15話―傀儡道化ザシュローム

「その人形……! お前! ジーナさんとサリアさんに何をしたんだ!」


 人形にされた二人を見て、リオは怒りをあらわにする。今もどこかでボグリスと旅をしているものだと思っていたリオにとって、青天の霹靂とも言える事態であった。


 ザシュロームはクックッと喉を鳴らし笑った後、ピュウと口笛を吹く。上空に無数の空間の歪みが現れ、その中から紫色の肌を持つ魔族の兵士たちとレッサーデーモンの部隊が出現する。


「知りたいか? なら教えてやろう。激しい戦いの中でな! 我がしもべたちよ! 帝国の犬どもを蹴散らせ!」


「全員、三人一組でチームを作れ! 敵に数で押させるな!」


 ギオネイとザシュロームが同時に部下へ指示を下し、戦いが始まった。魔族部隊と騎士団がぶつかり合うなか、リオとカレンはザシュロームと向かい合う。


「さあ、これで準備は整った。後はお前を捕らえれば、私の計画は成る。完璧にな」


「そんなことどうでもいい! ジーナさんたちに何をしたんだ! 答えろザシュローム!」


 普段温厚なリオにしては珍しく、怒りを剥き出しにしてザシュロームを睨む。カレンも得物の金棒を呼び出し、いつでも飛びかかれるよう構える。


 ザシュロームは糸を通して人形にされたジーナとサリアを操作し、二人に向かって襲い掛からせていく。その最中、愉快そうに語り出す。


「教えてやろう! 貴様が魔神の力を継承したあの日……私は勇者の一味を襲撃した。ザントネラ山に奴らがいるという情報を受けてな!」


「そうか、その時に二人を……」


 ジーナ・ドールの鉄拳を避けつつ、リオは悔しそうに呟く。もしあの時、自分が彼女たちの元に戻っていれば……そう悔やみながらも、不壊の盾を呼び出し応戦する。


「その通り。このサリアという娘は……人形にされる最中、ずっと泣き叫んでいたな。それはそれはイイ声で……鳴いていたぞ!」


「リオ! あぶねえ!」


 ザシュロームはサリア・ドールを飛び上がらせ、リオ目掛けてドロップキックを放つ。咄嗟にカレンが割り込み、金棒を振るってサリア・ドールを吹き飛ばした。


 民間に激突し崩れた瓦礫の中に埋もれたサリア・ドールだったが、すぐに立ち上がり瓦礫を蹴散らして戦線に復帰する。それを見たカレンは舌打ちし呟く。


「クソッ、なんつう頑丈さだ。本気じゃねえとはいえ、アタイの攻撃を食らってピンピンしてやがる」


「クククッ、当然だ。我が戦闘傀儡を甘く見てもらっては……困るな!」


 ザシュロームはジーナ・ドールとサリア・ドールを同時に動かし、カレンを挟撃させる。まずは邪魔者を排除しようとするも、そう簡単には事は進まない。


 肉体強化の魔法をかけたリオがジーナ・ドールに体当たりし、攻撃を強引に中断させたのだ。リオはジーナ・ドールの肩を掴み、必死に声をかけ正気に戻そうとする。


「ジーナさん! 僕だよ、リオだよ! お願い、正気に戻……あぐっ!」


「リオ!」


 説得も虚しく、ジーナ・ドールはヘッドバットをリオの顔面に叩き込み吹き飛ばす。噴水に突っ込んだリオの元に、アーリーの悲鳴が届く。


「だ、誰か! ヘルプであります! 誰かー!」


 声のするほうを見ると、アーリーのチームが八体のレッサーデーモンに囲まれていた。劣勢に陥っている騎士たちを助けるべく、リオは『引き寄せ』の力を発動する。


「おーい! 僕を見てー! カレンお姉ちゃん! 手伝いお願い! 出でよ、飛刃の盾!」


「オッケー! 任せろ、合体技だ! シールドホームラン!」


 サリア・ドールをザシュロームに向かって吹き飛ばしたカレンは、リオが生成し投げつけてきた飛刃の盾を金棒でおもいっきり殴り付け跳ね返す。


 フチの刃をオミットされた盾は、リオに向かってきた八体のレッサーデーモンたちにぶつかり合う。そして、バウンドしながら纏めて殲滅していく。


「ぐうっ……! なんということだ。『引き寄せ』……思っていたより危険な能力だな。こうなれば、狙いを変えるよりないか……」


 サリア・ドールの下敷きになっていたザシュロームは、そう呟き作戦を変える。カレンより先にリオを戦闘不能にし、騎士団の力を削ぎ落とすことに決めた。


「助かったであります! 後は自分たちで戦いますので、リオ殿はザシュロームを頼むであります!」


「分かった! さあ、勝負だザシュローム!」


 アーリーたちの援護を終え、リオはザシュロームに向き合う。カレンと並び、二体の戦闘傀儡と対峙する。二人は同時に人形に飛びかかっていく。


 リーチと瞬発力の差もあり、カレンが先にサリア・ドールに飛び付く。リオは不壊の盾を消し、両手に飛刃の盾を呼び出してジーナ・ドールに向かっていくが……。


「リ……リオ……」


「ジーナさん!? よかった、正気に戻ったんだね!」


 次の瞬間、ジーナ・ドールが声を発する。それに気を取られ、リオは攻撃の手を止めてしまう。刹那、ザシュロームが動く。糸を切り離し、目にも止まらぬ速度でリオに接近して膝蹴りを放った。


「バカめ、かかったな! これでも食らえ!」


「あぐっ……!」


 リオはみぞおちに攻撃を食らい、再び噴水へ激突する。立ち上がろうとするも、そこへザシュロームが追撃を加える。カレンはリオを助けに行こうとするも、傀儡に阻まれてしまう。


「リオ! クソッ、邪魔すんじゃねえ! このクソ人形ども!」


「クククッ、ムダムダ。どれだけ声をかけようが無意味。その二人はすでに我がコレクションに加わっているのだからな!」


 ザシュロームはリオに馬乗りになり、両腕を踏みつけて抵抗を封じつつ殴打の嵐を叩き込む。それを見たギオネイは、部下と共にリオの救援に向かう。


「騎士たちよ、我輩に続け! 少年を助けるのだ!」


「フン、そうはさせぬわ! ハアッ!」


 ギオネイの動きを察知したザシュロームは、ドーム状の闇の結界を展開し、騎士団を遮断してしまう。ドームの中には、リオとザシュローム、カレンと二体の傀儡が残された。


「クハハッ! 魔神の力を受け継いだとはいえ、所詮は子ども! 体格の差を覆すことなど出来ぬようだな!」


「そんな、こと、ない……! こうして……やるぅ!」


「ぬうっ!?」


 リオはしっぽをザシュロームの身体に巻き付け、カレンのほうへ投げ飛ばす。金棒で二体の傀儡を弾き飛ばし、カレンはニヤリと笑う。


「へっ、自分からこっちに来てくれるとはなぁ! これは挨拶代わりだ、歯ぁ食い縛れや! 戦技、キャノンストライク!」


「まずい……! 傀儡魔法、ドールチェンジ!」


 金棒の一撃を避けられないと見たザシュロームは、サリア・ドールと居場所を入れ替え致命傷を避けた。代わりとなったサリア・ドールは戦闘不能となり、元の人形に戻る。


「チイッ、よくも我がコレクションをムダに消耗させてくれたな! 許さんぞ、オーガの女!」


「許さないのは僕のほうだ!」


 カレンに襲いかかろうとするザシュロームの背中に飛び付き、リオはありったけの力を込めて肘打ちの連打を浴びせかける。ザシュロームは天高く飛び上がり、リオを振りほどいた。


「邪魔だ! 来い、戦闘傀儡よ!」


 さらに、ジーナ・ドールを呼び寄せてリオの四肢を拘束し、半壊した噴水目掛けて勢いよく落下し叩きつけた。小さく呻いた後、リオは気を失ってしまう。


「リオ!」


「てこずらせおって……! まあいい、後はこやつを連れ帰れば……」


「させっかよ!」


 カレンは噴水に突撃し、リオを救出する。結界の端へ向かい、リオを背中に隠しザシュロームとジーナ・ドールに向かって金棒を構える。


「リオには指一本触れさせねえ! リオを連れ去るなら、アタイを殺してからにしな!」


「……解せぬな。なぜお前はそこまでその少年を守ろうとする?」


「決まってるだろ? アタイがリオに惚れたからさ。健気で、優しくて、いつも誰かのためにあろうとしてる……そんなリオのためなら、命くらいいくつでも捨ててやるさ!」


 ザシュロームの問いに、カレンは笑みを浮かべながら答える。答えを聞いたザシュロームは理解出来ないとばかりにかぶりを振り、ジーナ・ドールと再度糸を繋ぐ。


「なら、望み通り殺してやろう。貴様のようなガサツな者など、コレクションに加える価値もないのでな」


「……来な。返り討ちにしてやるよ」


 ザシュロームとカレン、リオを巡り二人がぶつかり合った。



◇――――――――――――――――――◇



「うう……あれ? ここは?」


 目を覚ましたリオは、何もない白い空間にいた。キョロキョロと周囲を見渡していると、背後から声がかけられる。


「ここか? ここはお主の精神世界。分かりやすく言えば、心の中というわけだ」


「え……!? この、声は……」


 声の主に心当たりがあったリオは、恐る恐る背後へ振り返る。そこには、リオに力を託し消えたはずの――アイージャがいた。

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