201話―テンキョウ大動乱

 ダンスレイルを残し、リオは双翼の盾を展開しクイナと共にテンキョウへ戻る。封印されていた邪悪な存在が復活しつつあるためか、界門の盾が使えないのだ。


 クイナを背中に乗せて空を滑空していたリオは、テンキョウ方面から漂ってくる邪悪な気配を感じ取っていた。これまで戦ってきた者たちとは違う、異質なソレに戦慄を覚える。


「凄く、嫌な気配だ……。魔王軍の奴らとも、ファルファレーの一味とも違う……濁りきった気配だ」


「拙者も感じる。上手く言葉に出来ないけど……まるで、心臓を凍り付いた手で鷲掴みにされるような……ゾッとする気配……」


 内心、二人はかなりの恐怖を抱いていた。ザシュローム、キルデガルド、ガルトロス、バルバッシュ、ファルファレー……多くの強敵と戦い、勝利してきたリオすらも、この先にいる『なにか』への強い恐れに支配されかけている。


「……くーちゃん、怖いの? 手が、震えてるよ」


「リオくんこそ、声が裏返っちゃってるよ? まあ、無理もないよね。あまりにも……ヤバそうな相手だし」


「うん。でも……逃げるわけにはいかない。お姉ちゃんを助けなきゃいけないからね!」


 互いに言葉を交わし、リオとクイナは勇気を振り絞り心を奮い立たせる。少しして、二人は仙薬の里に向かっていたカラスマの一行と遭遇した。


 テンキョウでの反乱を知ったカラスマは急遽反転し、都へ戻ることを決める。リオはクイナと共に先行し、ようやく帰還することが出来たが……。


「! テンキョウの結界が……」


「破壊されちゃってる……」


 魔王軍の襲撃からテンキョウを守っていた結界は、見るも無残に破壊され消滅してしまっていた。それだけでなく、タコに似たドス黒い触手が都の全域を覆い、這い回っている。


「な、なにあれ……一体、テンキョウに何が封印されてたんだろう?」


「くーちゃん、考えるのは後だよ! 触手が来る!」


 上空からテンキョウの惨状を見ていたリオたちに気付き、無数の触手が勢いよく伸びてきたのだ。リオは飛刃の盾を両腕に装着し、触手へ攻撃を行う。


 クイナもリオの背中から降り、空を泳ぎながら触手を巨大な水の手裏剣で切り裂いていく。切り落とされた触手の先端は地面に落ちるも、他の触手と融合し復活してしまった。


「ゲッ! リオくん、あの触手復活してるよ!」


「参ったなぁ、これじゃキリがない!」


 どれだけ倒しても復活する触手を前に、リオとクイナはジリジリと追い詰められてしまう。その時、どこからか空気を切り裂きながら巨大な鉄槌が飛来してきた。


 鉄槌が触手に叩き付けられると、激しい竜巻が発生する。竜巻によって生まれた大量の風の刃に切り刻まれ、触手は塵となり消滅してしまった。


「今のは……」


「ほう、こんな形で出会うことになるとは。なるほど、運命というものは分からないものだ」


 一瞬で触手が全滅したのを見て唖然としているリオに、落ち着いた男の声がかけられる。リオたちが振り向くと、そこには虎の獣人――『千獣戦鬼』ダーネシアがいた。


 外側に燃える車輪がついた靴を履いたダーネシアは、鉄槌を手元に呼び戻しつつリオを見据える。リオは飛刃の盾を構え、静かにダーネシアに問いかけた。


「……君は誰? 今回のことは、君の仕業なの?」


「これは失礼。名乗っていなかったな。オレの名はダーネシア。偉大なる魔王グランザーム様にお仕えする者。二つ目の問いだが……それは半分正解と言っておこう」


「……どういうこと?」


「本来、オレの計画では貴族どもを仲間に引き入れテンキョウの結界を解除させるだけだった。だが……奴らは愚かなことにオレを出し抜くつもりでいたらしい。例の大魔公を復活させ我らを倒させるつもりでいたようだが……結果がアレだ」


 どうやら、封印されていた大魔公の復活はダーネシアにとっても完全に予想外だったらしく、自ら鎮圧のために出撃してきたのだと言う。


 当然、リオはそう簡単に信じなかったが、ダーネシアの真っ直ぐな目を見て嘘は言っていないだろうと考える。復活した怪物を倒すため、ダーネシアは地上に降りていく。


「今回の騒動、責任の半分は我らにある。故に、奴はオレが倒す。大魔公……ワーズを、な」


「待って! なら僕も……」


 リオが協力をもちかけるも、最後まで言葉を聞くことなくダーネシアは地上に降りていってしまった。いつまでも空にいるわけにいかず、リオたちも後を追う。


「気を付けようね、リオくん。さっきのおっさんが触手をある程度やっつけてくれたけど、まだ残ってるだろうし」


「そうだね。それにしても、おっさんて……」


 さりげなくダーネシアをおっさん呼ばわりするクイナに苦笑しつつ、リオはテンキョウに侵入する。かつて人々で賑わっていた都の面影はなく、家屋は破壊され、そこらに死体が横たわっていた。


「酷い……こんな大惨事が起きてるだなんて……」


「これは許せないね。早いとこ怪物を見つけて……ん、リオくん、誰か来る!」


 時折襲ってくる触手を撃退しながら宮を目指していると、クイナが人の気配を察知しリオに知らせる。二人が身構えていると、崩れた路地の向こうから一人の青年が歩いてきた。


 現れたのは、リオたちに味方し、カラスマに協力を仰いでくれた青年であった。片腕がもがれており、全身が血まみれになりながらもここまで逃げてきたようだ。


「ああ、あなたたちは……! ミカドは、ミカドは無事ですか……?」


「大丈夫、ハマヤくんは安全な場所に逃がしたよ。酷い傷……今手当てを……」


「いえ……その必要は、ありません……。血を流しすぎて、私はもう……助かりません」


 腕だけでなく脇腹も抉られているらしく、青年はその場に座り込み力無く笑う。まだ息があるうちにと、リオたちがテンキョウを脱出してからのことを話し出す。


「……皆さんがテンキョウを出た後、反乱を目論む者たちがミカドを探し回っていたのですが……。結局、ミカドを発見出来なかった彼らは、何を思ったのかオウゼン様の屋敷に行ったのです。ミカドを匿ってるんだろう、って」


「確かに、事情を知ってればオウゼンさんならそうするだろうけど……」


 数少ないミカド派貴族であるオウゼンがハマヤを匿っていると思ったのだろう。実際には、すでにリオやカラスマの手引きで脱出していたわけであるが。


 青年は苦しそうに顔を歪めつつ、話を続ける。


「まろはオウゼン様にも事情を話しておこうと屋敷に行っていたのですが、突然……反乱を企んだ連中が狂ったように暴れ始めて……宮に向かっていったのです」


「それで、封印されてた怪物を解き放ったんだね?」


 リオの言葉に、青年は静かに頷く。ミカドを捕まえらない上、リオたちに計画がバレているとなれば、自分たちの破滅は時間の問題だ。


 だとしても、何故怪物を解き放つ必要があったのか。ダーネシアの言葉の通り魔王軍を出し抜くつもりだったとしても、余りにもタイミングが悪すぎる。


「一体、何を考えてこんなことを……」


――知りたいか? なら教えてやろう。来るがいい。我らのいる場所に。深き深淵の底へ――


 リオが呟いたその時。どこからともなく、不気味な声が聞こえてきた。その声に、リオとクイナはぶわっと鳥肌が立つのを感じる。


――我らが名はワーズ。全にして個、個にして全なる者らなり。枷は砕かれ、我らは自由になった。さあ、始めよう。輝ける夜の集いを。我らがための供物を手にしてな――


「そんなことさせるもんか! お前は必ず、僕たちが倒してやる!」


――吠えよる。闇の眷属の中でも上位の存在たる大魔公……我らに抗うか。その言やよし。来るがよい、我らは待つ。遥か深淵の底にてな――


 リオが叫ぶと、声が途絶えた。深淵の底……すなわち、テンキョウの地下深くにワーズがいるのだろう。もしかしたら、そこにカレンたちもいるかもしれない。


 そう考えたリオは、クイナと共に先へ進もうとする。そんなリオを呼び止め、青年は最期の言葉を伝えた。


「少年よ……。まろは、ミカドの役に……立てたでおじゃろうか……」


「……うん。ハマヤくんも、感謝してくれてるよ」


 その言葉を聞き、青年は僅かに微笑みを浮かべ息絶えた。リオは青年のまぶたを閉じさせ、冥福を祈り手を合わせる。


「ワーズ……お前だけは許さない。絶対に……この手で倒す!」


「拙者もやるよ。何の罪もない人たちを殺すなんて……ホント、ヘドが出るよ」


 大魔公ワーズへの怒りを抱きながら、二人は進む。邪悪な気配の大元……宮へ向かって。

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