149話―断罪のジカン

「やめろおおおおお!! その石碑に触れるなああああ!!」


「もう遅いよ、ファルファレー! これで……最後だ!」


 ファルファレーが迫るなか、リオは最後の一文字を石碑に刻み込んだ。次の瞬間、石碑から光が放たれ部屋の中を覆い尽くしていく。


 光が消えた後、骸骨の兵士や魔物、復活した神の子どもたちカル・チルドレンに異変が起こる。身体が塵へと変わり、消滅し始めたのだ。


「これは……何が……!?」


「また……還るのか……我らは、死に……」


 バウロス、ジェルナ、バギードをはじめ、ファルファレーによってよみがえらされた骸たちが死へ還っていく。一方、ファルファレー自身にも変化が起きていた。


 遥か昔、ラグランジュを喰らい手に入れた神の力が、少しずつ失われ初めていたのである。リオが石碑に真なる神の名をきざんだことで、力の所有権を失ったのだ。


「あ……ああ……。力が、神の力が……我の中から、消えていく……。嫌だ、力を、失いたくない……」


 ファルファレーはよろめきながら後退る。これまでの自信に満ち溢れた姿はなく、親とはぐれた幼子のように涙を流し、天を仰ぎながら呟きを漏らしていた。


「ファルファレー、これで終わりだよ。もうすぐ、お前の身体からラグランジュの力は全部消える。そうなれば、もう神の力は使えない」


「黙れ、黙れぇぇぇ!! こうなれば、また異神どもを呼び込むまでよ! 奴らを吸収し、ラグランジュの代わりにしてくれるわぁっ!」


 リオが声をかけると、ファルファレーは半狂乱になりながらそう叫ぶ。急速に失われていく神の力を使い、大地を覆う結界を壊し異神を呼び込もうとするが……。


――諦めよ、ファルファレー。貴様の行動など、余には全てお見通しだ。もう、貴様は結界を破壊出来ん――


「この声……まさか!?」


 穏やかながらも重く力強い声がどこからともなく響く。その声に聞き覚えがあったリオが頭上を見上げると、天井近くの空間が切り裂かれ、魔王グランザームが現れた。


「グランザーム……! 貴様、何をした? 結界を破壊出来ないとはどういうことだ!?」


 集結した人々がどよめくなか、ファルファレーは叫びグランザームを問い詰める。相も変わらず、片目以外を黒いもやで覆った魔王は手を上に伸ばし指差す。


「知れたことよ。貴様が結界を砕けぬよう、余が補強しただけのこと。ファティマを派遣するだけで、余が他に何もしないとでも思ったのか? 愚かな。そこが貴様と余の違いだ、ファルファレー」


 蔑みの視線を向けながら、グランザームはリオに近付く。魔力を流し込み、ファルファレーに切り落とされた左腕と両足をあっという間に再生させてみせた。


「盾の魔神よ。ファルティーバとの戦い以来、余が直接協力出来なかったことを詫びよう。あれ以上異神を呼び込まれないよう、結界を補強する必要があったのだ」


 驚くリオに、魔王は深々とお辞儀し表立って動くことが出来なかった非礼を詫びる。リオは戸惑いながらも、グランザームにお礼の言葉を述べた。


「気にしないで。むしろ、僕たちの気が回らないところを代わりにやってくれて助かったよ」


「……そうか。なら、後は……奴を仕留めるだけだ」


 微笑みを浮かべた後、グランザームは振り返る。ファルファレーはリオとグランザームを睨み付けながら、苦しそうに地面に膝を着いていた。


 神の力をほとんど失い、もはやただの人間に……否、人間の姿をしただけのになりさがってしまっていた。しかし、同情する者は一人もいない。


 全ては、ファルファレーが行ってきた悪事に対する裁きなのだから。


「何故だ……。我の勝利は揺るぎないものだったはずだ。異神どもの力をも手中に収め! 魔神どもを滅ぼし! この大地を完全に掌握するはずだったのだ!」


「……愚かなり、ファルファレー。貴様の野望など、砂上の楼閣に過ぎぬ。現に今、こうして貴様の野望は砕かれた。勇敢なる少年と、その仲間たちによってな」


 怒りの叫びを上げるファルファレーに、グランザームがそう語りかけた。その直後、甲高い金属音がこだまする。エルカリオスの幻影が、床に紅炎の剣を突き刺したのだ。


「魔王よ。もうそれくらいでいいだろう。我々は本懐を遂げねばならぬ。ファルファレーを討ち、父たるベルドールの復讐をせねばならないのだ」


「分かっている。邪魔をするつもりはない。存分に……恨みを晴らすがいい」


 そう言うと、グランザームは後ろへ下がる。全てが終わる瞬間を見届けるために。


「おのれぇぇ……! 我を見くびりおって! 貴様ら全員我が……ぐはっ!」


「悪いけど、もう終わりだよファルファレー。この戦いも、お前が犯した罪の歴史も、かつての神話も」


 悪あがきをしようとするファルファレーに、リオが猛スピードで飛びかかりアッパーを顎に叩き込む。アッパーを連続で叩き込み、ファルファレーを上空へ打ち上げていく。


「今、全て終わる……。姉上よ、妾たちの魔力をリオに! 力を託そう!」


「よし、やろう!」


 アイージャとダンスレイルは、リオに向かって魔力を放つ。カレンやクイナたちも同調し、魔力をリオへ送り込む。やがてその動きは拡大し、集結した者全てがリオと一つになる。


「師匠、受け取ってください! わたくしたちバンコの思いを!」


「さあ、エルフたちよ! リオさんに力を!」


「てめえらぁ! 魔力をドンドン送れ! 自分がぶっ倒れねえよう加減した上でな!」


「リオ殿、我輩たちの思い……受け取ってくだされ!」


「私たちの分まで……悪しき者に裁きを!」


 リオへ送り込まれた魔力が、ジャスティス・ガントレットへ集まり黄金の光を放ち始める。ファルファレーを打ち上げながら、リオは仲間たちの暖かな力を感じていた。


(……すごく、あったかい。今、僕の中にみんなの力が……想いが集まってるんだ。みんな、ありがとう。この力で……ファルファレーを倒す!)


「リオー! いけー! やっちまえー!」


「リオくーん! やっちゃえやっちゃえー!」


「ご主人! ドンと決めるがいい!」


 仲間たちの声援を受けながら、リオは渾身の力を込めた一撃を叩き込み、ファルファレーから抵抗する力を奪う。ジャスティス・ガントレットに嵌め込まれた六つの宝玉が輝き、最後の審判が下される。


「これで終わりだ、ファルファレー! お前の犯した罪を、永遠にあの世でベルドールとラグランジュに詫び続けろ! ジャッジメント……ナックル!」


「ぐっ……バカ、なああああああああああ!!!」


 リオの放った拳が、ファルファレーの身体を貫き、心臓を粉々に砕いた。断末魔の叫びを残し、偽りの神は息絶えた。地面に落下した衝撃で身体が砕け、塵へ還る。


 長い長い戦いの果てに、ついに――リオはファルファレーを滅ぼし、ベルドールとラグランジュの仇を討った。籠手の輝きが消えると同時に、リオの耳に声が届く。


――ありがとう。僕たちの無念を晴らしてくれて。おかげで……やっと、眠れるよ――


「今のは……。おやすみ、ベルドール。永遠にいい夢を」


 ベルドールの声を聞き、リオはそう呟く。周囲を見渡すと、エルカリオスをはじめ魔神たちは全員声を聞いたらしく、目を閉じて祈りを捧げていた。


「……ようやく、全て終わった。長い長い復讐の旅路が、やっと」


「そう、だね。私たち……勝ったんだよ、アイージャ」


 アイージャとダンスレイルは、互いに抱き合いずるずると座り込む。仇討ちを果たした喜びの涙を流しながら、二人してすすり泣いていた。


 一方、新参であるカレンやクイナ、ダンテの三人はずっと黙祷を続けていた。そんな彼らを見ながら、エルカリオスの幻影は満足そうに微笑む。


「……我が弟よ。お前は我らの誇りだ。この大地を救った……真の救世主だ。そうだろう? 大地の民たちよ!」


「おおーーー!!」


 エルカリオスの言葉に、集まった者たちは同意の叫びを上げ手を上に突き出す。長い戦いが終わり、リオはホッと息を吐く。愛しい仲間たちを見渡しながら。

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