288話―魔界の夜、魔神たちの語らい:前編

 ゾームとギア・ド・ラーヴァを無事に退け、リオたちは旅を再開する。魔王グランザームの待つ城を目指し、魔界の風景を眺めながら南下していく。


 しばらく進むと、住民のいない小さな町が見えてくる。魔族たちがもう暗域へ帰ったことを知らないリオたちは、慎重に町の中の探索を行う。


「……誰もいないね。町の人たちはどこに行っちゃったんだろ」


「本当に、な。ふむ……しかし、これは逆にチャンスやもしれぬぞリオ。ここならば、安全に夜を明かせよう」


 ゾームたちとの長い戦いがあったため、すでに空は夕焼けに染まり、夜のとばりが降りようとしていた。外で野宿などすれば、確実に夜行性の魔物たちに襲われるだろう。


 しかし、町の中にいれば安全だ。別れて探索した結果、幸いにもあちこちに保存食が手付かずのまま残っているのを発見出来たため、手持ちのものと合わせて十分に食事も摂れる。


「そうだね、町の中心近くの建物にいれば魔物たちにも襲われないだろうし。ここを見付けられてラッキーだったね、ねえ様」


「うむ。何があったのかは知らぬが、ありがたく利用させてもらうとしよう」


 リオとアイージャはそんな会話をしながら、集合場所に指定してあった時計塔のある広場へ向かう。すでに他のメンバーは全員戻ってきており、それぞれの発見したものを報告してくる。


「私とレケレスは、大きな浴場を見つけたよ。ここのすぐ近くにあってね、試してみちらまだ設備も使えた。汗を流して疲れを取るのに役立つと思うよ」


「お風呂は乙女の嗜みだもんねー。入れるのと入れないのとじゃあ、モチベーションが違うよー」


 ダンスレイル・レケレス組の探索結果を聞き、女性陣がにわかに色めき立った。レケレスの言う通り、風呂に入れるのが嬉しいようだ。


 続いて、カレン・クイナ組が見つけたものを報告する。彼女たちは、町の地下に大きな防災倉庫があるのを発見したらしい。そこには、たくさんの保存食があるという。


「いや、ホント大量にあってよ。試しに食ってみたけど、どれもまだ全然イケるぜ」


「止めたんだけどねー、カレンはくいしんぼさんだから。ま、腐ってるのはなかったし、これからの旅のために拝借しても問題はないよね!」


「……くいしんぼは余計だっつーの」


「いてっ!」


 よく見ると、カレンの口元にビスケットのカスがちょっとだけ着いていた。まあ、激闘を制した後で空腹なのは皆同じなため、特に誰も何も言わなかった。


 クイナはおもいっきりひっぱたかれたが。


「最後はわたくしたちですわね。わたくしたちはこんなものを見つけましたわ」


「これは……お酒?」


「ああ。明日は朝早くに町を出るんだろ? 上手くいきゃあ、二つ目の要塞を突破してそのまま魔王の城にゴーだ。最後の景気づけによ、一杯やるのもオツなもんだろ?」


 エリザベート・ファティマ・ダンテの三人は、酒蔵に眠っていたワインを見つけてきたようだ。ファティマ曰く、魔界では滅多に手に入らない年代物のワインだと言う。


「おめえらなあ……。よくやった、褒めてつかわすぜ」


「もー、カレンお姉ちゃんったら」


 てっきり三人を叱るのかと思っていたリオは、むしろノリノリなカレンを見てずっこける。とはいえ、今夜が全員揃って過ごせる最後の夜になるかもしれないのだ。


 翌日の最終決戦の前に、景気づけに宴を開くのもいいかもしれない。リオはそんなことを思った……が。


「言っておくが、リオは酒を飲んではいかんぞ。まだお子ちゃまだからな、身体に悪い」


「えー」


「大丈夫ですよ、我が君。酒蔵にはジュースの類いもありましたから」


 アイージャに飲酒を禁じられ、ちょっぴり興味を持っていたリオは頬を膨らませる。そんな主を見て微笑みながら、ファティマは酒以外の飲料もあることを告げた。


 報告会を行っている間に陽も落ち、空には蒼い満月が昇っていた。ひとまず、リオたちは探索の途中に見つけた大きな無人の宿へと向かい、身体を休める。


「わあ、ベッドがふかふかだぁ。これならゆっくり休めそう」


「ふふ、リオくんが気に入ってくれてよかった。町じゅうをさがした甲斐があったよ」


「ひゃあっ!? ダンねえ、いつの間に部屋に入ったの?」


 割り当てられた部屋に入り、寝間着に着替えたリオがベッドの上でぽいんぽいん跳ねて遊んでいると、ダンスレイルが声をかけてくる。


 リオはしっかりと扉の鍵をかけたはずだが、どうやって入ってきたのだろうか。方法は分からないが、まあダンスレイルのことなのでなんとかしたのだろう。


「ふふふ……今は邪魔者はなし。なら、やることは一つ。そう……もふもふタイムだ! それっ!」


「わあっ!」


 ダンスレイルは翼を広げ、勢いよくリオに飛びかかる。全身を使ってぎゅっと抱き着き、そのままベッドに寝転がった。すりすりと頬擦りしながら、至福の表情を浮かべる。


「んー、やっぱりリオくんのほっぺは柔らかいね。もちもちしてて癒されるよ」


「あはは、くすぐったいよダンねえ」


 全身を柔らかな羽毛にくすぐられ、リオは思わず笑い声をあげてしまう。そんなリオを見て、ダンスレイルもまた微笑みを浮かべていた。


 少しして、ふとダンスレイルは真面目な顔つきになる。リオの頭を撫でながら、彼女は静かに話し出す。


「……ねえ、リオくん。上手くコトが進めば、明日の夜くらいにはグランザームとの最後の戦いだろう? 怖くはないかい? 強大な敵との戦いは」


「正直……ちょっと怖いよ。グランザームが強いのは、共闘した時に薄々感じてたし。でも、逃げるわけにはいかないんだ。これは僕の運命だから」


 リオがそう答えると、ダンスレイルはふっと表情を緩める。どこか儚く、瞬きする間に消えてしまいそうな――そんな不安を覚えて、リオは彼女をぎゅっと抱き締めた。


「そっか。そうだよねぇ、私だけじゃなくて……リオくんも、怖いんだね。ちょっとは」


「……も?」


「そうさ。誰だって怖いものの一つや二つはある。今だって、不安さ。全員で、生きて帰れるのか、って。でも、リオくんがいてくれるおかけで……不安が、勇気に変わるんだ」


 己の心の内を吐露したダンスレイルは、そう告げる。リオという愛する者がいるからこそ、恐怖を戦う力に変えられると……斧の魔神はそう口にした。


「私はね、守りたいんだ。君を、アイージャたちを、この手で。そのための勇気を、たくさんリオくんからもらったよ。どんな時でも挫けずに、戦ってきた君から」


「僕もだよ、ダンねえ。ダンねえのあったかさがあったから、ここまで頑張ってこられたんだ」


 二人は互いを見つめながら、にっこりと笑う。リオをぎゅっと抱き締めた後、ダンスレイルは彼から離れ起き上がる。そろそろ食事の用意が出来る頃合いだろう、と告げた。


「そろそろ下に行こう。アイージャたちが食事の準備をしているからね。お腹いっぱい食べて、明日に備えようじゃないか」


「うん!」


 リオもベッドから飛び起き、ダンスレイルと手を繋ぎ部屋を出る。下にある食堂に隣接するキッチンでは、アイージャとファティマが料理をしていた。


 保存食と携帯食料しかないものの、せめて見栄えだけはよくしようと工夫を凝らし、夕食の準備をしている。そこに向かったダンスレイルは、ファティマに声をかけた。


「やあ、いい匂いだね。ファティマ、後は私がやっておくから休憩しておいで。リオくんが待ってるからね」


「……我が君が? 分かりました。では、後はよろしくお願いします、ミス・ダンスレイル」


 ファティマは残りの調理工程をダンスレイルに託し、キッチンを出て食堂へ行く。リオと合流した後、宿の中庭に出て夜風に当たりながら散歩をする。


「いい風だね、ふーちゃん。涼しくてよく眠れそうだよ」


「……そうですね。明日は激しい戦いになるでしょうから、しっかりと身体を休めねばなりませんね」


 そんなことを話していると、おもむろにファティマが足を止めた。リオが首を傾げていると、彼女は深々と主に向かってお辞儀をする。


「我が君。これまでわたくしをお側に置いてください、ありがとうございます。貴方という素敵な主に出会えたこと、とても嬉しく……そして、誇らしく思っています」


「ふーちゃん……?」


「……なので、ここで改めて宣言させていただきます。このファティマ、魔導回路が完全に機能を失うその日まで……貴方様の側で、お仕えさせていただくと。明日の戦いを乗り越え、共に……これからも、生きると」


 まるで別れの言葉を述べるかのような物言いに、リオは一瞬不安を覚える。しかし、それは杞憂だったようだ。ファティマにはさらさら、リオと別れるつもりはないらしい。


「さ、そろそろ戻りましょう。皆、食堂に集まっている頃でしょうから」


「そうだね。お腹いっぱい食べて、明日に備えなきゃ」


 楽しそうに笑いながら、二人は宿の中に戻っていく。蒼い満月が、優しく地上を見守っていた。

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