100話―神話の真実
「……遠い昔に話は遡るわ。でも……私が話すより、直接
「え……? わあっ!」
そう言うと、メルナーデは目を閉じ魔力を放出する。そして、リオたちを誘う。遥か遠い過去――ベルドールともう一人の人物が神となる少し前へと。
リオたちの視界が閉ざされ、意識が遠退いていく。いにしえの時代へ誘われた彼らは、その目で見ることになる。もう一人の神の正体と、全ての真実を。
◇――――――――――――――――――◇
『はあ、はあ……。ベルドール、まだやれる?』
『もちろんさ……! 地上で待ってるみんなのためにも、僕たちはこんなところで終われない……!』
どこか遠い地で、二人の人物が互いを支え合い立ち上がろうとしていた。獅子のたてがみのような長い黄金の髪を持つ獣人の少年――ベルドールは相棒の言葉に答える。
短く切った銀髪と碧色の瞳が印象的なエルフの少女は、ベルドールの言葉に頷きながら前を見据える。二人の前方には巨大な門があり、その前に立ちはだかるように男が立っていた。
『ここまて゛ねは゛るとは。おまえたちのつよさ、すこしあまくみていたようた゛。いいた゛ろう、すすむか゛いい。かみか゛みか゛おまちた゛』
純白の鎧を身に付けた男は、そう口にしながら二人が通れるよう道を開ける。男の身体は半分以上が抉り取られ消失しており、平然としていられるのが異常な状態だった。
『……ありがとう、アルティメットト゛レイク。必ず、神々を心変わりさせてみせる! 行こう、ラグランジュ』
『ええ。さあ、しっかり掴まっててね』
神々が住まう地――神域の番人たる戦士、アルティメットドレイクとの戦いで重傷を負いながらも、二人は歩き出す。神々に見捨てられ、闇の脅威に曝されつつある故郷を救うために。
ベルドールとラグランジュが門の前に立つと、ゆっくりと扉が開いていく。門の向こうに足を踏み入れた二人が目にしたのは――見渡す限り咲き誇る、色とりどりの花々であった。
『ここが、神域……。ベルドール、少し休憩して傷を癒してから神々を探しましょう。時間はまだ余裕があるわ』
『……いや、探す必要はないみたいだよ。向こうから来てくれたもの』
花畑の中に座り込み、怪我の手当てをしようとしていたラグランジュに向かって、ベルドールがそう呟く。花畑の向こうから、真っ白なローブを羽織った男が歩いてきたのだ。
『門のほうが騒がしいと思って様子を見にくれば……なるほど、そういうことだったか』
『貴方が……! 神よ、何故私たちの大地を捨て、廃地にしたのですか! そのせいで、みんなは、みんなは……!』
男を見たラグランジュは怒りに我を忘れ飛びかかろうとする。ベルドールは慌てて相棒にしがみつき、押さえ込む。彼らは神々と戦いにきたのではなく、話し合いをしにきたのだ。
ここで問題を起こせば、問答無用で自分たちごと故郷の大地を滅ぼされてしまいかねない。そうなってしまわないよう、ベルドールは必死に相棒を説得し落ち着かせようとする。
『落ち着いて、ラグランジュ! 僕たちは戦争をしにきたんじゃないんだ! ここで神々に刃を向ければ、ここまでの苦労が全部水の泡になっちゃうよ!』
『……そうね。悔しいけど、ベルドールの言うことが正しいわ』
ラグランジュは悔しそうに表情を歪めながらも、ベルドールの言葉に従い武器を収める。その様子を、神は余裕の態度で眺めていた。
『話し合い、か。よかろう。大地の民でありながら、我らを守るイプシロンビットやアルティメットト゛レイクを制し、ここまでたどり着いたのだから』
『ありがとうございます、神よ。僕たちの願いはただ一つ。貴方たちに捨てられ、結界を失いつつある大地を救うための力を、貸してほしいのです』
神に向かって、ベルドールはそう懇願する。彼ら二人が住まう大地……キュリア=サンクタラムは、廃地に認定され、神々の加護を失い滅びの危機に瀕していた。
そこで、二人は大地の代表者として神々に直訴することを決めた。自分たちの都合で大地を創り出し、身勝手に捨てるのであれば最後まで責任を果たしてほしい、と。
『ふむ。本来ならば、取るに足らぬと耳を貸すことはないが……お前たちは特別だ。神域にたどり着けるだけの力を持つならば……我らの力を与えてもよいだろう』
『じゃあ、キュリア=サンクタラムを救うための力をくれるのね!?』
ラグランジュが食い気味に尋ねると、神は頷く。何かを小声で呟くと、ベルドールとラグランジュの前に、二つの光の塊が現れる。光が消えると共に、塊の中にあるモノの輪郭が浮かび上がっていく。
『これは……籠手?』
ベルドールとラグランジュの前に現れたのは、黄金の輝きを放つ一対の籠手だった。右手の手の甲には七つ、左手の手の甲には一つの穴が空いている。
不思議そうに籠手を眺める二人に、神は説明を始める。この一対の籠手――ジャスティス・ガントレットは、自分たち六人の神々が持つ力を宿した、聖なる神器であると。
『その籠手に空いている穴のうち、右手の手の甲にある丸く並んだ六つの穴には我らの力が宿る。中央に空けられた穴と、左手の穴はお前たち二人の魔力を収める場所。受け取るがいい。我らが捨て去った地で、我らの真似事をせよ』
『……なんかムカつく言い方だけど、これはありがたく貰うわ。さあ、帰りましょうベルドール。みんなが待ってるわ』
『そうだね。ありがとう、神よ。おかげで僕たちの大地は……みんなは生き残ることが出来ます』
ジャスティス・ガントレットを手に入れた二人は、神に礼を述べ元いた大地へ帰っていく。その後ろ姿を眺めながら、神は小さな声で呟いた。
『……私はお前たちを忘れない。ベルドール・リオン、そしてラグランジュ・アトラよ。我らのような過ちを、犯さぬようにな』
そう呟いた後、神は門を閉じる。もう二度と、大地の民が神域にたどり着くことがないのように。
◇――――――――――――――――――◇
場面が変わり、リオたちは見る。大地へ戻ったベルドールとラグランジュが、籠手に宿る神の力を使って結界を再生させていくのを。
人々から称えられる彼らを、暗い闇の中から一人の男が見つめていた。男は薄汚い毛布で身体をくるみ、嫉妬に満ちた目でベルドールとラグランジュを睨む。
『……なんでだ。俺だって神の力がほしかった。神の力を得て、自由気ままに生きたかったのに……! なんであんなガキどもが!』
男はかつて、自分が神々と交渉すると名乗りを挙げていた。しかし、その性根の邪悪さを時の権力者たちに見抜かれ、選ばれることはなかった。
そして今、男は見つめる。自分が得るはずだった神々の力を使い、大地を救った二人の少年少女を。新たなる世界の守り手として、聖なる礎にその名を残した者たちを。
『……ああ、そうだ。なら、奪えばいいんだ。あいつらを殺して、力を奪えばいい。幸い、俺は魔法が使える。そうだ! あいつらから奪った力と俺の魔法を合わせて、記憶を書き換えてやる! 最初から、俺が神だったことにすればいいんだ! ハハ、ハハハハハハハ! ハーハハハハハハ!』
男は暗闇の中で一人笑う。まだ誰も気付いていない。男の――後にファルファレーを名乗る邪悪なる者の企みに。
◇――――――――――――――――――◇
またしても場面が変わる。大地のどこかで、二人の人物が対峙していた。一人は、神となったベルドール。もう一人は、返り血を浴びたファルファレーだ。
『お前、は……ううっ、こんな、ことをして……どうなるか、分かっているのか?』
『分かっているとも。俺が……いや、我がお前たちの代わりになってやろう。ラグランジュは食らった。次はお前だ、ベルドール。我が糧となり、滅びるがいい』
かつてベルドールとラグランジュの名が刻まれた石碑からは、ラグランジュの名が削り取られていた。大規模な記憶改変の魔法をファルファレーが使った際に、消えてしまったのだ。
『お前は……どうして、こんなことを……』
『神になりたかったからだ。それ以外の理由はいらぬ。そのために、我は人であることを捨てた。神となった貴様らを喰らい、我は真なる神となるのだ』
人ならざるモノとなったファルファレーの襲撃を受け、ラグランジュは喰われた。ベルドールは致命傷を負い、聖礎まで逃げ延びたが――命運も、ここで尽きる。
記憶改変の魔法により、歴史は歪められラグランジュは忘れ去られた。ベルドールが喰われれば、彼の存在もまた忘れられ――世界は、悪しき者の意のままとなってしまう。
『さあ、おとなしく喰われるがいい。安心しろ。相思相愛だったあの女と共に我が胎内で永遠に生きられるぞ? 我が力の源としてな』
『そんなのは……ごめんだね。そうなるくらいなら……僕は、お前の手が届かない場所で死ぬ! この力を守るために!』
そう叫ぶと、ベルドールは最後の魔法を発動する。空間に歪みが生まれ、その中に引きずり込まれていく。歪みの中から伸びた無数の腕が、知恵の神の身体を引き裂き始めた。
『貴様、何を!?』
『お前に喰われるくらいなら、この身体を引き裂き消えてやる。ラグランジュの想いをムダにしないためにもね』
ファルファレーはその場から動けず、ただ見続けることしか出来ない。己の力を渡さぬため、ベルドールが自ら死ぬのを。
『ファルファレー、一つ警告をしておくよ。僕の引き裂かれた身体から、やがて僕らの遺志を継ぐ者たちが生まれる。そして……お前は、僕らの子どもたちに討たれるんだ……』
歪みの中に完全に引き込まれる直前、ベルドールはそう言い残す。歪みが消えるのと同時に……偉大なる知恵の神の断末魔の声が響いた。
『……いいだろう。例え何千、何万年かかったとしても……我は必ず手に入れる。貴様の力を……ジャスティス・ガントレットの片割れをな』
そう言い残し、ファルファレーは聖礎を去っていく。それと同時に――リオたちの意識も、ゆっくりと引き戻されていった。
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