲を放ってくる魔族たちを飛竜のブレスで蹴散らしつつ、地へ降り立つ。


「……静かだな。恐らく、住民たちはどこかに捕らえられているのだろう。いくらなんでも、短時間で全員を殺せるわけがない」


「多分、そうだと思うよ。向こうのほうから人の気配がするもん」


 ギオネイが呟くと、リオがとある方向を指差す。リオが指差す方向には、冒険者ギルドがある大通りが続いていた。ギオネイは部隊を二つに分け別々の道を進む。


 リオとカレンはギオネイとアーリーがいる本隊と共に行動し、冒険者ギルドを目指す。その途中、広場に到達した彼らの耳に、ザシュロームの声が響く。


「ようこそ。帝国の犬たちよ。自ら死にに来るとはたいした度胸だ」


「どこにいる! 姿を見せろ!」


 剣を抜きつつギオネイが叫ぶと、リオたちの目の前の空間が歪み、中からザシュロームが現れた。ザシュロームはリオを見て目を細める。


 ずっと会いたいと願っていた、盾の魔神の力を受け継ぐ者にようやく巡り会えたことに喜びを隠せず、両手を広げて愉快そうに大声で笑う。


「ハッハハハハハハ!! ようやく、ようやく出会えたぞ! 盾の魔神アイージャの力を受け継ぐ者よ! 私はずっとお前を探していた! こうして会うことが出来て光栄だ、継承者よ!」


「お前、どうしてそれを……!?」


 ザシュロームの言葉に、リオは驚愕の表情を浮かべる。いや、リオだけでなくギオネイやアーリーたちも同様に驚きをあらわにし、驚愕と畏敬が混じった視線をリオに向ける。


 伝説に語られる、ベルドールの座に名を連ねる七人の魔神。リオがその一人、アイージャの力を受け継いだ存在であることが白日の元に晒され、騎士たちの間にどよめきが広がる。


「ふふふ。私は常に君を監視していた。だから知っている。君が勇者の一味であることも……と親しかったこともな!」


 そう叫ぶと、ザシュロームは腰から下げたジーナとサリアの人形を両手に持ち天高く腕を掲げる。禍々しい黒い光が人形を包み込み、邪悪な輝きを放つ。


「これは、一体……!?」


 あまりの眩しさに目を閉じていたリオがまぶたを開くと、目の前に広がる光景を見て固まってしまう。目の前には、ジーナとサリアがいた。


 ビスクドールのような姿に変えられた、かつての仲間たちの後ろにいるザシュロームは、魔力で出来た糸で両手の指と人形を繋げ、操りはじめる。


「さあ、見せてやろう。この私……『傀儡道化』ザシュロームの力をな!」


 リオとザシュローム、二人の対決が今、始まろうとしていた。

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